57.ニコレッタ、初めてのお店で
「吾輩の住んでいる墓場には、毎日夜になるとキラキラとうっとおしい白い花が生えていますが、じっくり見たことがないのでなんとも」
そう言いながら頬を掻くカーリー。
「それは、このぐらいの背丈で花びらは5枚、キラキラと小さな星が輝く感じで光るお花?」
「そう言われるとますますそうだと思いますが、貴重なのですよね?あの花は、それはもう鬱陶しいぐらいにポコポコと生えてたのですよ?」
マルティナの説明に半信半疑なカーリー。
「そう言えば白夜草をお薬にする時は、浄化で清めてすり潰して純水と混ぜてゆくのよ。だから加工前の花には邪気とか怨嗟とかが籠ってるんじゃないかって思ってたのだけれど、もしかしたらそのカーリーさんの言うその墓場には、そう言った空気がものすごく多いのかしら?」
「確かにカーリーの住み家って怨念とか凄そう」
「吾輩の根城は、地脈から染み出る邪気やアンデットから出る瘴気、そう言った空気が常に漂う重厚な癒しの空間ではありましたが、そう思うとあの花がそれという可能性がありそうですね」
邪気の漂う癒しの空間ってなんだろう?
「うーん、ちょっと行ってみる?」
何はともあれ、まずは死霊の森へ行ってみるのが早いと思った。
そして、私はバッグに入っていた聖魔石のネックレスの在庫3つ取り出し伯爵に手渡した。先ほどからの聖魔石の減り方を見て、これで数日は何とかなるだろうと思った。
伯爵家の屋敷を出ると死霊の森へと思ったが、時間はお昼を過ぎている。
疲労もあるが空腹でもある。
「ちょっと何か食べてこうか?」
私の言葉に皆が賛同する。
見渡せばいくつかの飲食店はあるように見えるが当然の様にどこが良いのか分からない。
「ティナさん、おすすめとかないですか?」
「私もあまり詳しくないのよね。今までは神殿に軟禁状態だったでしょ?」
確かにそうだなと思った。
「ニコ!あそこから旨そうな匂いがする!」
ディーゴが舌なめずりしながら飲食店の1つを指差していた。ちょっと高級そうなお店だ。
「まあいいか。ディーゴの嗅覚を信じよう」
こうして、高級そうな雰囲気の飲食店へ入ると、マルティナが入った瞬間、店内に緊張走ったように感じた。
一番近くに立っていた店員が「いらっしゃいませ」と頭を直角に下げる。
すぐに奥からバタバタと身形の良いスーツを着た男がやってきた。
「マルティナ様、それにニコレッタ様まで、お越し頂きありがとうございます」
とても優しい声でお出迎えされ。またも綺麗な所作で直角最敬礼をするその男。このお店のお偉いさんなのだろう。と言うか反応早いなと思った。店に入ってすぐだよ?
こういうこじゃれた店は初めてだけどこの世界ではこういうものなのだろうか?
お偉いさんと思われる男の案内で奥の部屋へと通される。
歩きながら男はここの支配人だと自己紹介してくれた。
「あまり時間がないのよね。何かお腹が膨れる物を人数分お願いできるかしら?」
マルティナの言葉ですぐに周りのスタッフが頭を下げ動き出した。
それから、美味しい食事を堪能し個室内でお支払い。30万ルビーを少し超えたぐらいだったので、伝票の乗ったトレーに金貨を4枚のせる。
「とても美味しかったわ。御釣りは要らないから」
一度は言ってみたかったセリフだが、バッグに何千枚もの金貨が入っている私には大した額ではない。
その時、想像以上に高級な店内に気圧されテンパっていた私は、支配人が少し苦笑いしていたことに気付かなかった。
腹ごなしにゆっくりと歩きながら話していたが、マルティナが小声でさっきの店でのことを教えてくれた。
こういった貴族専用のお店では、会計は執事などが金額だけを確認し、後でまとめて屋敷に取りに来させるというのが一般的だそうだ。
では1回こっきりであれば?
その場合はリピーターに出来なかったことを恥じつつ、やはり屋敷に取りに伺うそうだ。高級店ならではの面倒なシステムであった。
もちろん私の様にその場で支払いをする貴族も居る様だが、それは"もう二度と来ないから屋敷は来るな"という意思表示らしい。それを聞いて謝りに戻ろうとしたが、マルティナがちゃんと説明してくれていたらしい。
私も、今後はそう言った異世界の常識をちゃんと教わろうと思った。今度エレオノーレに相談しよう。
そんな恥ずかしい話を方向転換すべく、満足げに腹をさするディーゴに話を振る。
「そう言えば、ディーゴは最近谷に帰ってないよね?」
「えっ、あー、まあ、帰らなくてもあいつ等、結構大人しいからな。問題ない、うん大丈夫だ」
歯切れの悪いディーゴをジーっと見る。
私の視線に負け、ディーゴは前回谷に行った時の事を話してくれた。
なんでも、イヴォルワイバーンというワイバーンの上位種になったオスから、激しい求婚を受けたそうだ。しかも黒龍の谷に住む5体のイヴォルワイバーン全員からの求婚。
もちろん「ふざけるな」と張り倒してきたそうだ。
私はすこし興奮気味に「結婚しないの?」「子供とか作ったり?」と聞くが、神獣はそう言った行為もなければ、唯一無二で不変のものらしい。万が一にも何かの要因で死んだのならまた別の個体が同じように生まれるとも言っていた。
その時、小型の狼形態に戻っていたフェルが『ニコは番は持たないのか?』と言われ足を止めた。
「番とか!そんなの要らない!」
『だが、人間の一生は短い。人間はニコぐらいの年齢で相手を決めるのだろう?』
私はイライラしながらそっぽを向いた。
暫く歩き、王都の外れまでやってきた私は、「フェルはお留守番ね!」と告げディーゴに抱きつき「乗せてってね」と言うと嬉しそうに了承し元の姿に戻るディーゴ。
『おい留守番って!どういうことだ!』
困惑するフェル。
『これだから犬っころは』
ディーゴが顎を上にあげ笑い出す。
「まあ仕方ありませんね」
カーリーもそう言っているので2人は私の乙女心に何かしら気付いているのだろう。恥ずかしい。ふふふと笑うマルティナもどうやら察してしまったようだ。
こうして、お留守番のフェルには「森に帰ってて」と声をかけ、私はディーゴにまたがり、マルティナは執事カーリーが優しく横抱きにして死霊の森へと向かい飛び立った。
カーリーに抱かれたマルティナは「あらまあ」と少し頬を染め嬉しそうだった。
ちらりと見たフェルは、こちらを見ているその顔が少し寂しそうに見えた。
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