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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
1章 加入
7/63

7 管理区画

 懸賞金悪虚を殲滅してから三日経った。春彦は朔と一緒に都立病院の研究室へ赴いた。今日は土曜日だが、最近はここで霊力検査をするのが毎日の日課のようになっていた。へたに行動範囲を広げて余計な疑念を生むよりも、素直に委員会管轄地にいた方が安全という菜緒子の提案によるものだ。


 しかしそろそろ霊力証明の期限が迫っていることもあり、今日は今後について話し合うことになった。研究室の隣にある個室に入り臨時のミーティング室にする。


 テーブルとイスが四脚、窓はブラインドが下げられており、テーブルの真ん中にはドーナツがびっしり入った箱と灰皿が置かれていた。灰皿は喫煙者である暁の私物で、すでに吸い殻が溜まってる。


(この病院当たり前に禁煙だよな)


 このご時世に平然と喫煙所以外で吸うモラルの無さにも問題はあるが、火災報知器が作動してないことも気になる。


 しかし朔は慣れているのか特に気にした様子はなく、


「おいしそー!」


 と色とりどりのドーナツに目を輝かせていた。


 三日前、朔は懸賞金付きの悪虚に攻撃されたが、霊力治療が施され肩の傷はもう跡形もない。殲滅委員会の職員は霊力治療が無料なので、治療費によってこれ以上彼女の借金が増えることもない。


 反対に春彦はまだ職員ではないので、霊力治療は行えない。行えばまた春彦も莫大な借金を背負うこととなる。


 ふと、相変わらずタバコを咥えたままの暁が、ドーナツの箱を春彦と朔に押し出した。


「お前ら先に選んでいいぞー」

「ありがとうございます!」

「俺は最後でいい」

「ガキが遠慮してんじゃねーよ。こういうのは年下から選ぶんだよ」


 言葉遣いは悪いが、その表情は柔らかい。


「じゃあ私は~」


 と先に手を伸ばした菜緒子の手を叩いた。


「お前は最後だっての」


 結局春彦はドーナツを二個、朔は五個、菜緒子が一個選び、暁は選ばずコーヒーを飲んでいた。


「さて、問題は春彦の霊力の証明だよなぁ。刀を使えるようになったのに、相変わらず測定器では霊力ゼロ。機器壊れてんじゃねーの?」

「測定器のメンテナンスに問題は無いわ」


 ドーナツをすでに二個平らげた朔は首を傾げた。土曜日は朝食が出ないらしく、今日一食目なので勢いが速い。


「でもあの火の鳥は霊力の視覚化ですよね。それだけの霊力があるのにどうして測定出来ないんでしょうか?」


 菜緒子は天を仰いだ。


「白状します。色々資料やデータを漁ったけど、正直お手上げです」


(何気なく死刑宣告された気分だな)


 しかし暁は特に焦ったふうではなく、想定内とばかりに冷静だった。


「未知のデータを探すより、霊力を証明出来さえすりゃ何でもいいと思うがな。本当にお手上げって訳じゃ、ねーんだろ?」


 出し惜しみするな、と暁の目が光る。菜緒子は罰の悪そうな顔をする。


「期限まであと二日。文句は言ってられないわね…。嫌だけどアイツに頼るわ」


 菜緒子はスマホを持って部屋を出た。


「ところで春彦、親は何か言ってきたか?」

「え?」

「菜緒子がお前の家に連絡した時、組織の名前は明かさなかったものの、お前の父親は平然と対応したらしい。とても息子が病院に運ばれたと聞いた時の反応とは思えない」


「ああ」と春彦は苦笑した。


「それは気にしなくていい。母さんはともかく、父さんが俺に関心を向けることはない」

「無関心、ということか?」

「いつものことだ。父さんは昔、俺の事を捨てたことがある」

「捨てられた?」


 朔は青ざめた。やはり普通に考えてあり得ないよなと自嘲気味に笑った。


「しかも真冬にな。知っての通り俺は養子だ。母さんが子供のできない身体で、養子を迎えるのも母さんの強い意向があってのことだった。だが父さんは違った。他人の俺に対して思い入れが無く、俺が三歳の時に知らない場所に置き去りにした」


