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ヘリオス  作者: みおいち
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外伝 第4話

稽古が終わって帰ろうとしたのを狙ったように、東雲さんが来た。ちょうどいい。俺も言いたいことがあった。


「君はennuiで何をやった」


東雲さんは開口一番にそんな質問をぶつけて来た。


「相当、気に入られたようだな。一流のカメラマンが、また君を撮りたいと言ってきたそうだ」


「......俺は、あの広告の表情に他意はありませんから」


それだけ伝えると、東雲さんはその彫刻のような顔で暫く思案する表情をした後、分かった、と言った。この人は察しが良い。


「山田君には伝えておきたいと思ってね。俺と凪は来週入籍することになった。俺は東雲の姓を捨てて川崎に入る。家もここの離れに2人で住むことになる。式は12月の初旬だ。招待状を送るから君にも来て欲しい」


暫く工事の音が聞こえたのは、離れを改造していたためか。


「分かりました。おめでとうございます」


東雲さんは俺の肩に手を軽く置いてから出て行った。手足が急速に冷えたのを感じて落胆する。全く俺の心臓はどうかしている。いい加減、分かりきったことで握りつぶされたように縮まるのはやめてくれ。どうしてこんなに女々しいんだ。




「今月の気になる人!ぱふぱふー!ennuiの広告のイケメンはだあれ?卒倒しちゃいそうな広告だよね。彼は山田優成くん、26歳だよ。一般人だからそっとしておいてあげてね。うふっ!だけどお箏の名手だから、なんと川崎流のYouTubeで見ることができるよ。その演奏はまさに神業なの!川崎流の演奏会にも出演するよ。聴いたらみんな痺れちゃうかも!うふふっ」


「昴、気持ち悪い読み方するな」


演奏会の第一部が終わり、楽屋で昴がファッションサイトの記事を読み上げている。「龍歌」で全力を絞り出し、精神を暗闇に引きずり込んだ俺を持ち上げるためにやっているんだろう。


「お前のおかげで俺も有名人だわ」


「それは俺のおかげでもないだろう。昴の実力だ」



広告がリリースされた当初は驚愕した。山手線の看板に、等身大以上の俺と一華。車内の電子広告にも自分の顔。何人もの女の子が写真を撮っている。TV広告は無いとは言え、インスタでバズって大騒ぎだ。おかげで外出も、今まで以上に慎重さを要するようになった。


だけど、広告を出してからennuiの売上が激増したんだそうだ。あれほど繊細で美しいものが世に広まるなら、この程度の不都合は痛くも痒くもない。



夜、一華からLINEが来た。


「今日の演奏は本当に感動した。涙が溢れて止まらなかったよ。素晴らしいものを聴かせてくれてありがとう。次の演奏会も行ってもいい?」


俺は、チケットならあげるから買わなくてもいいと返信した。販売開始前なら融通できるチケットは数枚ある。送るから住所を教えて、と伝えると、直接取りに行きたいという。女の子に住所を聞くのは不躾だったかな。



一華とは飯田橋の和食レストランで会うことにした。陽気の良い秋の夕暮れに飯田橋を歩くのはいい気分だ。どうしてだろう、この街には柔らかで幸せな空気がいつも流れている。通りすがりの人々も、小さい子どもが寄ってきそうな柔和な顔で歩いている。


入り組んだ路地を進み、隠れ家風レストランの掘り炬燵式の個室で待っていると、一華はすぐに来た。


チケットを渡してから広告の感想や他愛のない話を幾らかした。今日は一華の会話がぎこちない。仕事の後で疲れているんだろうか。温かい黒豆茶が出されて食事も終わりになる頃、少し顔の赤い一華が唐突に言った。


「優成あのね、私、優成のことが好き。優成に会う前、Youtubeで演奏を聴いてから、優成が心の中から離れなくなってしまったの。よかったらお付き合いしてください」


俺は驚いて一華を凝視した。女の子に告白されるのは慣れている。でも一華は絡んで来る訳でもないし、俺に惚れるタイプじゃないと思っていた。


「......本当に?」


目を見て確かめる。一華の眼が潤んでいる。だいぶ緊張しているようだ。これは嘘じゃない。今までどうして気づかなかったんだろう。


「ありがとう。だけど俺は仕事と箏で忙しいし、俺みたいな厄介なのは、やめておいた方がいい」


静かに笑って俺は告げた。


「厄介?」


「そう。俺は、もう6年も同じ人を好きで、3回、4回かな。その人に振られている。俺の想いは到底叶わないって分かっているのに、好きでいるのをやめられない。この泥沼から抜け出せないんだ」


