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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
1章 加入
8/63

8 ノルマ

 管理区画で戦う春彦らを横目に、八城は機器を設置していく。


「ここは悪虚の発生率が高い地域や。データを採るのに最適やろ」

「ええ」


 モニターの霊力周波数を見た菜緒子は怪訝そうな表情を浮かべた。菜緒子は非戦闘員なので八城と一緒に後方で待機している。


「春彦くんの環境霊力の周波数が乱れてる。つまり彼には霊力がある可能性があると言える。これじゃ証明にならないかしら」

「環境霊力は人に限らず自然にも関係するから、春彦くん固有の霊力とは証明にはならへんな」


 ふと八城は朔と暁の会話に耳を傾けた。


「すごい悪虚の数」

「いつもは浮遊してるだけの奴も多いのに、やけに集まってくんじゃねーか」


 そこで得心がいったように八城は頷く。


「どうやら春彦くんが刀を持つと悪虚が寄ってくるみたいやね。なるほど、この刀だいぶ燃費が悪いんやわ」

「どういうこと?」

「霊力を使えば使うほど、君から霊力の残滓(ざんし)が拡散されてる。それに悪虚が寄ってきてるんや」


 八城は暁に向かって声を張った。


「宍戸くん、ちょうどいいからこのまま悪虚を五十体くらい片付けてくれへんかな」

「五十体!?」


 横で聞いてた春彦の声が上ずる。


「五十億にちなんでな。ちょうど発生数が増えすぎてて減らさなあかんかってん。僕はここでデータ取ってるから」

「人使い荒ぇな!」


 暁の苛立った声に、八城はわざとらしくおどけてみせる。


「えー?これかて僕は三課の存続に協力してあげてるんよ?実働部隊ならどこでも殲滅数のノルマがある。去年は殲滅数ノルマ超えやんかったんやろ。今年も達成出来んでええの?」


 その挑発には、さすがに菜緒子も黙っていられなかった。


「戦闘員二人なんだから仕方ないでしょ!今年は達成するわよ!」

「なら貢献できてなにより」


 ハナから八城の目的は管理区画の悪虚数調整だったのだ。菜緒子は苦虫を潰した顔をした。やけにあっさり協力してくれたと思っていたらこういうことかと菜緒子は奥歯を噛んだ。


 悪虚の出現が一通り減ったところで、暁は春彦と朔を呼び寄せた。


「春彦、お前はとりあえず突っ立ってろ」

「は!?」

「悪虚はお前に群がってくる。連携プレーに慣れてないお前に動かれたら、俺と朔ちゃんの動きに支障が出る」

「じゃあどうしたら」

「お前を背に置いて、俺と朔ちゃんでお前に群がる悪虚を討つ。でも自分が危ないと思った時だけその刀適当に振り回して回避しろ」

「でも」

「春彦くん、私達の動きを覚えて。これからの為に」


 朔の言葉に春彦はハッとした。目的はここで勝つことではない。朔や暁、そして菜緒子も、この先のことを見据えて考えていた。春彦に未来があると信じてくれている。


「分かった。俺も死なないように頑張る」


 暁は満足げに頷き、春彦と朔の頭を撫でた。


「僕は戦ってくれた方がありがたいんやけどねー」


 暁は八城の声を無視して、また現れ始めた悪虚に対し先行して攻撃を仕掛けていく。


 春彦は二人の戦ってる姿をよく観察した。暁の動きには隙がない。歴戦の勘で悪虚の特性や動きを理解し、先を読んで攻撃をかわし、急所を突いていく。


 そして朔は鋭い眼光で刀を振るい、多数の触手をまとめて切って数を減らし、暁が動きやすいようにフォローしていく。小柄で小回りがきくので小型悪虚などを手際よく片付けていった。


 他の戦闘員の戦闘は見たことがないが、二人の動きは熟練のものだと春彦にさえ分かった。特に暁の動きは頭一つ抜けていた。


 順調に殲滅数を稼いでいき、春彦の方へ攻撃が突破してくることもなかった。春彦は本当に突っ立っているだけだった。


 暁と朔で三十体ほど殲滅した頃、ようやく八城から休憩の合図が出た。休憩中は延珠を八城に返す。延珠を通して春彦の霊力が拡散され余計な悪虚を呼び寄せない為だ。


 ふと八城が朔へ向き直った。珍しく笑みが消えている。


「誰かに指示されてから構えてるようじゃ、まだまだやで。春彦くんが刀を握ってない今、なおさら警戒を怠ったらあかん」

「はい…」


 朔は力無げに返事をした。


「まだ朔ちゃんの先輩気取りか?八城」

「というか忠告やな。わざわざ死なんでもええ人間が死ぬのは見たないからね。悪虚は休憩なんか待ってくれへんよ」


 八城は酷薄な笑みを浮かべその場を離れた。八城の腰には黒い鞘の刀が吊るされていた。


 駐車場に戻ってきた菜緒子と交代するように暁がその場を離れる。朔にはいつもの明るい笑顔がなく、沈んだ様子で春彦の横に立っていた。


(気まずい…何て声かけていいのかも分かんねー)