 今でも忘れることはない。あの出来事が春彦の人生観を定めた。


「多分迷って野垂れ死ぬことを望んだんだろうな。だが俺は自分の家の住所の一部を覚えていた。だから戻ってこれた」

「三歳で住所を覚えてたって、春彦くんその頃から賢かったんだね」

「転向してすぐ成績優秀者上位に入ったお前にだけは言われたくない」

「で、誰が連れて来てくれた?」

「え?」

「知らねー場所なら、近所じゃないはずだ。住所を覚えていても、子供の足じゃ戻れないだろ」


 暁の言っていることは至極当然のことだ。むしろそれに思い至れなかった自分に驚いた。


(そうだ、俺はどうやって帰ってきたんだ?)


 不意に脳裏に黒く長いコートの女がよぎった。夕焼けに染まる道で、春彦はその人に手を引かれた。


(何だ。俺は何か、忘れている…?)


 すると電話を終えた菜緒子が戻ってきた。


「この後来るみたい」

「誰が?」


 菜緒子は目をそらした。


 一時間ほどしてやってきたのは東京本部の人間だった。長身細身で、細い目をしており、軍服のような黒い服を着ている。


「初めまして、第三課の皆さん。僕は八城永季(やしろえいき)いいます。東京本部第二課所属の研究員で、徒塚ちゃんとは研究員時代のよしみで来ました。どうぞよろしゅう」


 八城は関西弁で笑顔で自己紹介した。ふと彼は朔を見やった。


「宇化乃ちゃんも久しぶりやね」

「お久しぶりです…」


 二人はすでに顔見知りのようで、朔も笑ってはいたが、愛想笑いのようなどこか浮かない様子だった。


「和歌山におった頃より顔色良さそうで安心したわ」


 春彦は軽く目を見張った。


(朔が和歌山に?)


 ふと朔の前に出るように暁が立った。


「たった今悪くなったけどな。お前のせいで」

「何、宍戸くん、僕への当たりきつない?」

「俺はいつも通りだけど?」


 一触即発の空気に菜緒子が間を割って入った。


「暁、喧嘩腰はやめて。あと八城、あなた二課所属とはいえ、一時的な出向じゃないの。本当の所属は和歌山支部でしょ」

「和歌山?」

「延珠安綱の所有権を持った支部よ」

「そう、悪虚殲滅の切り札となるはずやった刀を失ってもた和歌山支部の所属やで」


 春彦の顔色が曇ったのを見て八城は「勘違いせんといてや」と念を押した。


「別に三課を恨んでる訳やないんよ。あれはどう見ても一課一係の失態やし。和歌山支部はその程度で揺らぐ支部でもあらへん。あ、でも僕は京都出身やからね。そこんとこ重要やから」


 菜緒子は呆れた顔をした。


「出たわね京都プライド。東京から和歌山まで飛行機で行けばいいのに、京都に寄りたいが為にわざわざ新幹線で移動する男なのよ」

「京都は日本の首都やから。日本人が京都に立ち寄るのは当然のことなんやで」

「その話もういいから。で、もう分かってると思うけど、彼が神崎春彦くん。例の刀の主よ」


 菜緒子は春彦を紹介する。


「まさかあの延珠安綱を手懐けるとは」

「手懐けたというか、成り行きで」

「君には分からんと思うけど、それはとんでもないことなんや。霊力吸収が強すぎて誰も触れられんかったゆうのに、君はあまつさえ使いこなしてみせた。お陰で二課研究員はデータ取れて喜んではったわ」

