55.ニコレッタ、心境の変化に戸惑う。
帝国との戦は終わった。
帝国の担当者には宰相のピエール・モルティエ伯爵がその全てを任され、王国の城まで赴いた。
長い協議により皇帝はその責を負い、2つ下の皇弟へその座を譲った。
即位した皇弟コルマン・ロシュフォールは即座に各主要貴族を締め上げ、その地位をしっかりと固めた。どうやら色々と準備していたようだ。
そして、幾ばくかの戦時補償の後、王国との強い同盟を結んだ。
同盟の調印式には新皇帝コルマンと、国王陛下ががっちりと握手を交わし二国の結束の強さを集まった他国の代表者達に見せつけた。
その際も独り身の新皇帝コルマンがニコレッタに求婚するが、当然の様にあっさり断られ、寂しそうに背中を丸め帝国へと帰っていった。
全てが終わった後、王座の間で謁見した私に陛下は「望む物を」と言ったのだが、残念ながら望むのは平穏な生活しかなかった。
陛下は「いつでもこの座は開けておく」と王座から立ち上がり、どうぞ座れとばかりに手をかざしていたが、もちろんきっぱり断った。だから平穏な生活が望みだと言っているのに……
まあ、私の平穏な生活はやってこないのは、あの神様の歯切れの悪い言葉で分かっていたけどね。
◆◇◆◇◆
王都より北の街の近く、山のふもとの洞窟に拠点を作っているのは、嘗ては王都で好き勝手やっていた元公爵家の子息率いる面々であった。
テンプレ通りの落ちぶれっぷりで、山賊として沿道を通る商人たちの荷馬車を襲いながら自由気ままに生活しているようだ。
しかし、そんな生活も長くは続かず、大規模な討伐隊によりアジトに踏み込まれる。
その際にほとんどのものが討伐隊により処分され、何人かが生きたまま捕縛されたという。
その生き残った中には、ニコレッタの兄マルコの姿もあった。
だが、すでに男達にこき使われる日々により精神が擦り切れたマルコは、ぶつぶつと何かをつぶやくだけの存在となった。痩せこけた体で、食事を与えても吐き戻してしまう状況に、治療師が治癒をかけてはいるが改善の兆しは見えなかったという。
そんなマルコの処遇を決めかねていた中、当のマルコは牢のベッドの上で眠るように息を引き取ったそうだ。
そんな話を私が聞いたのは、帝国の件が落ち着いてきた秋口の事、丁度私が16になった頃であった。
大事な話があると城に呼び出され、待ち構えていたカルロから「落ち着いて聞いてくれ」と話し始めたその内容に、私はもはや涙も出なかった。私の中ではマルコはすでにどうでも良い人間となっていたのだろう。
我ながら冷たい人間になってしまったと思ったが、そもそも一緒に育っていた時間も少なく、悪い思い出しかないのだから仕方ないのでは?と自分の中で納得させていた。
そして、さらに神妙な顔になったカルロに、「今の話を同じようにファビオラにも報告をしても良いだろうか?」と聞かれたが、「なんで私に聞くの?」と言いつつも、「私としては秘密にしておいてほしい」とお願いしておいた。
「そうだな」
そう言いながら顔を歪ませたカルロを見ながら、記憶が薄れかけているファビオラの顔を思い出す。
あの子にはそのまま何も知らずに真面目に生きてほしい。
勝手ではあるがそう思ってしまった。
あの子は今は、真面目に治癒師として頑張っているいう話を聞いていたから……
ほどなく、カルロ達に見送られ城から帰る。
のんびりと街並みを歩きながら適当に食料を買ってバッグに収納してゆく。
隣にはいつもの三人と、あの元帝国の女騎士クラリスもいる。
帝国との戦が終わった後、クラリスの強い要望で私の私兵という立場で従事することになった。
本人は「トイレ掃除でも、ストレス解消にでも、何にでもお使いください!」と言っていたが、もちろん断った。断ったのだが、クラリスの一歩も引かない圧に負け身の回りの世話をする従者として一緒に生活することになった。
執事カーリーが最初はライバル意識を燃やしていたが、カーリーの目が届かない部分を補うように世話をしてくれた為、今では良い師弟関係のようになっている。
フェルの魔石付きの守護の腕輪をあげたので森を自由に移動もできるようになっているクラリス。見た目はメイド服だが、いざとなれ胸のペンダントからあの相棒である細身の剣を引き出し、大立ち回りを行う戦闘メイドになってしまう。
何度か街で酔っ払いに声を掛けられ、その度に大げさに騒ぐので困ってしまうが、凛々しい声で「お嬢様に汚い手で触れるな!」と言われちょっとキュンときてしまったので、放置している。
たまにはそんなトキメキが私には必要だと思った。
そもそも私が街中を通る時間帯、つまりは真昼間から飲んだくれている輩に私が後れを取ることはないけどね。たまには守られるのは良いなと思う。
そして、相変わらず挙動不審になる人型フェルとは、未だに距離がある。今もフェルは元のもふもふ形態のまま一緒に歩いている。
人型になると何となくぎこちなくなる私に気付いているようで、時折「私は何かニコに迷惑をかけただろうか?」などと聞いてくるので、「大丈夫」「そんなことないよ」と言って濁している。
本当は「好きだから緊張しちゃう」と言えたらいいんだけど……言えるかそんなもん!
そんなことを考えていたらまた顔が赤くなってしまったようで、カーリーに抱き上げられてしまう。
「主様、体温が上昇しております。急ぎ拠点に戻ります」
「何!ニコ様!急ぎましょう!」
執事と侍女が大げさに騒ぐ。
「大丈夫!体調は万全だから!」
そう言ってジタバタするが、カーリーは降ろしてくれず結局森までだっこで帰還することになった。
途中でフェルから『乗るか?』と聞かれそのままフェルに乗せてもらう。このフォルムなら大丈夫なんだけどね……
私は大きなため息をつきながらフェルにしがみつく様に寝そべり目を閉じた。
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