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ヘリオス  作者: みおいち
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外伝 第9話

事前の打ち合わせでは、俺の想いが凪先生にあったことを話さぬように決めた。それでも、ここで凪先生に対して気持ちが無かった素振りを見せても、分かってしまうだろう。何より俺と凪先生の弾いた「龍歌」が、裸の俺の想いを語ったまま映像として残っている。嘘をついて世間を欺けば、軽薄だと烙印を押されるのは俺だけじゃなく、一華や川崎流、家族や友人だ。


「私はその写真を撮られた頃、次代家元を女性として好きでしたが、これは完全な片想いでした。皆様が次代家元と私との仲を疑っているのなら、原因は私が長きに渡り凪先生に想いがあったことにあります」


また酷くフラッシュが攻撃する。俺の眼を潰す気か。



「無理やり手を出したってことですか」


「先ほど何もないと仰っていましたが、本当なんですか」


「長きに渡りとは、どのくらい片想いしていたんですか」


「はっきり想いは伝えたんでしょうか。どうやって振られたんですか」


「やっぱり二股をかけていたんでしょう」


報道陣が指名もされないまま大声で質問をぶつけ続け、会場は混乱に陥っている。会見中であるにも関わらず、隣で川崎さんが椅子の背の後ろに両手を回してもたれかかり、呆れて俺に向かいマイクを通さず言った。


「せっかく君を守ろうと思ったのに、君は馬鹿か」


「真実を話した方が、後々楽ですよ。馬鹿は貴方だ」


2人で顔を見合わせて笑った。俺は姿勢を正して続ける。


「先ほども申し上げました通り、次代家元の方に私への想いはありませんでした。私はあの時、演奏の後で思わず凪先生を抱き締めましたが、それ以上のことは誓ってしておりません」


喧騒の中で質問が相次ぐ。


「次代家元にお聞きします。山田さんの気持ちを知っていたんですか」


「はい。私は山田のことは大切に思っていて、それは今でもそうですが、その頃私は夫を既に愛していました」


「良かった、お飾りの夫じゃなくて」


「そんなこと、ある訳ない!」


川崎さんが茶化して言った言葉に、凪先生が本気で返し、会場中が笑いで包まれる。川崎さん、相当根に持っているな。これは、後が怖いぞ。



「次代家元が山田さんとの師弟関係を解消したのは、どうしてなんですか」


「それは私が望んだからです」


この質問は出ると踏んでいて、凪先生も準備をしていた。凪先生に守られるより前に、俺が話す。


「凪先生を忘れるために、凪先生から離れようと思ったので、相談して無理に家元の弟子にして頂きました」


「お払い箱にされた、ということですか」


「違います」


凪先生が冷静に言った。


「山田は私の一番弟子でした。先程も申し上げました通り、山田は大人になってから箏を学び、驚異的な能力であの演奏力を手に入れました。そんな愛弟子に更に高みに行って欲しいと思うのは、師として当然のことでしょう」


また声が詰まっている。全く俺は、この人には敵わない。



「それでは山田さん、岸一華さんについてはどうなんでしょう。二股をかけている、と書かれていますが」


「岸さんは私の恋人ですが、次代家元との写真が撮られた頃、私は岸さんに出会ってもいませんでした」


「それは、現在、山田さんは次代家元ではなく、岸さんと恋愛関係にある、と受け取って良いんでしょうか」


「その通りです。私は岸一華さんを愛しています」


また目の前がフラッシュで白くなる。俺は眼を逸らさず、前を直視した。


「私は、この会見で知人にさえも言うことが憚られるようなプライバシーに関わることを、包み隠さず話すつもりです。ですからどうか、今後私や川崎流に関係する全ての方に、張り込みやインタビュー、撮影などについての過度な行動を慎んでは頂けないでしょうか」


「またそうやって自分だけを生贄にして、収めようとするな」


今度はマイクを通して、川崎さんの待ったがかかった。


「皆さんも分かるでしょう。自分の叶わなかった恋を、世間に晒すことがどれだけ辛いか。ましてや彼は芸事の道に足を入れてはいても、一般的な会社員です。どうかこれ以上、私の掛け替えのない友人を傷つけることは、止めにして頂きたい」


凪先生が川崎さんに次いでマイクを取る。


「誰にだってあるでしょう?誰かを好きになって、失恋して苦しくて、でも次の人とご縁が出来て好きになった。それは人に隠しておきたいこともあるでしょう?こんなにたくさんの報道陣の方々の前で、言わなくてはいけないほど、人権がない訳じゃないでしょう?」


