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ヘリオス  作者: みおいち
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第2部 第3話

12月は晃輝さんと万座温泉に行った。穢れをまるで知らないような深い純白の雪に、凶器にでもなりそうな太い氷柱がキラキラと光って幻想的だ。


「見て晃輝さん、ウサギ!」


「本当だ、凪みたいだな」


それは雪に隠れるように3匹もくっついて、鼻をヒクヒクさせている。背中を撫でていると、晃輝さんはいとも簡単に1匹を抱え上げた。


「かわいいな」


残りの2匹がきっと、嫉妬してる。


凍えるように寒いのに、心はポカポカと暖かいのは温泉の影響だろうか。


「Youtubeの撮影を1本してもいいか」


「もちろん。私が撮ろうか」


「じゃあ別のアングルから頼む」


旅館から暫く歩いて、雪一面の誰もいない景色の中、ピアノの伴奏をイヤホンで聴きながら、晃輝さんは弾き始めた。曲はエルガーの「愛の挨拶」


幸せいっぱいのこの曲は、弾き手によって可愛らしい印象になるのに、晃輝さんが弾くとやっぱり官能的で力強く、心が揺さぶられる。2人きりの白銀の世界に、私だけがこの艶っぽい演奏を聴いている。なんて贅沢なんだろう。


演奏が終わって録画停止すると、晃輝さんが笑って言った。


「この演奏は凪に」




夜、晃輝さんは私を離してくれなかった。私、この人と結婚したら、子どもを6人くらい産むはめになるのかもしれない。それも川崎流の繁栄のためには、良いことなのかもしれない。






「先生、おれできないよ~」


「大丈夫。出だしのところ、力強くてすごくかっこよかったよ!さすが拓斗くん」


途端に拓斗くんの顔がほころぶ。


「ああ、そこね!じつはおれもうまくできたと思ってたんだ」


「すごいすごい、ここも絶対できるよ。もう一回やってみよう?」


1月も7日を過ぎると、日常の喧騒が戻っていた。今月は生徒さん達の発表会があるので忙しい。中でも子どもの成長は見事で、全然出来なかった技も1週間後にはケロリとこなしている。


小さな生徒さん達を門扉まで送ってから帰ると、晃輝さんと家元が自主練用の稽古場の入り口で、立ったまま話し込んでいるのが見えた。


「晃輝さん、来てたの?」


ひょこっと顔を出すと、二人とも気まずそうな顔をした。


「晃輝君、よく考えておいて欲しい」


「……分かりました」


秘密の話なら、寒いんだしドアを閉めてからすればいいのに。




それから何度か、家元と晃輝さんが話している姿を目にした。何の話か聞いても、はぐらかされる。こんな時の晃輝さんは、決まってボンヤリしている。


「うおうお」


そう囁くと、晃輝さんは笑って元に戻る。晃輝さんにだけ効く、特別な呪文。






発表会も終わり、東京でも雪がちらつく週末だった。珍しく朝から降り始めた雪は、10時ごろにはうっすらと積もっていた。私は晃輝さんのセンチュリーに乗ってマンションまで行った。


「こんな雪じゃどこも行けないな」


2人でご飯を食べたり映画を見たりしていると、晃輝さんの手が伸びてきた。私の弱いところを何度も愛撫し、心が通じていなかったときの飢えたような抱き方を、執拗に繰り返す。心の痛みは無いけれど心配になって、でもすぐにそんな理性も保っていられなくなり、荒波のような歓喜に攫われてしまった。




「凪」


気づいたら私はベッドの上に寝かされていた。


「ごめんな、すっかり遅くなってしまった。夕飯を食べたら送る」


そう言って晃輝さんはゆっくりと、軽いキスをした。その姿がさみしそうで、どこかへ消えてしまいそうで心配になる。


「晃輝さん、どうかしたの?」


晃輝さんは笑ってまたキスをした。晃輝さんは、答えられないことがあると、私の口を塞ぐんだ。




帰りのセンチュリーの中でも、ずっと晃輝さんは変だった。何度も助手席にいる私を確かめるように見てくる。家の門に着いて降りようとすると、右手を掴まれた。


「凪」


「晃輝さん、本当にどうかしたの」


「凪、愛してる」


晃輝さんは真剣な顔でそう言った。


「私も。いつも晃輝さんのことを考えてる。愛しています、心から」


晃輝さんは壊れそうな顔で笑って、ようやく私の手を離した。


「お休み」


「お休みなさい」


やがて晃輝さんのセンチュリーは、夜の街に消えていった。






皆が雪かきで忙しかった翌日、家元に呼ばれて客間へ行った。


「凪、座りなさい」


不自然に畏まって言うので、ふかふかの座布団に腰を下ろす。


「一体何でしょうか」


「単刀直入に言う。晃輝君から婚約破棄の依頼が来た。海外で仕事をすることになったから、いつ帰国できるか分からないそうだ」


「……え?」


何の冗談を言っているのか理解に苦しむ。だって昨日、晃輝さんは何もそんなことは言っていなかった。


「申し訳ないが、凪は川崎流の正式な跡取りだ。海外暮らしの青年に、お前をやることは出来ない。よって許可の返事を出しておいた。悪いが晃輝君のことは諦めなさい」


それだけ言うと、家元は部屋を出て行った。




何を言われたのか分からない。頭がグルグル回る。私は何も言われていないのに、家元にだけそんな大事なことを言うなんて、冗談に決まっている。


晃輝さんに電話してみるけど、つながらない。月曜日だから仕事中なんだ。震える手でLINEを打つ。


「家元から婚約破棄の連絡を聞いたけど、冗談でしょう?」


頭が混乱したままそれだけ送る。しばらくすると返事が返ってきた。


「ごめんな凪。

俺は凪の演奏に救われたんだ。

俺がいることで凪の演奏を汚すなら、俺は君の近くにいることはできない。」




それきり晃輝さんとは、連絡が取れなくなった。

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