20.ニコレッタ、食後に寝る
ニコレッタが頭をゆらゆらと揺らし、そしてガチャンと音を立てテーブルに頭を突っ伏した。
「寝た、かな?」
「どうかな?ビオラ、お前確認してみろよ!」
兄マルコは妹のファビオラにそう言ってニコレッタを指差している。
ファビオラは恐る恐るニコレッタに近づき、その頭を指でつんつんと突く。ニコレッタは起きる様子はない。
「兄様、ちゃんと寝ているようです!すぐに殿下を!」
「分かった!」
ファビオラに言われてマルコは奥へと入って行った。
それを見ていた宿の主人は汗を垂らしながら気まずそうに立っているが、口を開くことはなかった。
暫くするとマルコが戻ってくる。
その後ろには4人の兵士、そして王太子レアンドロ・ユリシース殿下の姿があった。
「良くやった!」
眠るニコレッタを見て、殿下はそう言い放つ。
「運べ!」
殿下の号令に1人の兵士がニコレッタをゆっくりと抱きかかえようとしたが、胸元からうっすらと光る緑の光に手を止める。そして首筋に見えるチェーンに気付く。
「なんだ、これは?」
チェーンを引くと胸元からスルリと光を放つペンダントが出てきたので、何かの魔道具だろうと思いニコレッタの首からそれを外した。
「殿下、恐らく魔道具かと」
手渡されたそれを無言で懐に入れる殿下を確認した後、兵士はニコレッタを抱え移動を開始した。
狭い階段を上がり、部屋へと入る。
二階は宿になっているこの建物は、もうすでに閉鎖していた建物であった。
1階に残っていた兵士の1人が、震える目で現場を目撃していた店主と思われた男に金貨を数枚握らせる。
「分かってるな」
低い声で兵士にそう言われた男は無言でうなずき、そのまま裏口から逃げ出した。男は今回金で雇われた近所の食堂で働く料理人だった。
そして宿の前にいる兵士の2人、裏にいた兵士の4人、いずれも護衛兵の中から殿下が特に目をかけている聞き分けの良い兵士たちであった。
マルコとファビオラに付けられた本当の監視の兵は、殿下からの労いの言葉と共に渡された、数枚の金貨を握り今は近所の飲み屋で楽しいひと時を送っている。
二階では粗末なベッドにニコレッタが寝かされている。
殿下の「お前たちは出てけ!」という号令の元、兵士の4人は狭い廊下に立たされている。
室内では、殿下がベットに寝ているニコレッタを見てため息をついている。
―― この俺様が平民の女とこんな汚い部屋でこんなことをしなくてはならんとは……屈辱だ!汚点と言ってもいいだろう!
殿下はそう思いながらニコレッタを見下ろしている。
―― 普段は森に住む野生児だと聞いている。なんで俺様がこんなのと大事な初めてを無駄遣いしなくてはならんのだ!さっさと終わらせる!
そう思いながら顔を歪ませた殿下は「早打ちには自信があるからな」とつぶやきながら上着を脱ぎ始めた。
―― だが、仕方ないか。一応聖女だし……そうか、聖女か、そう思うと、ちょっとドキドキしてきたな。
少しだけ気分が高揚してきた殿下は、ニコレッタが寝ているベッドにのそのそと登る。
ニコレッタの上から寝顔を見る殿下はかなりドキドキし、本当に良いのだろうか?と思って躊躇してしまう。13才となった殿下は色々と多感なお年頃、だが奥手でもあった。
だが時間をかけてもいられない。早く済ませて既成事実を作ってしまわなくては……そう思いながらゆっくりとニコレッタに覆いかぶさる殿下。
だが、そんな殿下の行動をこっそりと覗く目があった。
部屋に備え付けられているトイレの扉を少し開け、クレメンティ家でニコレッタを世話していた侍女のマリカが部屋の様子を窺っていた。
そして、マリカは勢い良く扉を開けると、その音に気付きそちらを見た殿下に「変態ー!」と叫びながら、毎日の労働で鍛え上げられた脚力から捻り出された鋭い蹴りをくらわせたのだ。
その攻撃は殿下の腹部にクリーンヒットし、床に転がり落ちて胃の中の物を吐き出しながら呻く殿下。
「この変態!私のお嬢様に何すんのよ!〇ね!変態!変態クソ野郎!」
丸まって耐える殿下を何度も足蹴にするマリカ。
「何をおごっ!やってる痛っ!俺様を助けろぉぶっ!早くうげっ!助けにぐはっ!もうやめオロロロ……」
必死に外の護衛を呼ぶ殿下だが、廊下もまた騒がしい声が響いていた。
「早くニコちゃんを返しなさい!」
「お前たち何者だ!邪魔するなら無礼打ちするぞ!」
「何よ!罪のない国民を殺すつもり!そんな横暴な兵士なんてこうしてー!えいっ!えいっ!えーい!」
「痛っ!やめろ!本気で怒るぞ!」
「ニコレッタ様に何かあったら、許しませんよ!てりゃ!あっ痛っ!老体にこのような仕打ち!訴えてやるー!」
「なんだこのじじー!目がこえーよ!くっ!このっ!」
兵士たちの怒号に、女性の悲鳴のような声としわがれた老人の声も入り混じり、ドタバタと激しく争っているようだ。
兵士たちは何とか部屋の扉を開け、助けを求める殿下の元に行こうとするが、女性の持っていた竹ぼうきが部屋の扉を塞ぐように斜め掛けされ、さらには「変態!触らないで!」などと言われてしまい、二の足を踏んでいた。
室内を覗き見れ殿下は女の子に蹴られているだけに見えた。刃物も持っていないようだし大丈夫かな?そう思って呑気に構えていたのもある。兵士の1人は「むしろご褒美……」などとつぶやいていた。
普段彼是と殿下の我儘に付き合っていた彼らに、身を挺して守るほどの忠誠心はないようだ。
そんな中、意識を少しずつ取り戻してゆくニコレッタ。騒がしい声が聞こえる中、何かを感じて眠気を吹き飛ばすように全身に治癒の力を巡らせ、全身がうっすら緑色の光を放つ。
意識がはっきりと覚醒したニコレッタは、ベッドから体を起こし周りを確認し思わずつぶやいた。
「えっ、どゆこと?」
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