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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
1章 加入
9/63

9 夕暮れの道

 次の日も八城は、やはりあの管理区画へと呼び出した。今日もデータ採取だと聞き、暁は八城に噛みついた。


「春彦の霊力証明まで残り一日なんだぞ、今日もデータを採って何になるってんだよ」

「何や疲れたん?」


 挑発するような八城の言葉に、暁は目を見開いた。


「ふざけんなよ糸目野郎。こっちは春彦の命がかかってんだ。お前まさか春彦を見殺しにしてデータだけ集める気じゃねーだろうな」

「なに言ってはるん、僕の立場では本来、刀に価値が無いならさっさと和歌山帰らなあかんとこを、わざわざ時間作って協力してんねんで。黙って言うこと聞きいときなはれ」


 暁が八城の胸ぐらを掴む。


「俺はこれが本当に春彦の霊力証明と繋がんのかって聞いてんだよ。理由も知らねーのに黙って聞いてられっかよ」

「おい暁!」


 春彦が止めても暁は手を離さない。負けじと八城も暁の胸ぐらを掴む。


「信じられへんなら僕以外を頼りはったらどない?」

「八城!」


 二人は頭に血がのぼって春彦の言葉は届かない。


「ーーー手を離してください、暁さん」


 静かな声で暁を制したのは朔だった。


「確かに疑問点はありますが、八城さんは無駄なことはしない人です。信じましょう」


「宇化乃ちゃんの言う通り、僕は結果のみを優先する主義や。結果の出やんことはしぃひん」


 暁は八城を睨みつけ、手を離した。八城も手を離すと、襟元を手で(はた)いた。


「さあ、今日もきばっていこか」


 昨日と同じく暁と朔が前衛、春彦が後衛だった。しかし昨日の疲れが響いているのか、二人には若干の動きの鈍さが見て取れた。


(そりゃ地面に寝転がってたくらい疲れてたのに、今日も同じパフォーマンスで戦える訳ないよな)


 実際のところ春彦もこの戦闘にどういった意味があるのかは分からない。ならせめて自分も最前線で戦うべきではないか。


「暁」

「お前は動くな。俺達を信じろ」


 暁は振り返ることなく応えた。春彦の心情をすでに察しているのだろう。


「そうだよ春彦くん、私達は君を救う為に頑張るから、私達を信じて。信じるとこからチームは始まるんだよ」

「…分かった」


 すると頭に直接誰かの声が響く。


 ーーー戦え。


 日に日にはっきりと聞こえてくる声。まだ幼い少女のようであり、ひどく落ち着いた大人のような声にも聞こえる。


(ダメだ、俺が前に出れば邪魔になる)


 春彦が心の中で答えると、延珠の刀身の炎が揺らめいた。


 モニターを見ていた八城が目を見張る。


「霊力の波形が大きく乱れた?」


 春彦は宥めるように延珠の刀身を撫でた。その炎は熱く激しいが、春彦を燃やすことはない。


(怒っているんだな、延珠。俺が動かないから。でも今じゃない。分かってくれ)


 しかし延珠は不服だったようで、周囲の悪虚の数が増えた。無理矢理にでも悪虚を増やせば戦闘が増えると思っているのだろうか。


 確かに延珠の読みは正しく、春彦は暁と朔を()(くぐ)ってきた悪虚を次々と凪払った。


 一時間ほどして休憩に移る。春彦は八城に刀を返す。顔色のすぐれない春彦に、八城は顔を覗き込んだ。


「辛そうやね」

「俺は辛くない。辛いのはあの二人だ」

「仲間思いで優しいな。でも優しいならなおさら、君の方が辛いと思うよ」

「…」


 春彦は答えなかった。何て答えていいのか分からなかった。


「ところで、刀の声が聞こえるんやって?何て言ってくるん?」


 いつもと違い八城の声はとても冷静な声だった。


「…戦えって」

「えらい好戦的な子やな。それで君は何て答えるん?」

「ダメだって。そしたらコイツは怒るんだ」

「へぇ」


 話している内に恥ずかしくなってきた。


「でも普通は聞こえないんだろ。俺のことおかしいと思ってんだろ」


 意外にも八城は笑わなかった。林の奥を見つめ、何もない闇を複雑そうな目で見ていた。


「そんなことないよ。その刀は海の底にある地殻、つまりマントルの上辺りにある岩盤の中で見つかったレアメタルから作られた特別なもんや。きっとそれが関係してるんやろね」

