外伝 第11話(最終話)
「よお、生きてたか優成、出られるようになって良かった......うわっ、何だよお前!」
YouTube撮影のために川崎流の本家へ行ったら、玄関口に俺が選んだProofreaderのネルシャツを着た昴がいたので、思わず抱きついた。
「昴......忙しいのにいろいろ本当にありがとうな。お陰で助かったよ」
何人かの女の子達が、こっそりキャーキャー言って熱い視線を向けてくる。
「何だこの熱い抱擁。俺に会えなくて寂しかったか、そうかそうか。俺たち結婚するか」
「俺は一華とじゃないと結婚しない」
「てかいつの間に一華ちゃんと両想いになったんだ、優成。会見見て仰天したぞ、教えといてくれよ」
うきうきと明るい昴の声に、抱きついたまま答える。
「忙しくて言う暇がなかった。ごめん」
「良かったじゃんお前、沼から抜け出せたな」
急にカメラのシャッター音が聞こえて廊下の方を見ると、井口さんがニヤニヤしながらやって来た。どうやら俺と昴が抱き合っているところを撮られたようだ。
「優成、お前は本当に天然タラシだな」
「撮影は箏の演奏だけじゃないんですか、井口さん」
「そうは言ってない」
俺は井口さんの近くまで進み、頭を下げた。
「井口さんにも本当に、お世話になりました。広告を見て一華は震えながら泣いていました。何とお礼を言っていいか...…ありがとうございます」
「おう、じゃあ佐々木君から優成を一晩借りようかな」
「それはお断りします。第一、俺を借りるなら一華に言って下さい」
クツクツと笑って先に稽古場へ入った井口さんの後について、俺が進もうとすると昴に止められた。
「なあ優成、俺一つ懸念してることがあんだけどさ」
「何だ、まだ何かあるのか」
「お前さ、一華ちゃんとのことはめでたくて嬉しい限りなんだけど、大丈夫なん?『龍歌』また弾くんだろ?あれ、先生への想いが込もってるからこそ、あんな弾けたわけだろ。それが、幸せになっちまって、弾けんの?」
「ああ、それなら心配ない」
「そんなもん?」
話しながら稽古場へ着くと、大勢の撮影陣や出版社の担当者がいるのがまるで気にならない様子で、凪先生が箏を準備していた。
「優成くん、出て来られたんだね。良かった」
花のような笑顔を俺に向ける。
「凪先生、凪先生も大変だったでしょうに、いろいろと本当にありがとうございました」
俺は近くへ行き、心を込めて頭を下げた。
「どういたしまして。私はほんの少しのことしかしてないの。晃輝さんとか昴くんとか、男性陣が頑張ってくれたから。それよりもこれ、変じゃない?」
凪先生は羽織っているファジーホワイトのニットカーディガンを、両腕を横に広げて見せた。Proofreaderの新作だ。
「とても良く似合いますよ。あ、ちょっと待ってください。ボタンはこうした方が……」
「待て!」
俺が凪先生の着こなしを直そうとすると、ハスキーな声で静止された。
「山田君は油断も隙もないな。俺の凪に触るな」
振り向くと、川崎さんが入り口に寄りかかって腕を組んでいる。
「そんなに独占欲が強くて大丈夫なんですか」
そう言いながら大男の近くへ行き、再び頭を下げる。
「川崎さん、大変お世話になりました。あの広告は川崎さんの主導ですね。本当に、感謝しています」
途端にはーっと息を吐いて、川崎さんは呟く。
「全く山田君は。これじゃ怒れないじゃないか。俺は『お飾りの夫』と言われた恨みを晴らしたかっただけだ。これで暫く川崎流にはちょっかいを出して来ないだろう。……とにかく元気そうで良かったよ」
「やっぱり根に持っていましたね」
その言葉には返事をせず、ニヤリとヨーロッパのマフィアのように黒く笑って俺の肩を叩くと、またシャッター音がした。
「井口さん、川崎さんは被写体じゃないんじゃないですか」
「いや、この間の会見と言い、その前の写真集の打ち合わせと言い、イケメン晃輝君との構図も面白いなと思ってね。2人ともイケメンだけど、タイプがまるで違うだろう」
2人の仲が以前より親しげに見える。広告の件で互いに協力し、俺側と一華側の先頭を切ってくれたのが手に取るように分かる。
