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ヘリオス  作者: みおいち
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第1部 第12話

太陽神ヘリオスの子ファエトンは、憧れてやまない父の乗る馬車を無理に借りて乗ってしまう。ところがすぐに馬に気づかれ、怒った馬を制御できなかったファエトンは、火山に近づき火の車になった馬車から放り出され、川に落ちて行方不明となる。



太陽に近づいたらダメなんだ。どれほど憧れても、恋焦がれても。

「優成くんがそんなに緊張しているところ、初めて見た」


和装で髪も顔もヘアメイクさんに整えてもらった優成くんは、いつにも増して美しく見える。優成くんがMCデビューをする8月の演奏会は、もう始まる。


「当然ですよ、こんな大人数の前で話すことなんて、普通に生活していたらありません。仕事だって精々、50人程度です」


カッチカチの優成くんを見るのは面白い。


「YouTubeではもっと多くの人が見てるけど」


「あれは顔が見えないから平気なんです」


剥れた優成くんも珍しくて、笑ってしまった。


「大丈夫だよ、私が先に出るから。もしMCの台詞を忘れても、私が覚えているから。優成くんはいつも通りで大丈夫。さあ、行こう?」


そう言って私達は、光の中へ入って行った。




お客様に大きな拍手で迎えられる。最初は固かった優成くんも、私との掛け合いで直に元に戻った。私たちの会話でお客様が笑う。


舞台に出られるほどの能力を持つ、選りすぐりの門下生達の心を打つ演奏。三列目の中央の席に、晃輝さん。


この幸せに、どう感謝したら良いんだろう。




優成くんには今回は、他の直弟子さんとの連弾に入ってもらった。十七弦2面、箏5面の合奏は圧巻で、お箏を聴いたことのない人にも受けが良い。


一人ひとり私が教えたんだ。


昴くんと優成くんは、私がまだ未成年と呼ばれる頃からお弟子さんだった。菅野さんと野木さんは家元から託され、若すぎて周りから厳しい目で見られていた私を、ずっと守ってくれた。佳奈ちゃんと美咲ちゃんは、5人で習いに来た女子グループの生き残りだ。中川さんが一番新しい。


あの技も、あの表現も、私が教えた。講師に出来ることなんてただ教えるだけで、大した貢献はしていない。身につけるのは本人の努力だけど、上手くなったお弟子さんの演奏を聴けるのは、極上の喜び。



第一部の最後は私のソロで終わり、第二部からは家元とそのお弟子さん達の大人の演奏が続く。私の曲は今回は夏だから、「陽光」を選んだ。


お箏をたくさんの人に広めたいと、いつだって思っている。だけど今日だけ。この曲だけは、ただひとりのためだけに弾こう。三列目の中央の席。期せずして曲もぴったりだ。


これは私のわがままなのかもしれない。だけど、優成くんとの掛け合いが多いこの舞台に、不安になるかもしれないから。貴方だけだと、普段上手に言葉で伝えられない私が、この舞台を借りて伝えたい。貴方だけに。太陽のように眩しくて激しい、私のヘリオス。




曲が終わって拍手を頂き、お辞儀をする直前に客席の中央を見やると、とろけそうな優しい目と視線が合った。帯飾りに手をやってから真のお辞儀をする。拍手が止まない中、緞帳が降りていった。








「晃輝さんの弾くお箏が聴きたい」


演奏会も終わり暑さも和らぎ始めた頃、家に来た晃輝さんに頼んだ。晃輝さんは「上手くないから」と及び腰だったけど、せがんだら引き受けてくれた。私の箏と生徒さん用の箏爪を貸すと、調弦を始める。慣れた手つきで調弦出来ること自体、素人じゃない。




すごい。




晃輝さんが弾き始めてすぐ、鳥肌が立った。それどころじゃない。感極まって嗚咽しそうになる。荒々しく光を持った演奏の中に、クラクラするほどの色香。伝統を凌駕した、現代的な音。体中が騒めき、血が沸騰するようで、抑えられなくなる。


技巧的にはそれほどすごくない。私にも、優成くんにも及ばない。だけど、これほどの表現力が、私を惹きつけて離さない。


ずるいずるいずるい。


容姿も整っていて存在感もあって、専門はバイオリンなのにこの演奏力。憧れとか、羨望とか、そんな生優しいものじゃない。


強烈な嫉妬、焼け焦げてしまうような、恋情。入り乱れた感情に、世界が揺さぶられて目が回りそうになる。


この想いできっと私は壊れてしまう。一瞬のうちに焦げた痕は、長い間プスリプスリと音を立てて、きっといつまでも消えない。



「凪、泣いてるのか」


「ごめんなさい、感激して」



この人の手を離したくない。才能にこんなに嫉妬するのに、焼け焦げて強烈な痛みを伴っても、なお愛おしい。何があっても、遠くに行って欲しくない。










その日から私は、お箏が弾けなくなってしまった。








(第一部 完)

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