36.ニコレッタ、呼び出しをくらう。
「お、俺たちは、帰っても良いか?」
森から東門の詰所までたどり着き、フェルにドサッと落とされた冒険者の1人が地面に転がりながらそう言った。
「ああ」
それを隣に転がっているノルベルトが肯定する。そんなにか?
フェルとディーゴに乗せられた5人はずっと悲鳴を上げ騒がしかったので、詰所から飛び出してきた兵士や周りにいた何人かの群衆に見守られながら、今も地面にぐったりと横たわっている。
帰ると言っていた冒険者達も暫くは動けなそうだ。
一応治癒はかけておいたが多分精神的なものだろうし、暫く休めば大丈夫だろう。それよりも……
「で、エレナさんに何があったの!早く教えて!」
私はノルベルトの体を強制的に起こして尋ねる。
話したくても話せないほど疲れ果てている様子のノルベルトに、バッグからバナナシェイクを取り出し急いで飲んでもらう。栄養補給にはこれだよね。
ノルベルトが落ち着くまで数十秒。これなら森の中で先に話だけ聞いておくべきだったと後悔しつつ待つ。
やっとノルベルトが絞り出すような声で話してくれた内容に、私は生まれて初めて心の底から湧き出る殺意という感情を覚えた。
「後は、任せて……」
私は人型になったフェルとディーゴと一緒に、王都の中心部を目指し走り出した。
王都の中を全力で走る。
逸る気持ちを押さえきれず邪魔な建物も飛び越える。
そして目的の王都の中心地、トゥラン聖教会の大聖堂へと到着した。
以前尋ねた王城に隣接する聖宝神殿は聖女様をお守りする場であった。対してこの大聖堂は信者たちを参拝させるための場だ。女神トゥラン様を崇め、祈りを捧げ、そして人々の身も心も癒す……そんな場所、なはずだ。
見た目からして豪華すぎるそれは、なんなら王城よりも大きかった。
見上げれば女神様をモチーフにしたと思われる美しい少女の像が、遥か高い位置に設置されている。
ふと思い出す。
私を導いてくれたあの神様は男性の声だったな。あの白いほわっとした神様。あれはこの世界の神とは違うのかな?そんな風に感じ、なぜか少しだけ心が落ち着いた。
「ニコ、行くか?」
フェルがそう言いながら頭を撫でるので黙ってうなずき、すでに開放されている巨大な扉を抜けると多数の信者が祈りを捧げているのが見えた。
―― 聖女様だ!聖女様が教会に降臨なされた!
どこからかそんな声が聞こえてきた。
すぐに信者たちが正面の女神像ではなく私に向かって祈り始めた。
なにこれ怖い……
「ニコ様。ようそここの場へお越しくださいました」
その言葉と共に、コツコツと音を立ててこちらへ歩いてくる太ましい男。
聖女様も身に纏っていた教会の制服であろう白地の服と帽子には、幾何学模様が煌めく金の刺繍でいくつも画かれている。聖女様の刺繍は銀色だったはずだ。
私はフェルとディーゴにさっきから頭を撫でまわされているせいか、いきなり殴りつけない程度には冷静になっているようだ。たとえ腹の中にグルグルと爆発しそうな怒りを抱えているとしても……
「おじさんが、あの人達のお仲間ってことで良いんだよね?」
「おじさん……」
私の言葉に目の前にふんぞり返っていたおじさんは一瞬怒りの顔をするが、すぐに笑顔を張り付けた。最初っからまったく笑っているようには見えないけどね。
「私は、この教会の大司教、ラディスラオ・ソレンティーノ・トゥランでございますよ。聖女様」
「じゃあやっぱりお仲間でいいんだよね。御託はいいから早く案内してよ」
「ぐっ、……いいでしょう。こっちだよ聖女、様」
少し急かしたらまた顔を歪めている。普段から敬われて暮らしてるんだなということが分かるほど煽り耐性がない。これじゃあ厳しい現代社会は生きて行けないよ?と思ったしりながら大司教の後をついて歩く。
横には同じような服だが白い刺繍の男性が2人、女性が4人、左右に分かれ護衛するようにして歩いていた。
先ほどの大きなホールの右手の広い通路を少し歩き、すでに開放されている大きな扉を抜ける。そこには室内中が至る所が光り輝く趣味の悪いゴテゴテの装飾に彩られた広い会議室のようなものであった。
室内の大きなテーブルの周りには、貴族だなっていうおじさんや子供達?その他大勢が椅子に座り、周りには護衛と思われる男たちが立っていた。
私たちの入室に気付いた面々が立ち上がり膝をつく。
その光景に一瞬怯んでしまうが聞こえてきた声ですぐにスンとなる。
「お待ちしておりました大司教様」
男の1人がそう声をかけ顔をあげ、大司教の方を見る。
一瞬だが当たり前のように自分への敬いかと勘違いしてしまった事に恥ずかしくなる。この恥ずかしさもこいつらがやらかした所為だ!と怒りが募る。
「おい!お前たちは外で待て!」
その声に視線を向けると、入り口にいた帯剣している男がフェルたちにそう声を掛けている。2人は知らん顔だ。
「おい!聞いてるのか!」
そう言ってフェルの腕をつかむ男に、フェルがギロリと睨みつける。
「フェル、だめだよ。そこの人も、怪我したくなかったら放置して!」
少し語尾を強めて言うとビクッとして手を離した男は、大司教を窺うように顔を向けていた。
「良い。下がれ」
その一言で男たちはホッとした表情をして入り口へ戻る。
事無きを得たようで私もホッとした。
今までフェルにあんな態度で来た人いなかったし、本気で怒ったら正直どうなるか分からない。ここにエレナも監禁されている可能性が高いのだから、フェルに暴れられたら困る。
「で、来たけど。何が目的?っていうか誰が御三家?」
私の声にざわつきながら、何人かこちらを睨むような視線を向ける。
「私が、ソレンティーノ公爵家当主、ルッジェーロ・ソレンティーノでございますよ、聖女様」
そう言って一人の男が私の前までやってきて膝をつく。
室内がまたざわついた。
ソレンティーノ公爵と名乗った男は名乗り終えるとすぐに立ち上がり、大司教に深い礼をした後、一瞬こちらへ無表情な顔を向けてから席へと戻り乱暴に座った。
その素早さに本当は私を敬いたくなかったんだなと感じた。
その後、2人の男がその場で自己紹介を終わらせ座る。
その2人が私を呼び出したジョット・ドラーギ公爵とグッリェルモ・メラーニ公爵のようだ。もう名前が覚えられないから顔だけなんとなく覚えて嫌いな奴、で一纏めしておいた。すぐに忘れちゃうだろうけど。
「聖女様、まずはこちらへ」
そう言われて案内された席へと仕方なしに座る。
そして大司教が対面の席へ座ると、先ほど一番最初に挨拶した男が立ち上がり、私に目線を合わせながら話し始めた。
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