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ヘリオス  作者: みおいち
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第1部 第1話

血脈というものを、日々考えている。


私の大きな目や顔立ちは父譲りで、背格好は母に似ている。ストンとおちる癖の無い髪は祖母と同じだとよく言われる。


この血がくれたものは、外見だけじゃない。継いだ能力は、残念ながら、自分で努力をして身に着けたものより、代々引き継いできた血に恩恵を受けたものの方が大きいと思っている。


この血脈を止めてはいけない。受け取った能力を更に大きくして、次代に必ず継いでいかなければならない。それが自分の責務だと、小さい頃から強く自覚している。




「先生、ありがとうございました!」


毎回、石畳を通って門扉まで生徒を送ることにしている。子どもたちの高い、体中を駆け巡ってから外に出るようなかわいい声のあいさつを聞いて、毎度のことながら顔がほころぶ。


「あざっす、先生!」


「拓斗、先生にそんな言いかたしちゃいけないのよ!」


 あいさつの仕方を嗜めようと口を開いた瞬間、おさげのミナちゃんが拓斗くんに近寄って注意した。


「うっせえな、ミナは。大人だってみんな、あざっすって言ってるだろ」


 子どもは数人でも、「みんな」になってしまうところがかわいい。


「でもママが言ってたのよ。ちゃんとごあいさつしないと、気持ちがつたわらないんだって」


「そうなの?先生」


とたんに不安そうな顔をして、拓斗くんは私の目を見ながら表情を観察する。思わず吹き出しそうになるのをこらえて、微笑んで答えた。


「そうね。丁寧なあいさつをすると、妖精さんが気持ちも運んでくれるの」


「そんなの嘘だ!ようせいなんかいないよ!」


「そうかな。見えないだけで、本当はいるかもよ」


拓斗くんは固まって動かなくなった。子どものかわいいところ2つめ。何かを考えるとき、動作が止まってしまうこと。


「ほら、言ったじゃない。ごあいさつはていねいにするのよ!まなー、なんだから!」


成長が早い女の子の中でも、ミナちゃんはとりわけ世話焼きのお姉ちゃんタイプだ。


「でも、でもさおれ、先生のこと大好きだぜ!あした、友だちと公園で、かけっこするやくそくしてるんだ。先生も来てくれていいんだぜ!」


照れているのか、ちょっと目線を外して、時折小さい声になりながら言ったそのセリフがあまりにかわいくて、私は拓斗くんを思わずぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう。でも先生、明日も仕事なの。残念だな」


「ずるい、先生!ミナも抱っこして!」


ミナちゃんがぴょんぴょん、と両腕を伸ばしてせがむので、私は2人一緒にぎゅっとした。暖かい春の日差しが、私たちを見てほほ笑んでいるような気がした。




部屋に戻って箏爪入れを開け閉めしながら、来週のレッスンについて考えていた。子ども向けのレッスンは、かわいくて楽しく、かつ難しい。どうやって興味を持続させようか考えるのは至難の業だ。


「先生、それかわいいわ!何のもよう?」


菜の花色の地に留紺(とめこん)と金の刺繍。丸くデフォルメされた橘の箏爪入れは、子どもたちにも人気がある。子どもの頃は箏爪入れを開け閉めするたびに、パチンと音がするのが気持ちよくて、何度も意味なく開けたり閉めたりして遊んでいた。



(なぎ)、今日もご苦労だった」


ぼんやりと考えていると、師匠である父が母を連れ立ってやってきた。


「子どものお箏教室も盛況だな。お前には子どもを教える才がある」


「ありがとうございます、家元。子どもに教えるのは、大人の方とはまた違った楽しみがあります」


「そうか」


満足げにほほ笑んだ父は、後ろにいる母に視線をやってから唐突に言った。


「凪、来週、料亭菊やで見合いをしろ」


 ......ついに来たか、この話が。




私はお箏の流派として18世紀から続く山野流の分派である、川崎流の本家に生まれた。家元は父で、私は次代家元としてすでに披露済みである。


私には2歳下に妹がいて、名を(すず)という。小さいころから私と一緒に箏やその周辺について厳しく躾けられた鈴は自由人で、お箏が大嫌いだった。


ある日、いつものように癇癪を起した鈴は、台所から大きな鋏を持ってきて箏の弦を切り、はずみでそれが胸元から首に当たって派手なミミズ腫れを作った。


それ以来、両親は鈴にお箏を習わせるのをあきらめた。




母が黄色い声を出して言う。


「すごいイケメンのお相手なのよ。あんなイケメンが息子になったら最高だわ!一度会ってきなさい」


「そうだぞ、凪。まったく鈴は自分で奔放に相手を探してくるが、お前みたいな箏しか興味のないくそ真面目なのは、こっちで見つけなければ行き遅れるからな。演奏にも支障が出るぞ。枯れたババアの演奏だ!川崎流のご先祖に、申し訳が立たんだろう」


反論もしていないのに、イケメンの息子が欲しいだけの独りよがりな母と、枯れたババア呼ばわりの父。これが本当に名門川崎流の家元とその妻だろうか。わが両親ながらため息が出る。


「……それで、何をやっている人なんですか、その方は」


「ふふん、聞いて驚け。今話題のゆうちゅうばあだ!横文字だぞ!英語だぞ!」


 ……英語どころか発音がカタカナにもなっていないんですけど。


「川崎流にイケメンユーチューバー、いりませんよね」


「失礼なことを言うな。今どき京友禅の職人だって、ゆうちゅうぶで発信しているんだぞ!凪に任せていたら、伝統にクモの巣が張って(すた)れてしまうわ!」


こんな風に育てたのは家元だというのに、ひどい言い草。ウンザリしたけど、私は所詮、家の駒だ。鈴のようにしがらみを無視して、自由に立ち居ふるまうことはできない。駒は駒らしく最善の行動をするのみだ。


お相手の情報を聞いてみると、M響で演奏している著名なコントラバス奏者のお父様と、美人フルート奏者のお母様を持つ、裕福なご家庭の息子さんで、少なくとも我が家の財産狙いではないらしい。年は28歳で私の5つ上。





「太陽の神様っているじゃない?」


次のお稽古の準備で退席した家元を見送ってから、お母さんが言った。


「天照?」


「いやね、あなたは日本かぶれしていて。そうじゃないのよ、ほらヨーロッパの。どこかの国のどこかの美術館で絵を見たんだけど」


「そうさせたのはお母さんでしょう。ヨーロッパならアポロンかな」


「そんな名前だったかしら。馬車に乗って空を飛んでいる神様よ。今度貴女がお見合いする人ね、そんな感じなのよ。きっと貴女に合うと思うわ」


そう言って母は稽古場を出て行った。



手元に置いてあった青海波柄のスマホケースを開いて調べてみる。神様、太陽、馬車。


ヘリオス、と表示された。


「4頭立て馬車で天空を翔け、常に空にあって地上のすべてを見ている。


美女レウコトエーと熱愛関係になるが、以前の恋人クリュティエーが嫉妬し、レウコトエーを生き埋めの罪にしてしまう。


ヘリオスはレウコトエーに神酒を注ぎ、乳香の木に変えて連れて行く。


クリュティエーはヘリオスからもはや振り向いてもらえず、太陽を見ては嘆き暮らし死んでしまう。そして彼女は向日葵となり、いつでも太陽の方を向いている」




神様に接触すると、(ろく)なことがないんだな。

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