凛として、明確に伝えながら涙を流していた。川崎さんが心配そうに見ている。俺は、この恩師を泣かせてばかりだな。だけどこの方が、きっと長い目で見れば丸く収まるんだ。


2人の発言の影響で質問の嵐が止んだような気がする。そんな中1人が手を挙げた。若い女性の記者だった。


「山田優成さんにお聞きします。今していらっしゃるそのネックレスは、ennuiのペアネックレスですよね?もしかして岸さんとお揃いですか?」


ああ、これか。よく見てるな。確か一華はこうやって、ネックレスに指をかけて前に引き出し、俺に見せた。真似して俺もやってみる。


「はい、クリスマスに貰いました」


そうやって笑う。またフラッシュの攻撃が来た。一華、本当に俺の想いは、君だけにあるんだよ。この会見を見ている全ての人を証人にしてでも、君に伝えたいんだ。




「こんなことになるなら君たちを先に、本家に匿っておくんだったな」


川崎さんが電話口でぼやく。


「ここは部屋も余っているし庭も広い。外に出なくても大して問題じゃない。考えが及ばなかった」


俺たちの会見の後、あんなに会見で言った俺の願いなどまるで無かったかのように、報道陣の張り込みは続いた。俺のマンションの周りに、夜中まで酷い数だ。川崎さんは夜中に車を寄越すと言ってくれたけど、これでは一華がもみくちゃにされるほどなので時期を見送った。暇な奴らだ。


「何か出来ることがあったら、どんな小さな事でも良いから俺に言ってくれ。君たちが心配だ」


「俺も川崎さんも、状況は同じでしょう」


「俺も凪も小さい頃から騒がれ慣れている。それに本家にいるからまるで違う。動いてくれる人もたくさんいる。だから何でもいい、すぐに連絡をくれ。いいね」


この人は本物のお人好しだな。




俺は在宅勤務を余儀なくされたが、仕事が出来る分まだ良い方だ。一華は当面自宅待機を命じられた。一華の勤務先にも報道陣が詰めかけているんだそうだ。全く、血も涙もない。



「今では誰もがYouTubeなどで有名になれる時代ですので、有名人と一般人の区別が曖昧になっていますよね。更にこの2人は副業としてお箏やモデルをやっている訳ですが、副業というのも珍しくなくなった。まさに時代の寵児による事件と言っても良いでしょう」


TVのおっさんが解説している。事件って何だ、俺たちは何もしていない。他に際立った事件がなかったことも災いして、俺たちの話はニュースで大きく取り上げられた。


会見の評価は概ね良くても、厳しいものも当然あった。「見るに耐えない茶番」だの「売名行為だ。顔で売るな」だの、心無い反応も多く見られた。当初から全員を味方にしようなんて更々考えていなかったが、一華に聞かせて心配させたくない。




「優成、会見マジカッコよかったぜ。勇気が要っただろ。惚れ直したわ」


井口さんからは一華を通じて電話を貰った。


「写真集の話が何処かから漏れたせいかもしれない。悪かったな」


「井口さんのせいじゃありません。むしろお騒がせして申し訳ありませんでした」


写真撮影は延期になっている。井口さんは会見の後、SNSで俺たちを庇う投稿をしてくれた。


「2人は全く家から出られないそうだ。頼むから過度な取材は控えてくれ。2人とも俺の大事な仲間なんだ」




「優成、見て」


「住人が増えたね。上手だな」


俺は一華に差し出されたクリーム色のくまのぬいぐるみを抱えて眺めた。首元に青いリボンがついている。


俺は仕事で気を紛らわせても、一華はマンションに閉じ込められて辛いだろう。手の込んだ料理を作ったり、通販で買ったぬいぐるみキットを作ったりして過ごしていた。俺を心配させないように努めて明るく過ごしてくれているが、不安なことに変わりはないはずだ。全くこの状況を、何とか打開したい。


俺の顔を読んで、一華が抱きついて来た。


「優成、私ね、引き篭もりも結構楽しいの。いつも優成と一緒にいられて、とても幸せ。だから、そんな顔しないで」


俺が抱きしめ返すと、一華が動くたびにラベンダーの控えめな香りが感じられる。たまらなくなって一華にキスをする。もっと深くまで、一華を感じたい。


「一華、抱きたい」


「それは、ごめんね。もうちょっと我慢して」


辛いのは夜だ。毎日一華といて、一華を感じているのに、生理中の一華を抱くことが出来ない。何の拷問だ。




「優成、生きてるかー?」


金曜の夜、食事中に着信があった。元気な声が電話から聞こえる。繁忙期だったんだろうか、昴から連絡を貰うのは会見以来初めてだ。


会見後、昴はインタビューでTVに出ていた。家の周辺で待ち伏せされたんだろう。報道陣に囲まれつつ速足で歩き、怒りを露わにした顔でこう答えていた。


「俺の親友をこれ以上苦しめないで下さい。あんなに品行方正な奴はいませんよ。優成が一体何をしたって言うんですか。頼むから家の周辺での張り込みをやめてください」


俺は昴に罪悪感で胸が詰まりそうになりながら答えた。


「運動不足なだけで元気だよ。昴も大変だろう。迷惑かけて本当に悪かった」


「それは優成のせいじゃないだろう。全く報道陣の奴らは人間じゃないな。お前さ、新聞取ってるだろ。明日の新聞、絶対見ろよ」


「新聞がどうしたんだ」


「まあとにかく見てくれよ。絶対だぞ。あと俺が出来ることがあったら連絡くれ。じゃあな!」


昴は忙しなく電話を切った。


「昴君?」


「そう。忙しい奴だな。明日の新聞を見ろって」



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