「またそうやって俺に機密を漏らす」


 今の八城の発言で春彦は自分の寿命が縮まった気がした。八城は冗談めかして笑う。


「せやったわ。この刀を従わせてるのに、まだ部外者なんて嘘みたいや。僕ホンマはあの人以外にはこの刀は使えやんと思ってたクチやねんけど」

「あの人って誰だよ」

「僕の上司。常に冷静で冷徹で、僕なんか足下にも及ばんくらいの実力者。僕が心から尊敬する人なんよ」


 この始終笑顔で感情を隠している男にも、尊敬なんていう感情があるのかと驚いた。

 どれほど威厳のある人なのだろうかと、春彦は少しだけ気になった。


 休憩を終えると、また戦闘が始まった。切っては倒し、切っては倒しを繰り返し、空が少しだけ色あせててきた頃に今日のデータ収集は終わった。


 三課の殲滅数は三十八体だった。昨日より殲滅数が少ないのは、出現頻度が減っていたからだ。目に入った悪虚は残らず殲滅した。これでしばらくはこの管理区画の悪虚出現数減少にも繋がったといえる。


「結局今日も進展無しか」


 苛立った様子でタバコを出す暁に、春彦がライターを差し出した。


「お疲れ」

「どこで覚えたんだ」

「昨日」


 暁は春彦に火をつけてもらい、深く煙を吸った。


「お前体調とか悪くないか」

「それはこっちのセリフだ」


 どう見ても暁は疲労困憊だった。しかし暁は虚勢を張る。


「バッカお前、俺は三課監督役だぞー。この程度でへたばるもんかよ。まああの糸目野郎にはぜってぇいつか一発かましてやるけどな。気に入らねー」

「思考がヤンキーすぎなんだよな」


 そこへ車を取りに行った菜緒子と朔が慌てて二人の元へ走ってきた。


「大変よ!」

「どうした」

「車がパンクしてるの!」


 暁は口からタバコを落とした。心の底から絶望した顔をした。


「まさか帰れないとか言わねーだろうな」

「帰れません」


 すると八城はバイクのエンジンをふかした。


「僕の後ろ乗ってくー?」

「うるせーよ!さっさと帰れ!」

「ほなお先ー」

 そして本当に帰ってしまった。

「じゃあ、みんなでバス停まで歩きましょうか」

「バカ抜かせ。タクシー呼ぶだろ普通に。何十分かかんだよ」

「俺は歩く」


 春彦の発言に一同はぎょっとした。


「春彦くんも乗っていきなさいよ」

「俺はそんなに疲れてないから歩く。今日財布忘れたし」

「お金なんな高校生から取らないわよ!そこまで落ちぶれちゃいないわよ!ねぇ!」

「ダメだ、そもそも今空いてるタクシーが近くに無い」


 スマホでタクシーアプリを見ていた暁は死んだ目をしていた。


「じゃあな」

「あ、ちょっと!」


 スタスタと歩いて、春彦はスマホのマップを開いた。


(しばらく歩いたらバス停の向こうに駅があるな。そっちから帰るか)


 春彦の自宅のある最寄り駅まで乗り換え二回で帰れるので、本数の少ないバスを待つより早く帰れる。

 管理区画の出口を抜けて、金網に囲まれた林を横目に歩く。まっすぐと田舎道が続き、駅はおろかバス停もまだ見えない。日が暮れ始め、空と道が茜色に染まる。


 ふと、金網の側面に古い切り株が三つ並んでいるのが見えた。その隣を通りすぎた時、既視感を覚えた。昔ここに来たことがある。もと来た道を振り返って分かった。


(ここ、昔迷子になった場所だ)


 不意に脳裏に記憶が蘇った。幼い自分。いつもと変わらない、温度の無い父の声。

 春彦は車に乗せられ、見知らぬ場所で降ろされた。


『ここを真っ直ぐ進んで待っていなさい。後で迎えにくるから』


 春彦は頷いて、車に乗り込む父を見送った。今はもう買い替えたが、あの時父はグレーのセダンに乗っていた。


 車が見えなくなってから春彦は言われた方向へ、金網に沿って歩き始めた。そして唯一の扉を見つけるのだ。


 思い返せばあの金網は管理区画を仕切るもの。あの施錠された扉は、今はセキュリティ強化の為に電子錠に改修されているが面影はある。左右林に挟まれたこの一本道は、確かにあの時の場所だった。


(どうしてここに置いていったんだ。父さんはここが殲滅委員会の管理区画っていうのは知ってたのか?)


 春彦はあの後自分がどうしたのか必死に思い出そうとする。


『誰を待っているの』


 頭に電撃が走ったような気がした。


 黒いコートを着て、夕焼けすらも吸い込む黒い髪の女。春彦はその女性に手を引かれ歩いていた。


(俺はここで誰かと歩いていた。あれは、誰だ?)


