14.ニコレッタ、初めてのお泊りをする
上品だが少し渋めな紅茶を前に上機嫌の私。
そんな私はバッグからメープルシロップの容器を取り出した。
予備にと持ってきたのはブルーベリーを漬けておいたものだ。
蓋を回しその容器からとろ~りとカップにうっすら紫色に染まった液体を注ぐ。それをスプーンで軽く混ぜ一口……
「うん!美味しい!」
そして気づくのだ。世話焼きの侍女と同じように目を丸くしてこちらも見ている陛下の視線に……
「ニコちゃん。良ければそれを、私のにも入れてくれるかな?」
「あ、はは……」
暫く脳内で自分の迂闊さについて自己罵倒した後、侍女に容器を渡す。
陛下はそれを受け取り同じように入れると、上品な所作で香りを楽しんだ後、ゆっくりと味を確かめている。そしてニッコリ。さて、どうしたものか……
「ニコちゃん。これは砂糖とも蜂蜜とも違うようだし、良ければ何か教えてくれるかな?」
「これも他の方には秘密、と言うことで……」
うなずいた陛下にメープルシロップについて説明する。
森の中で採れる貴重な蜜を煮詰めた物だと。
量はどれぐらい採れるのかなどを聞かれ、自分で飲む程度なら十分に確保できることを伝えると、余った分で良いから城に納品してほしいとお願いされた。
もちろん取ろうと思えば大量に取れるのだが、面倒なので少量ならばと伝えておいた。陛下は容器ひとつで金貨10枚と言われ涙目になった。そんなに大金を出されても困ると……さすがに罪悪感が半端ない。
金貨10枚って100万ルビーじゃん?
これ毎週エレナと分けてじゃばじゃば使ってるよ?
その程度の物にそんな大金使うなんて……どうやら王家の金銭感覚は馬鹿になっているようだ。と思ったがメープルシロップ事体がどこにも出回っていない貴重な嗜好品だということに私は気付いていなかった。
それを思い知るのは少し先の話……
結局、週に10個のメープルシロップを金貨10枚と交換となった。
私ははじめ「正直お金は不要なので金貨1枚で良いです」と伝えたが、ならば代わりに爵位と領土をと言われてしまった。そう言われると「じゃあお金で……」と返すしかなかった。
味の追加については城の者に研究させると言って、プレーンな物を納品することになった。納品は冒険者ギルド経由で良いことになったので、毎週エレナに託せば大丈夫かな?と思った。
その後は遠慮を捨てた私。
肉にも少しメープルシロップを垂らし味変。
テーブル上に置いてあった固めのパンにその肉を挟んで食べては頬を緩ませていた。当然の様にシロップの容器は侍女経由で陛下の手に渡り同じように食べる陛下。ちょっと行儀が悪いと思うがここにはそれを咎める人はいない。
紅茶に使うだけじゃないことが分かったのだ。後は城のプロフェッショナル達が色々考えてくれるだろう。そう思うとたまに城に遊びにきて新しい料理にありつくのも良いかな?と一緒思ってハッとする。
あっぶねー!まんまと術中にはまるところだった。と心の中でつぶやいたが、そもそも陛下はそんなことは思ってないだろうことにも気が付いた。
それなりに楽しく過ごせた夕食も終わり、今日のところは遅くなったので泊まって明日森の近くまで送ると言われ陛下と別れる。侍女に別の部屋へと案内され、拒否する私を物ともせずに寝間着に着替えさせられた。
シルクかな?この世界に来て初めの着心地の良さに感動する。
久しく感じていなかったこの快適な着心地に、金貨の代わりにこんな感じのを貰えば良かったかな?と思いつつベッドに潜り込む。
そのふんわり感に感動しながら、明日にでも王家御用達の服屋なんかを紹介してもらい、使い道のない金貨を消費しようと心に決めた。
そしてふわふわの感触に負けた私はすぐに睡魔に襲われ眠りについた。
そして夢を見る。
フェルが森の中で怒った顔をして何かにドシンドシンと頭を打ち付けている。そのフェルの額からは真っ赤な血がしたたり落ちている。何やってるのフェル?そう思いながら戸惑っている私は何もできずに見ているだけだった。
そんな夢を見ていた私は、ドシンと身体に伝わる大きな振動と共に目を覚ます。
◆◇◆◇◆
ニコレッタが目を覚ます1時間ほど前。
王城に隣接する聖宝神殿の一室。
「どうしましょう。このままでは……」
王国の聖女は必死で目の前の魔道具に聖なる魔力を流し込む。
聖女はつい先ほど、従者に叩き起こされ心臓をバクバクさせながらこの場へとやってきたのだ。
目の前の結界用の魔道具の補充量を示す魔石がどんどん色あせてゆく。丸い装置につけられているのは10個の魔石。その魔石は不帰の森に結界を施す魔道具の供給元となっているものだ。
その魔石に聖なる魔力を補充してゆくが、それでも追いつかない程度にゆっくりと色あせてゆく。このままでは持たない。そう思った頃には他の聖女候補たちも集まり、思い思いに魔力に聖なる魔力を注いでゆく。
森で何かあったのだろうか?
そう思いながらも聖女は必死に魔力を流し続ける。
聖女マルティナ・ファブリ・ユリシースはファブリ伯爵家の次女であったが、幼いころから聖魔法に高い適性を持ち30の時に今代の聖女となった。聖女と成ったマルティナはユリシースの姓を与えられ王都の教会で日々聖なる魔力を注ぎ生涯を過ごした。
そんな彼女がそろそろ引退をと考えた頃、新たな聖女候補としてニコレッタの事を聞き、やっと役目が終わるのだと喜んだのは9年ほど前だろうか?直感的にその子が聖女になるのだと感じ、自分の生涯が終わる頃に生まれる新たな聖女に心から安堵した。
それから数年後、その子が短い生涯を終えたと聞かされ、私はまだその時じゃないのだとひどく落胆したのだ。
そして今……
神は私にまだこんな試練を与えるのか?私は、前世で大罪を犯したとでも言うのか?と神への愚痴を心に思いながら魔力を絞り出していた。
もちろんお付きの者達は、結界装置に異変を感じすぐに城の者に連絡を取り、予備の聖女候補たちも総出で魔力を注いでいるのが現状だ。だがそれも焼け石に水であったことは誰の目に見ても明らかだった。
容赦なく魔石は色あせてゆく。
そして、ついに全ての魔石が空となり光を失った灰色へと変色した。すでに他の2つの結界装置から8つずつ魔石を移動していたが、それも僅かな延命にしかならず、魔力は尽き不帰の森につながっている結界の魔道具は動きを止めた。
その次の瞬間、ドシンと城全体がゆれるような感覚を覚え、それを確認した聖女マルティナは倒れ込んだ。
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