56.ニコレッタ、マルティナの依頼を受ける。
フェルとの関係に思い悩む日々を送っていた私は、王城に隣接する聖宝神殿へと足を運んだ。
「ティナさーん!」
「ニコレッタちゃん!来てくれたのね嬉しいわ!」
「ご無沙汰してます!」
「ふふふ、ホントにね。でもごめんね急に呼び出したりして」
「いえいえ。ティナさんはお元気でしたか?」
「ええ。ニコちゃんのお陰で最近は本当に調子が良くて、魔力もほぼ全快だし、絶好調よ!」
そう言って笑うのは聖女マルティナ・ファブリ・ユリシースだ。
マルティナは聖女の一番の仕事である結界装置に聖魔力を送るという役目を終え、自由の身となった。だが、その他のお薬を作る仕事などがあり、それらも他の聖魔力持ちの者達に任せていた。
現在は適度にそのお薬作りを手伝ったりしながら、ゆったりとした余生を過ごすという話だったのだが、目の前のマルティナは元気いっぱいの様子で、つやつやのお肌で若返ったように見える。
元々魔力の多いマルティナは、魔力の枯渇が常習化していなければ長生きするだろう。現在86才だが、まだまだ働き盛りのキャリアウーマンのようにさえ見える。
「早速だけど、余命僅かな老人の最後のお願いとして聞いてくれるかしら?」
「お願いは良いですけど、ティナさんまだまだ若いじゃないですか!」
「そうかしら?嬉しいわ。でも最近咳とか?」
そう言いながらわざとらしくゴホゴホ咳き込むマルティナ。
それを苦笑いしながらマルティナのお願いを聞いた。
それは、懇意にしている伯爵家、ベンチュラ家の御令嬢が病気、と言うのは建前で実は呪いを受け寝込んでいるという話を聞いた。
このベンチュラ家の御令嬢はルクレツィアは現在14才。来年には幼馴染のライモンディ男爵家の嫡男と結婚が決まっていたという。
呪いをかけたと疑わしい人も分かっているらしい。
ルクレツィアは少し前にパヴェージ伯爵家の嫡男に見初められ、すでに婚約者がいるにもかかわらず婚約を申し込まれたそうだ。当然の如く断わったのだが、彼女が呪いを受けたのはその1週間後だそうだ。
傍目に見てもそのパヴェージ伯爵家の嫡男の術者を雇って……と思われているが、当然ながら証拠は無いので解呪しろとも言えず、マルティナが解呪を試すが強力な呪いにより失敗したそうだ。
「ルクレツィアちゃんってとっても信心深くてね、この神殿にも良く通っていてね。それはもう熱心にお祈りしていたのよ?それを、あんな女ったらしのバカ息子になんて!冗談じゃないわ!」
マルティナが聖女らしからぬ形相で怒りを見せている。
「じゃあ、私も解呪できるか試したら良いのね?」
「ええ。お願いできるかしら?」
私は二つ返事で了承し、あまり時間は長く残されていないと言うので、そのまま王都内にあると言うそのベンチュラ家の屋敷へと足を運んだ。
マルティナはフェルの背中に乗ると言う初めての経験に、少しだけ興奮し頬を染めていた。
屋敷につくと、「すぐに確認しますのでお待ちください!」と引き留める護衛とディーゴが言い争うというハプニングもあったが、慌ててやってきた伯爵に謝罪され、ルクレツィアの眠る部屋へと通された。
真っ白な顔で眠る少女の顔には紋様のようなものがに画かれていた。それは真っ黒な痣のようでもあったが、そこからとても不快感な何かが漏れ出ている感じがした。
眠っているルクレツィアは呼吸も荒く、苦しそうにしている。
これが呪いというものか、と初めて見るその光景に戸惑うがすぐに解呪を試みた。もちろん初めての事ではあるがイメージが大事!と目に魔力を籠め、目を凝らせば黒いもやのような鎖がぐるぐると彼女を締め上げているように見えた。
その鎖を断ち切るようにイメージしながら聖魔力を流し込む。
ほぼすべての魔力を使って解呪を試みると痣がうっすら残る程度まで薄くなった。だが、魔力の放出を止めるとゆっくりとだが痣は元の真っ黒な痣に戻ってしまう。
「もう一度!」
今度はカーリーの魔力も借りて強い聖魔力により解呪を試す。
この鎖を断ち切れば……今度は目に見えるその呪いと思われる鎖を断ち切るように強く念じる。
まったく切れそうにないその鎖にもめげず、私は解呪を放ち続けた。
それから1時間ほど。
「主様、この方法ではどうやら無理そうです」
カーリーが私の肩に手を置いてそう聞くが、うっすらとなった痣を見てそう思った。
この状態から全く変わらないまま時間だけが過ぎている。最後の部分でどうしても鎖は切れないし痣も消え去ったりしない。
ついに魔力の放出を止めた私は、またもはっきりと浮かび上がってきたその痣を見て、不甲斐なさに歯を食いしばった。
「ニコレッタちゃん、もう良いのよ。ちょっと席を外しましょう?」
そう言ってマルティナが私を連れ部屋を出る。
部屋で膝をつき祈っていた伯爵も頭を下げて私たちを見送った。
そして、廊下に出たマルティナは、私に再び頭を下げる。
「ニコレッタちゃん、やっぱり簡単には解呪できないことを知れたわ。ありがとう」
「無理、だったね。でも、何度も試せばきっと……」
「多分だけど、そう何度も試すほど時間はないのよ。ルクレツィアちゃんが倒れたのは1週間前。最初は顔まで痣はなかったのよ?私も、同じような呪いを見たことがあるのよね。多分持ってあと数日だと思うの……」
「そんな……」
沈み込む私は部屋へと戻ると、フェル達にも呪いを解く方法を聞くが良い回答は得られなかった。
取りあえず、と私は首から下げていた聖魔石のネックレスをルクレツィアの手に握らせた。淡い緑の光が包み込むように広がり、痣は消えたりはしなかったが、苦しそうだった表情が少しだけ和らいているように見えた。
「この呪いをかけた術者が死ねば……」
不意に出たその言葉にカーリーが首を横に振る。どうやら術者が死ぬことで解ける呪いではないようだ。
「ひとつだけ、白夜草と言う花があれば、解呪薬が作れるのだけど……」
マルティナがそう言って目を潤ませて私を見ていた。
「白夜草?カーリーは知ってる?」
「吾輩、生憎そう言った分野には詳しくは無いのですよ」
困った顔のカーリー。他の2人も同様のようだった。
そこにマルティナが「薬の材料としてはあまり有名ではないのよね」と口にして、説明を始めたので私達はそれを静かに聞いていた。
白夜草は夜にキラキラ光る白い花だと言う。そして、強い呪いに対する特効薬が作れる貴重な花らしい。
その白夜草は、王国内でも現在10か所ほど生息地があるようだが、何れも危険な魔物の生息地となっているにもかかわらず、その希少性から貴族達が高額で買取をしているので、中々入手することはできないらしい。
夜になるとキラキラと光る花を飾るのは、裕福な貴族のステータスになるのだそうだ。バカバカしいにもほどがある。
だが、それなら私達でその生息地を巡ればもしかしたら……
そんな話をしていた私の裾を、カーリー少し控えめに引いた。
「吾輩、その夜に光る白い花、と言うのに見覚えがあるのですが……」
皆、カーリーの話に釘付けとなった。
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