59.ニコレッタ、解呪薬作りを見学する。
翌朝、軽い朝食を頂いた後、王都へと戻る。
帰り際には眠そうなリッチなどに見送られながら飛び立つと、マルティナの「大丈夫じゃないかしら?」と言う言葉を信じ王城の中庭に直接降りた。
城内はパニックになっていたが、すぐに私やマルティナの存在に気付き大きなため息と共にその騒ぎは静まった。
そして聖宝神殿へと移動し、マルティナの解呪薬の作成を見守る。
マルティナに言われバッグから取り出し手渡した3本の白夜草を、すり鉢のような物に入れゴリゴリとすり潰す。そこに水魔法で出したお水を少しづつ注ぎすり潰すようにかき混ぜる。
用意してあった複数の葉などを混ぜ、再度すり潰すようにして混ぜる。胃に優しい薬草と、殺菌効果のあるミントのような葉、体力を上昇させる木の実らしい。
マルティナは浄化も使っているようで、手元がぼんやりと白く光っている。混ぜ合わせた液体からも黒い光が漏れ出ているように見えた。
暫く浄化の魔力を注ぎながら混ぜ続けたマルティナが手を止める。中には少し緑がかった白い液体があるが、お世辞にも美味しそうには見えない。
「このまま飲ませるの?」
「えっ?駄目よ?このまま飲ませるなんてひどい事できないわ!」
どうやら違ったようだ。
ここからは場所を移動して壁際に設置してあるコンロまで移動する。
鍋に白夜草入りの薬液を移し替え、今度は弱火でコトコト。またゆっくりと浄化を流し込むマルティナ。中々大変そうだな。そう思いながら見ていた。
途中で何かを入れたので確認すると黒砂糖だった。これぐらいかしら?と言いながら結構な量を入れていた。そしてまた混ぜ続ける。
それから10分程度見守ると、火を止めたマルティナが「完成よ!」と笑顔を向ける。鍋の中を覗くと白いトロリとした物へと変化しているようだ。木べらで残さず四角い陶器の容器に移し替えるマルティナ。
「じゃあ、行きましょう!」
器を自分の腰についている小さなポーチの様に仕舞いこむと、私達を連れて伯爵邸へと移動を開始した。
フェルがいないのでどうしよう?と思っていたら、ディーゴが私の背丈ほどの小さな竜へと姿を変えた。
『マルティナ!乗っていいぞ!』
「あらまあ。ありがとう」
そう言ってディーゴの背中に横になるように乗るマルティナ。
実に街頭の人の目を引く光景だっただろう。
中には"聖女様"、"黒龍様"と拝みだす人たちも……相変わらず普通に見て見ぬ振りとはならないようだ。
そんな中、伯爵邸にたどり着く。
私達の後ろをついてゆく多数の子供達、そして若干名の大人達に見送られ、伯爵邸へと入って行った。今度はさすがに屋敷の護衛達も止めようとはせず、すんなりと玄関前までたどり着いた。
バタンと大きな音を立て玄関が開くと、ベンチュラ伯爵が出迎えてくれた。
「マルティナ様、ニコレッタ様……」
「大丈夫よ。ちゃんとできたわ」
マルティナの返答に「ああ」と膝を折り涙を流す伯爵を見て、本当に良かったなともらい泣きしそうになった。
「でも本当に効果があるかはこれからよ?もしかしたらこれすら効かない呪いかもしれないんだから!」
「わ、分かっております!その時は、潔く……」
確かにその可能性もあるのか。もしこれが効かなかったら……私は何ができるだろうか?
そんなことを考えながら足早にルクレツィアの部屋へと急ぐ。
「ニコレッタ様、貴重なペンダント、御一つ使わせて頂きました!」
そう言って伯爵が空になった1つの聖魔石のペンダントと、使わなかったであろう2つのペンダントを手渡してきた。
ルクレツィアの手の中のペンダントは聖魔石が2つ空になってる状態のようだ。目の前で顔を歪めることなく眠る彼女を見てホッとした。
「さあ、飲んで頂戴」
そう言ってルクレツィアの頭に枕を一つ追加して体を起こすし、器からゆっくりと解呪薬をその口に流し込むマルティナ。
少し口に入ったぐらいで手を止め一度口から器を離す。
ルクレツィアの喉がゴクリと動いているのを確認すると、また声を掛けながら器を口に添え傾けてゆく。
半分ほど飲んだ時だろうか?
顔にあった痣がすうっと消えてゆく。
「あっ……」
思わず出てしまった私の声と共に、ルクレツィアの目が開き、マルティナの頬からは涙が溢れ出していた。
「マルティナ、様……」
私は顔をそむける。
こんなシーンで我慢できる訳もなく、きっと私の顔は不細工になっているだろう。そして伯爵の喜びと共に泣き崩れる声が聞こえ、私はうずくまり顔を膝に埋めた。
その後、ちゃんと話すことが出来るぐらいには回復したルクレツィアにお礼を言われ、伯爵からも「必ず何とかするから望みを」と言われたが、「元気になったら食事会にでも呼んでください」と言って帰ることにした。
同じようにマルティナをディーゴにのせ聖宝神殿へ送り届けると、ここでもまた涙の枯れぬマルティナにお礼を言うわれ、「また今度お出かけししましょ」と言って別れた。
気持ちの良い人助けを終え、心晴れやかに森へと帰る私だったが、途中でフェルの事を思い出し「どうしよう」と足を止めた。
首をかしげる2人の見つめる中、なるようにしかならないか、と考え森まで帰る私だった。
東門でノルベルトと軽く挨拶を交わし、まもなく森の入り口が見えてきた頃、フェルの姿が見えたことでまた足を止める。
「主様、頑張って」
執事カーリーにそう促され、ぐぬぬと言いつつ足をすすめた。
森の入り口にはシュンと頭を下げたフェルの姿があり、とても気まずいが仕方ない。
「フェル、ただいま」
私の声に顔を上げ駆け寄ってくるフェル。
『ニコ、何も無かったか?怪我などはしていないな?』
「だ、大丈夫だよフェル。それよりも、私もちょっと言いすぎたよね。拗ねてただけなんだ。ごめんね」
私の言葉にフェルは少し困ったように首を横にふる。
『ニコ、私は人とは違う。だからニコと考えもかなり違うだろう。だが、私はニコが一番大事だ。だから何かあったら言ってほしい』
「フェル、フェルは悪くなかったんだ。私が、まだちょっと色々思うところもあるから、まだフェルには上手く言えない。今はまだ何も無かったって思っててくれない?」
『何かよく分からないが、今はそっとしておく方が良いのだな?』
「うん」
『分かった』
どうやらこれで何とかなりそうだ。私の恋心はまだ自分でも分からないことだらけ。いつかちゃんと話せる様になるまで、フェルには待ってもらおう。
「じゃあ、早く帰ってご飯食べよっか?」
『肉がいいな!』
フェルの言葉にディーゴが同意していた。
執事カーリーはただほほ笑むだけであった。
こうして気まずい空気も緩和され、ずっと留守番で放置されていたクラリスも交え、心置きなく美味しい夕食を堪能した。
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