62.ニコレッタ、勇者のテイムをのんびり眺め
冒険者ギルドでエレナと一緒に食事中。
「勇者がくる?」
陛下からの手紙には勇者の文字が……
遥か極東の島国であるジネシス公国で召喚された勇者が、近く王国にくるという話が書いてあった。
ジネシス公国はプランタン公爵を元首とする国だ。
手紙には勇者が魔王はいないこの世界で暇を持て余しているそうだ。ニホンというところから来たというその勇者は、「魔王がいないなら次はテイムでもふもふ生活だ!」と言い始め、それならと意思疎通ができると噂の王国宛に連絡が来たという。
陛下はバカなのかな?と返答したかった様だが、返答先は当然国家元首の公爵様へとなるので、さすがにそれはと宰相シモーネに止められたそうだ。
そして「我が国の聖女様に従属しているのでできればご遠慮願いたい」とやんわりお断りしたところ、「勇者であるこの俺様がこの目で見極めてやる!」と豪語して訪問することになったそうだ。
私はその手紙を見て、本当にバカが来た。と思った。
念のためフェルに「勇者ってすごい人がくるみたいだけど?従う気はある?」と聞いてみたら無言で変な顔をされた。あれはちょっと何を表してるか分からない。逆に混乱してしまったのでこの話は放置することにした。
ちなみに魔王はいるの?と言うと「まあ、いると言えばいる」とエレナが微妙な表情で教えてくれた。いるんだ……じゃあそっち行けよと思った。
どうやら魔王のいる魔界とは没交渉の上、触ると危険な存在というのがこの世界の共通認識らしい。
……と言うのが先週の話。
拠点で出迎えたのは、エレオノーレとカルロの姉弟。そして宰相シモーネ、さらには王太子ローランド。そして勇者マサルと公国から元首代行のデシャネル侯爵が座っている。
ローランドはディーゴの膝の上だ。
目の前でニッコニコの勇者を鑑定してみると魔力2000を超えそれなりに強い。だがこの森のバイパーにすら勝てないレベルであった。
「うちの勇者が申し訳ない。お時間を作って頂き感謝でございます」
そう言って頭を下げるデシャネル侯爵。
勇者マサルが笑みを向けるだけで視線はフェルに向かっている。
マサルは多分だが高校生ぐらいだろうか?黒髪のスポーツ刈りで、それなりに体格も良い。
「じゃあ、挨拶も済んだし良いよね?」
えっ?何が?と聞きたい。
「マ、マサル様!そんないきなり、失礼ですぞ!」
「うるさいなー。魔王がいないっていうのに呼んだのは君たちでしょ?少しは願いを叶えてくれたっていいじゃんか!」
まあ間違ったことは言っていない。言っていないがなんかムカつく。
「わが国で叶えられることは可能な限り対処しましょう!ですが、ここは他国です。無関係なんですぞ?国際問題に発展しますので何卒……」
そう言ってマサルに頭を下げる。
それを嫌そうな顔でため息をつくマサル。
まあいいや。あのおじさんも可愛そうなので少し助け舟を出そう。そう思ってマサルに話しかける。
「そこの勇者、フェルが良いって言うなら持ってっていいから。勝手にテイムでも何でもかけて早く帰ってくれるかな?」
「何を!女のくせに生意気な奴だ!」
「あ”?」
思ったより低い声が出てしまった。
「ぐっ、俺は、勇者だぞ!」
「だから何?早くやるならやってよ。時間が勿体ない」
ぐぬぬしてるマサルにため息をついて見せる。
ちなみにマサルにテイミングするようなスキルは無い。どうやって従えようとするか気にはなっているので、早く何かやってほしいなと実は内心ワクワクしていたりする。
フェルは欠伸をしながら寝そべっている。カーリーはお茶を出したりいつもの執事だ。ディーゴが楽しそうにローランドと遊んでいる。これが終わったらあっちに混ざりたいな。
「よーし!後で吠え面かかせてやるからな!」
そう言って立ち上がったマサルは、フェルの前に仁王立ち。
「おいお前!俺に従え!」
ピクリと耳を動かすフェル。沈黙が続く。
「おい聞いてるのか!勇者のこの俺に従え!」
またピクピクしているフェルの耳を見るのは意外なほど楽しいかもしれない。
「くっそ!耳が聞こえないのかこのクソ犬!」
その声に反応したフェルが顔を上げ犬歯?狼歯?まあどうでも良いかな?その歯を剥き出しにするのは私でもちょっと怖いからやめたげてほしい。
案の定、「うわー!」と叫んで尻餅をつくマサル。
『エレオノーレ。これが愚者という奴か?』
最近学んだであろう言葉を口にして嬉しそうにエレオノーレに確認するフェル。さすがにエレオノーレは苦笑いでノーコメントだ。
「マサルは鑑定持ってるよね?なんで使わないの?」
「使ってるに決まってるだろ!だがこいつは見えないんだ!なぜか知らんけど、マジックアイテムか何かで守られてるのか?」
「そりゃ、力の差がありすぎるから見えないんだよ?普通に気付こうよ」
私の返答に真顔になるマサル。
え?そういうのもあるあるじゃないの?
「グヌヌヌヌヌ……」
「諦めた方が良いよ?」
「うるさい!」
そしてフェルに襲い掛かってくるマサルだったが、フェルが前足でペシリと軽く叩くと「ぷげっ」声をあげ地面に叩きつけられていた。
「おーい。大丈夫?」
つんつんするが動きは無い。一応鑑定したので死んでないのは分かってるが、念のため治癒をかけておいた。
やっぱり気絶しているようなので、そのままカルロに引きずられるようにして森を出ていった。
侯爵が何度もこちらに頭を下げていたのが心にくる。
営業で頭を下げまくった前世の事を軽く思い出し胸が痛くなった。
暫くして、陛下からあの勇者マサルが「狼怖い」と城に籠っていたが、公国には帰らずに3日後には突然「修行する!」と言って王都近くの迷宮に向かったと連絡が来た。
そんなことよりも迷宮ってあったんだね。
その内行ってみようと思ったが、今は勇者と出くわすのも面倒なのでやめておいた。
相変わらず面倒事が多い日常ではあるが、何事も無くて良かった。
そう思えた数日間だった。
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