「何なら脱ぎましょうか、井口さん」
シャツを引っ張って川崎さんがニヤリと笑う。
「……露出狂ですか」
ボディービルダーめ。
「いいね、優成も脱いだらどうだ。イケメン2人の半裸。需要があるだろう」
「俺もイケメンだぜ」
昴が威張って話に入って来る。
「そうだ。俺もカメラ界のイケメンだ」
井口さんがあご髭を撫でてポーズを決める。
「私もお箏界のイケメンだよ!」
井口さんが言ったことばに、凪先生が被せるように言った。貴女まで脱ぐ気か。また想像してしまい下を向く。
「いや、凪はイケメンじゃない。可愛いラッコだ」
「酷い、なんで私だけ人間じゃないの」
「山田君から貝をもらうのはやめなさい」
「人の話聞いてる?」
「おっ、夫婦喧嘩か?川崎流も面白いところだな。もっとやれ!」
......何だかまた無法地帯になって来た。誰か止めてくれ。
昴とのYouTube撮影の後、今日は凪先生との「龍歌」を写真集用に撮影する。良い機会だということで、凪先生が門下生の視聴希望者も事前に呼んでおいた。写真集の撮影風景を見たいからか、いつにも増して大勢のギャラリーが集まっている。
「おい、こんなにたくさんの人の前で、本当に大丈夫なのか優成」
昴が心配して俺の肩に手をかけて聞く。
「演奏会の時はもっと人がいるだろう」
「だけどさお前」
「知らない感情じゃないから大丈夫だ」
そう、未知の感情を表現するのは困難を極めるけれど、「龍歌」の表現に必要なそれは、長年俺が嫌になるほど付き合って来たくされ縁だ。
「優成くん、準備はいい?」
「すみません、もう少し待ってください」
「珍しいね。好きなだけどうぞ」
俺は箏の前に座ったまま、呼吸を整える。
一華、君に癒してもらった傷口を、今は開かせて欲しい。君が俺の近くにいると分かっているから、その笑顔だけで癒されると分かっているからこそ、出来る技だ。
経験した痛みは、いつまでも消えない。俺の中の深淵まで根を張って、俺の一部になっている。呼び起こすのは簡単だ。
一華、俺の部屋を君は、甘酸っぱいと言ったね。俺はこの長年抱えていた痛みと同じものを、一華に与えていたかと思うと、苦しくて胸が詰まる。だけど一華、俺はこの想いを決して忘れない。これがあったからこそ君は、俺の「龍歌」に惹かれて、俺を見てくれたんだろう。
だからこの、俺の大切な歌を、俺も君も満足出来る状態で弾くために、俺の中の出口が見えずに辛かった想いを、気が狂いそうになるほどの痛みを、もう一度、前面に引き起こすんだ。
弾き始めてもいないのに、井口さんが何度もシャッターを切っている。
「凪先生、お待たせしました」
「はい、それじゃ、始めます」
凪先生のメロディーから「龍歌」は始まる。良い音だ。俺が一番慣れた、全信頼を寄せている音。この音に乗るのは簡単で、気持ちが良い。心が身体と自然に切り離されたような感覚で、俺は弾いた。
呼吸を整えて意識を戻す。ギャラリーのあちこちからすすり泣きが聞こえる。合奏は上出来だった、我ながらそう思う。
「また上手になったね、優成くん。私、引っ張られそうになったよ」
凪先生が俺に興奮した顔で微笑みかける。返事をしようと思うと、背中にドシンと何かぶつかった。
「優成!好きだぜー!」
昴に後ろから抱きしめられた。弾みで少し前屈みになる。女の子たちの黄色い声があがる。
「何だ、このデジャヴは」
井口さんがひたすらシャッターを押している。
「全く優成は、俺を置いてどこまで遠くに行くんだよ!なんで幸せの絶頂でこんな深い闇が表現出来るんだ!お前は人間じゃない。神だ!太陽だ!」
「俺は太陽ってタイプじゃないよ」
「いいや、高みに行き過ぎだ。太陽だ!」
あきれて苦笑すると、凪先生が悪戯っ子のような笑みを浮かべて、嬉しそうに言った。
「それじゃ、優成くんは昴くんのヘリオスだね」
(完)
最後までお読み下さって、ありがとうございました。異世界転生ものが大流行している中、流れを無視したような現代物を読んで下さる方はいるのかと心配でしたが、ここまでお付き合いくださった皆様、本当に感謝しております。