「よかったわね、こっちは暁がセキュリティぶっ壊して無断で持ち出したせいで大目玉食らって始末書書いた上に、三ヶ月の減給よ!私だけね!」


 睨まれた暁は、まるで他人事と知らん顔をして横を向いていた。そのお陰で助けられた春彦と朔も同じく斜め上を向いていた。


「でも僕が来たからには刀使い放題やで」


 紫色の袋から現れたのはあの臙脂色の刀。それには八城以外の全員が驚いた。


「どうやって!」

「僕が和歌山からの出向っていう特権やね。春彦くん以外にはただのなまくらに成り果てたとはいえ、まだ書類上は和歌山に所有権がある。さあ自己紹介も終わったことやし、早速行こか」

「どこに?」


 首をかしげた春彦に、八城は意味深に笑った。


「楽しいとこやで」


 移動先は告げられることなく、春彦ら一行は菜緒子の運転する車で移動していた。菜緒子の運転はかなり荒く、春彦は気分がすぐれなかった。ブレーキでいちいち身体が大きく揺れるのだ。暁は平然としており、朔は乗る前に酔い止めを飲んでいたのでギリギリ平然としていた。自分も飲んでおけばよかったと春彦は後悔した。


 前方にはバイクで先導する八城。八城は都心から郊外へと向かい、やがて人家の少ない林道へ入った。


 菜緒子はハンドルを握りながら春彦に声をかける。


「分かってると思うけど、あの男には警戒を解いちゃだめよ」

「糸目関西弁が怪しいからか?」

「それもあるわ。けど何よりの理由は、アイツが和歌山支部の人間だからよ」

「やけに和歌山支部を特別視するが、何かあるのか?」

「いつか話すけど、昔から東京本部は和歌山支部と敵対しているのよ。特に和歌山支部に本拠地を置く『機動調査室』が、組織の中でも権力を握っているの」

「もしかして八城も」

「そう、機動調査室のメンバーよ。現役戦闘員でありながら元研究員という異色の経歴で、自ら志願して和歌山に行ったの。といっても本来は志願して行けるような所ではないから、その実力は確かなんだけど」


 和歌山なんて田舎に、それほどの実力を持ち合わせた支部が何故存在するのか不思議だった。ふと、朔もそこに居たのだと思い出した。


「朔も和歌山の所属だったんだろ?」

「うん。でも追い出されちゃった」


 春彦が聞き返す前に、暁が外にあった標識を見て目を見張った。


「おいここ、一般人立ち入り禁止の殲滅委員会管理区画じゃねーか。アイツこんなとこで何させるつもりだ」


 IDパスでセキュリティを解除すると、鉄格子の門が自動で開いた。バイクと車は入ってすぐの駐車場に置いて敷地の奥へと進んだ。


 敷地は周りが鉄格子で囲われており、広くて全体は把握出来ない。敷地の中も延々と林が広がっており、奥まで見通せない。そしてその奥からは、あの嫌な感じがした。


 ある地点まで歩くと、八城は立ち止まった。


「まずはこの目で実際に見せてもらおか」

「実際にってどうやって」


 不意にあの嫌な感じが春彦の背後に感じた。瞬時に振り返ると全長三メートルほどの悪虚が現れた。それも複数体。


 八城はいつも通り笑っていた。


「ここが何で殲滅委員会の管理区画か、これを見たら分かるやろ」


 八城から刀を投げられ春彦が受けとると、それを皮切りに悪虚が狂ったように身体をうねらせ春彦めがけて飛び付いた。その異様な様子に思わず身体が強ばった。


 しかし春彦の間合いにすら入らせず、暁が刀で凪払った。


「ボサッとすんな春彦!朔ちゃん戦闘準備!」

「はい!」


 春彦も次の攻撃には順応した。久し振りに延珠を握ると、気のせいか延珠が喜んでいる気がした。


(あの悪虚の反応、これもお前のせいなのか延珠)


 ふと当たり前のように刀に語りかける自分に驚いた。これはノイローゼなのかと若干不安になりつつ、刀を振りかざす。延珠は刀身を燃やし、火の鳥を放つと悪虚を燃やし尽くした。


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