「ーーーどうしたの?」


 突然声をかけられ振り返ると、立っていたのは朔だった。明るい茶髪のハーフツインを揺らし、肩で息をしている。走ってきたのかと目を丸くする春彦に、朔はニッと笑った。


「一緒に歩こう」

「疲れてるだろ。タクシー乗れよ」

「お客さんの順番待ちで、まだしばらく来れないんだって。私そんなに疲れてないから一緒に歩いて帰ろうと思って」

「そんなこと言って、本当は俺の監視だろ」

「そういえばそんな任務あったね」

「そういえばって…」


 春彦が組織加入を決断してから三課の監視は随分緩まった。厳しいのか甘いのか分からない組織だ。

 朔が来たので春彦はまた歩き始めた。


(コイツ、暁と同じくらい動いてたのに、まったくへばってないな。部活もしてないのに、これは天賦の才なのか?)


 霊力はあくまで身体能力の補助的役割だと暁は言っていた。つまり体力は朔の適正によるものだ。


(朔でさえ四苦八苦するこの組織で、俺に何が出来るっていうんだ)


 しかしすでに組織を知り得た朔がここへ来たのは好都合だった。


「なあ、この辺りって昔から殲滅委員会の管理区画なのか?」


 朔は突然の質問に驚きながらも答えてくれた。


「そうだと思うよ。悪虚の出現は土地柄が関係してるから、ここが悪虚の集まりやすい場所なら、昔から管理区画に指定されてると思う」

「昔ここで、父さんに置いてかれたことがあるんだ」


「え!」と朔は驚き、次いで少し不思議そうに周りを見回した。


「ここで?管理区画周辺は毎朝毎夕委員会の職員が見回っていて、人目が無い場所じゃないよ」


 彼女の指摘は鋭い。ここは子供を置き去りにする場所には到底向いていない。しかし謎はまだある。


「なあ、お前らって制服とかあるのか。例えばコートとか」

「あるよ。三課は制服を着てないけど、八城さんが着てたのが制服だよ。他にも戦闘員には支給品があって、夏服、冬服、ブーツ、あと黒のロングコート」


 春彦は朔の肩を掴む。


「袖口と裾に金の縁取りがあるコートか?」

「そ、そう。知ってるの?」


 春彦は頷く。


「そのコートを見たことがあるんだ。俺を家まで連れていってくれた人が着てた。あの人は委員会の職員だったんだ」


 だがまだ記憶が完全に思い出せていない。それに気になる点はまだある。


(出来すぎた話じゃないか?まるで父さんが委員会の職員に俺を見つけさせたかったような行動だ)


 あくまで憶測だが、委員会の息のかかった病院だと、長年医者を務めている父なら噂くらい知っていたかもしれない。そしてわざわざ管理区画に春彦を置いていった。無関係とは思えなかった。





 長い田舎道を歩く学生二人を空から眺める人物が居た。八城だ。彼は空中で霊力を固定し、足を組んで座っていた。


 過去の記憶を取り戻していく春彦を楽しげに見つめスマホを操作する。


(そろそろタクシー配車してあげてもええかな。いやぁ、徒塚ちゃんの車をパンクさせたかいあったわ)


 わざわざ春彦にこの道を歩かせる為に、菜緒子の車をパンクさせ、タクシーがこちらに来ないように各地に分散させた。勿論イタズラではなく協力者に乗って貰っているので合法だ。


(頑張って全部思い出してや春彦くん。君はジョーカーなんや)


 すると八城のポケットでスマホのバイブ音が鳴る。彼の上司からの電話だ。


「はい八城。どうしはったんですか、和涅(かずね)さん。…帰ってこいって、ラブコールですか、嬉しいです。…いやスルー。せめて突っ込んで下さいよ。…ああ、刀は無理ですね、もう例の少年と心理的に癒着してます。意志疎通まで取れてはるみたいですよ。…ひどっ、そこまで言わんでも。僕かて一係の輸送任務に参加したい言うたんですよ?でも断られてもたんです。まあ言い訳にしかなりませんけど、きっとあの子が刀のあるべき場所やったんです」


 八城はあの刀の製作に初期から関わっている。刀を扱えるのは、本当に和涅以外には無理だと思っていた。あれは単純な鋼ではない。意思を持っている。そして刀は春彦の自宅に近付いた途端暴走し、自ら彼の元へと去っていった。


 春彦の素性を調べるのは簡単だった。何故なら八城の本質はハッカーであり、そして委員会の内部にはすでに春彦の情報があったのだ。それは菜緒子ですら知らない、組織の最深部にある機密情報。


 それを知った時、和涅以外に使えないと思っていた刀が、何故春彦にも扱えたのか合点がいった。そして八城は春彦をこの組織へ引き込むことにした。


「色々情報も得られたし、そろそろ潮時ですね。最後に一仕事してきます。それで僕もあるべき場所に帰ります」


 和涅からそれ以上返事は無く、電話を切られてしまった。



 ※※※

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