 恐らく朔は和歌山で何かあったのだ。しかし見ていた限り、暁が優れているとはいえ、朔が劣っている訳ではない。でも朔が和歌山から追い出された要因は何なのか。


 もしかしたら一生触れなくてよかったものを、自分のせいで朔と八城を巡り合わせてしまったのではないかと後ろめたさを感じた。それに暁も珍しくこの管理区画ではタバコを吸っていない。そのいつもと違う様子が余計春彦を心細くさせた。


 戻ってきた暁に、思わず春彦は心境を吐露した。


「なんか俺、迷惑かけてばっかりだな」

「いつ迷惑かけたんだよ」


 暁が目を丸くする。


「珍しくどこでもタバコを吸わないから」

「ちげーよ、ライターを車に忘れたんだよ。んなこと気にすんな。ほら次の準備しろ」


 暁は笑って春彦の頭をポンと叩き、上着を脱ぎ捨てた暁はいつも通りタバコをふかしながら刀を抜いた。休憩が終わり、また朔と暁は悪虚を殲滅していった。さすがに後半戦では二人の動きが鈍り始め、春彦もいくらか殲滅した。その日殲滅数は合計で五十五体となった。


 すっかり日が落ち、朔と暁はクタクタで動けないといった様子だった。八城はデータを分析すると言って早々に一人で帰った。


 菜緒子が春彦にドリンクを渡す。


「お疲れ」

「ありがとう。……ノルマってどのくらいなんだ」

「ざっと五百くらい」

「五百!?」

「三課への嫌がらせよ」


 菜緒子は遠い目をした。暁は菜緒子の持つドリンクを取る。


「そもそも東京都心での年間悪虚発生数がそのくらいだ。この区画を除けばだが」

「でも東京の悪虚を全部三課が相手にする訳じゃないんだろ」

「だからわざと無理な数ふっかけられてんだよ。上層部はまだ三課を見定めているらしい。とはいえ本当に五百体目指して殲滅してたら体が持たねーよ」


 暁はその場に倒れ寝転がった。


「お疲れ様。車を回してくるから待ってて」

「私も行きます」

「俺も」


 暁が春彦のズボンの裾を引いた。


「お前は俺と残れ。こんな無防備な俺を一人で置いていくな」


 朔は菜緒子と一緒に駐車場で戻ったので、二人で待っていた。


(俺がここに残ったところで刀が無いから、暁に守られることになるんだが)


 もしかしてそれが残れと言った理由なのかと思い至る。

 ふと春彦は、前から気になっていたことをこの際聞いてみることにした。隣に腰を下ろす。


「なあ、刀は第一課一係が運んでいたんだろ。お前ら第三課と何が違うんだ」

「第一課と第三課は組織設立当初から存在する。第一課は実行部隊、戦闘員が所属。第三課は育成機関、未成年を早い段階から訓練し戦闘員に仕上げるのが仕事だった。だが十六年前に第三課は解体された。理由は学生の組織登用が問題視されたからだ」

「それがどうしてまた復活したんだ?」

「霊力は万能じゃない。あくまで補助的な役割を持ち、根本の戦闘力は当人の身体能力に委ねられる。つまり年齢の壁がある。スポーツ選手と一緒だ。成人してからじゃ訓練してまともに戦えるようになるまでに時間がかかる上に、戦えなくなるまでが早い。だから三課が復活した。なあタバコ咥えさせて」


 寝ながら吸うなよと思いつつ、ポケットからタバコを出し咥えさせ、ライターで火をつけてやる。


「内部も一枚岩じゃない。賛否両論あり、三課の存在意義を見せるという名目と共に、嫌がらせ紛いの過剰なノルマをふっかけられてんだよ」

「お前は三課でも学生じゃないよな」

「あたりめーだろ、俺と菜緒子は監督役。今のところ学生は、朔とお前だけ。一課には中卒の未成年が一人居るが、学生じゃないことから加入が認可された」

「ふーん」

「本当は誰も戦わないで済む世界だったら、どんなに良かっただろうな」


 珍しくナイーブな暁に驚いた。


 春彦はいまだに暁という人間の本質を掴めない。いつも適当で軽そうだが、根本はひどく真面目だ。反対に朔は、いつも明るく真面目だが、どこか影がある。


 春彦は、まだ自分は二人をよく知らないのだと改めて思い知らされた。朔の言った通り、まずは二人を知るところから始めようと思った。


 菜緒子が車で迎えに来ると、色々な緊張で疲れていたのか、春彦は車に乗ってすぐに眠ってしまっていた。



 ※※※

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