一華は少しの間、何も言わずに俺を見てから話し始めた。


「私、知ってるよ。優成が川崎凪さんを好きなこと。そういう顔をするたびに、佐々木昴君がBLネタで誤魔化して、優成の気持ちを必死で世間から隠そうとしてるのも」


俺は思わず目を見開いて、一華を凝視した。


「一華はすごいな。女の子の勘には敬服するよ」


「鈍感な人もいるけどね」


「そうだね、人による」


凪先生はちっとも気づかなかった。俺の想いも、自分の気持ちさえも。


一華は俺の顔を見て、それから両手を温めるように押さえている湯のみ茶碗に視線を落とし、言った。


「でも優成は、顔に出るからすぐ分かるよ。今、川崎凪さんのこと、考えたでしょう」


俺は思わず椅子の背に身体を引いた。


「全てお見通しなんだね。降参だ」


少し笑って一華が続ける。


「私ね、見た目が弱っちいでしょう。喋り方も舌っ足らずで馬鹿っぽいみたいだし、何も出来ない弱い子って思われることが多いの」


俺はお茶を飲みながら返事をする。


「弱いというか、可憐な感じはするね」


「私、新潟の出なのね。知ってる?新潟の女って強いんだよ。毎年あの雪の時期を耐えて、乗り越えるのが当然なの。だからか弱く見えても芯はしっかりしてるから、大丈夫だから。私を優成の彼女にして下さい」


「俺は、一華のことは好きだけど、今の想いは一華にはないよ」


「知ってる。それでもいいの」


この子はなんて、自分みたいなんだろう。これでは凪先生に告白したあの時の俺と、状況がまるで同じじゃないか。


「俺は一華のことを傷つけると思う。そんなに勘が鋭いなら、尚更だ」


凪先生はあの時、こんな想いだったんだろう。


「言ったでしょう。私、弱く見えてとても強いの」


「......分かった。だけどよく考えてみて。1週間、気持ちが変わらなかったらまた連絡して欲しい」


途端に花が咲いたように笑って一華が言った。


「本当?ありがとう!」


「俺はまだOKしたわけじゃないよ」


「それでもいいの。考えてくれただけで」


俺は何だか居た堪れなくなった。昔の自分を見ているようで。





きっかり1週間後、一華から電話が来た。


「私ね、やっぱり優成が好きなの。とても好き。だから私を恋人にしてください」


声が震えている。こんな勇気のいることを女の子に2度もさせてしまった。


「ありがとう。忙しいからあまり会えないけど、それでもいい?」


「うん。お互い、副業してるのは同じだから分かってるつもり」


「分かった。でも辛くなったらすぐに言って」


「いいの?ありがとう」


一華は泣いているようだった。


「こんな俺で泣くなんて、一華はおかしいよ」


この子に溺れてしまえたら、どんなに幸せなんだろう。




次に一華に会ったのは、晴海の商業施設だった。2人の顔が世間に知られてしまっている今、都心なのに晴海は意外と穴場だ。


「手、小さいんだね」


「優成の手が大きいんだよ」


2人で夜の川沿いを散歩する。手を差し出すと、一華は少し赤くなって優しく俺の手に触れて来た。繋いだ手を見てとろけそうに笑った顔が、素直に可愛いと思える。夜の水面に映った高層ビルが穏やかに揺れ、優しい光を発している。


俺の車に一華を乗せるのは、少し抵抗があった。最後に助手席に座ったのが、あの人だったから。いつまでもしつこい自分が嫌になる。控えめに助手席に座った一華が動くと、かろうじて分かる程度にラベンダーの香りがした。この香りは俺は、嫌いじゃない。


「優成」


一華のマンションまで送り路肩に車を停めると、一華に呼ばれた。助手席の方を向くとシートベルトを外した一華にキスをされた。高校生がするような、可愛いキス。俺も同じ種類のキスを返すと、これ以上ないほど幸せな顔をされて心臓が痛む。


