30.ニコレッタ、不幸の手紙が届けられ
ニコレッタが幸せを感じる毎日を送っている頃。
王都の有る屋敷の一室では、でっぷりと脂の乗った体を震わせる3人のおじさん達が膝をつき合わせて話し合いに興じていた。
「王家からは手出しをするなと言われてもな。いつまでもこのまま放置するわけにもいかぬだろう?」
屋敷の主が短い足を組み替えながらそう言ってため息をつく。
「たしかに。……じゃあ王家がその聖女様を娶るのか?と言う話では無いようだしな。それでいて手を出すななどと、逆に可哀想になってくるな」
鋭い目をした男は浅く腰掛けたソファにふんぞり返り、両掌を上にあげ笑う。
「王家は以前の騒動で嫌われてるようだから?そんな家に嫁ごうとは思わんだろうな。であれば、王家の意向に怯まぬ我らが、聖女様を娶るため交流を深める。というのが自然な流れですな」
自慢の髭をいじりながらニヤニヤと何かを妄想するようにして笑い出す。
不敬罪と言われても仕方がない三人の会話は、部屋にいる侍女たちも決して漏らすことは無い。彼女等がうっかりにでも口を滑らそう物なら、自身の家にも迷惑がかかる。それほどの力のあるのがこの、公爵家の面々であった。
この屋敷の主は、王都から西に位置する商業地帯を誇るソレンティーノ公爵家の当主、国営軍の軍務大臣を務めるルッジェーロ・ソレンティーノである。
残る2人の内、1人は東のクレメンティ家の領土よりさらに東、広い農地と工業地帯を持つドラーギ公爵家の当主、国では総務大臣を担当するジョット・ドラーギ。
もう一人が南に広大な農地と牧草地帯を持つメラーニ公爵家の当主、王国の農務大臣を務めるグッリェルモ・メラーニ。
何れも、王家に次ぐ地位を与えられた王国の公爵御三家の当主たちであった。
王家から何度も姫、もしくは王子を迎えているこの公爵御三家は、王家の血縁と言っても良いほど濃い血の繋がりがある。
だが当然ではあるが男であるが故に彼らは王位継承権などは発生するはずもない。仮にいくら優秀であったとしてもだ。寧ろ女と生れ落ちたならば王族嫁げたのでは……と思ったことすらある三人である。
仮にと補足したのは、たとえ王族であったとしても民からの信頼は決して得られないであろう三人であるからだ。逆にそんな者達が大臣を務め続けることができるほど、王国の内部は危ういと言えるだろう。
「とりあえず連名で聖女様が定期的に足を運んでいる場へ伝言を残してある」
「ほう。して内容は?」
ソレンティーノの言葉にドラーギが内容を問う。
「まずは聖女様にお目通りと、お時間はいつでもこちらが合わせると……ただし、なるべく早く日程を決めて頂ければありがたい。そう添えさせたがな」
「それはそうれは、随分とご配慮されましたな」
メラーニが吹き出した口元を押さえていた。
三人の中ではニコレッタは、聖女と言うブランドだけが取り柄の男爵家を追放された平民の女。そう言う認識でいる為、決して敬う気持ちなど皆無であった。
それがどれほど恐ろしい事かも知らずに、三人三様の未来予想図を描き幸せ成分を分泌させるのであった。
「とりあえず、自慢の息子達を紹介するとして……」
「ええ。恨みっこは無しですよ?」
「聖女様がお気に召した家に従う……それで良いでしょう」
互いが負ける気はしない。
自慢の息子が聖女のハートを射止めることは間違いない。
その事を微塵も疑わない親バカ御三家の終わりの始まりがゆっくりと進み始めた。
◆◇◆◇◆
曇り空の中、今日も三人仲良く手を繋いで歩く。
急に寒気を感じてくしゃみする。
そんなことにも両側の2人はすぐに帰ろうとするので頬を膨らませ抗議する。2人とも私に大甘なのは分かっているけど、このぐらいで心配されるのは過保護すぎだと常々思っていた。
いつもの様に詰所でノルベルトに弁当を渡し、冒険者ギルドへ移動する。
ギルドではエレナが出迎えてくれたので談話室へと移動した。
そこへギルド長も一緒に来たことで警戒を強めた。
席につくと食事の前に少し時間が欲しいとギルド長から言われ、渋々ながら了承する。
そして差し出された封筒。
何やらキンキラキンだがこれって金箔?そう思いながら受け取ったが、開けるのやだなと躊躇した。王家でもなさそうだし、また面倒ごとの足音が聞こえてきた気がした。
中々封筒を開く気にならない私に代わって、ひょいっとフェルが封筒を取りあげる。「ちょっとフェル」と軽く怒るが正直本気ではない。むしろ読まずに破り捨てて欲しいぐらいだ。
私の願いもむなしく丁寧に開かれてゆく。
フェルは予想外に丁寧な所作で封筒を開けると、中から一枚の紙を取り出し眺め始めていた。
「なんだこれ?」
さっと中をみたフェルだが、呆れた顔をして指先で手紙を持ってヒラヒラさせていると、それはディーゴに奪われていた。
「おっ!ニコ!メシ奢ってくれるってさ!多分だけど肉食えるよな!」
そう言って手紙を私に押し付けてくる。
渋々手紙の中を見て顔を顰め、大きなため息をついた。
ざっくりと言うと公爵御三家から連名での呼び出した。しかも早く連絡しろよと……まあ、無視でいいかな?そう思っていたら、ギルド長に催促されたエレナが内容を聞いてきた。
「ざっくり言うと公爵家からの呼び出し状だね。しかも御三家連名で食事会やるからいつが良い?早く連絡してくれって内容」
「それで!……いつ行くんだい?」
ギルド長が食い気味に尋ねるので、私は黙って首を横にふっていた。
「えっ!そんなぁ」
頭を抱え叫ぶギルド長。そして「行かねーのかよ!」と嘆くディーゴ。
ディーゴには「帰ったらまた焼肉しよ?」と伝えると「やったー!」と笑顔を見せてくれた。相変わらずその屈託のない笑顔にやられそうになる。
「ニコレッタ様?相手は公爵家ですよ?しかも御三家からの連名ですからね?慎重に、よーく考えてから答えを頂けないですしょうか?」
張り付けた笑顔で必死で説得に来ているギルド長。
「御三家って……王家とどっちが上ですか?」
「へ?」
一応聞いてみた私に、ギルド長は小さく声をあげ固まってしまった。
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