「気をつけて帰って」


「うん。今日はありがとう」


一華は最後まで溶けてしまいそうな笑顔をして、マンションに入って行った。俺はあの子を傷つけたらいけない。幸せにしないといけない。




「マジで?ついに?お前が?どんな子?」


昴が疑うように疑問形で質問攻めにしてきた。


「ん、可愛い子だよ。ennuiの広告の」


「マジかよ‼︎あれかよ‼︎レベル高すぎ、何なのお前!」


いつもの居酒屋の個室で昴が俺に食いかかるように詰め寄って大騒ぎする。


「それで、どうなんだ。好きになれそうか?」


昴の顔が近い。少し引いてくれ。


「人としてはもう好きだよ。考え方も合うし、真っ直ぐで純粋だから守りたいとも思う。ただ、まだ恋愛感情に発展するかは分からない」


正直、一華といると罪悪感もある。純粋な一華を利用しているような、汚しているような気分だ。


「彼女は知ってんの?つまりお前が」


「全部話した。勘の良い子で、好きな人がいると言っただけで、俺の好きな相手を言い当てた」


「まあ、優成は顔に出過ぎるからな...。でも、いんじゃね?知った上で向こうも相手してんだろ?」


昴はそう言って枝豆を摘む。


「なあ俺と香織にも紹介してくれよ。見極めるのは同性の方が良いって言うだろ?お前の家でパーティーでもしようぜ」




一華は、昴君とその彼女さんに会えるのはとても嬉しいとOKしてくれた。その日、一華を迎えに行って2人で準備していると、まだ明るいうちに昴と香織ちゃんが来た。


「優、久しぶり!ストーカーで変態のアンタにも遂に春が来たか!」


「久しぶり。香織ちゃんは相変わらず酷いな」


香織ちゃんは俺と昴の大学時代の同期だ。歯に衣着せぬ物言いが心地良く、裏表がない。


「こんにちは、初めまして」


「うお〜、まじこの子優の彼女?めっちゃ可愛いじゃん、ヤバいって!鼻血出る!」


4人で鍋を準備し、早めの夕食をつついて食べる。一華は俺と同じであまり話すタイプではなくても、このグループでは楽しそうにしていた。お酒も進んで鍋を平らげ、一華が作ってくれたデザートのババロアも食べ終わった頃、各々でそれなりの片付けをしていたら香織ちゃんに呼ばれた。


「めっちゃ良い子じゃん、優に勿体ないよ。大事にしてやんな」


「はいはい、分かりましたお母さん」


「誰がお母さんじゃ!」


「香織!」


香織ちゃんが胸元を掴んで怒って来たので大笑いしていたら、昴が来た。しまった、これは妬かれたか。


「空き缶がいっぱいだから、一旦捨てに行こうぜ」


昴は俺のマンションを把握している。2人でたまったゴミを出しに行ってくれた。


「一華、疲れた?」


テーブルを拭いていた一華に聞く。


「ううん、大丈夫。とても楽しいよ。生の昴君にも会えたし、香織ちゃんはすごく話しやすい」


そう言って嬉しそうに笑う。


「もう片付いたから少し座って。それは俺が(すす)ぐから」


一華から無理に布巾を取って濯ぎ、片付けた。


「私ね、優成の部屋にも入れて嬉しい。優成みたいな部屋だね。優成がここに住んでるのが、自然に想像できる」


「そうかな」


「うん、甘酸っぱい。優成に囲まれてるみたいで」


「この部屋を甘酸っぱいって言う人は、一華だけだよ」


ソファーに座っている一華の隣に腰掛けて一華を見ると、また少し赤くなってとろけそうな顔をする。可愛い。


「昴たち、遅いな」


そう言うなりケータイが震えた。見ると昴からLINEが届いている。


「俺たちばっくれるから4649」


まだ7時過ぎだ。さっきの香織ちゃんとの絡みが不味かったか。


「昴たち帰ったって。一華どうする?もう少し飲む?疲れたならもう送ろうか」


そう言うと一華が俺の手を掴んできた。


「あのね、私、今日はここに泊まりたい」



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