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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
終章
63/63

63 エピローグ②

 晴れ渡る空に、あの幾度となく見た青くて黒い海が広がっている。和涅はゆったりとした深い水色のワンピースと、つばの広い白い帽子をかぶり、その手には花束を携えていた。


 竜骨岩は大悪虚との戦いで破壊されもうほとんど残っていない。それでも奇跡的に残った、たった一つの竜骨岩に今でも多くの人が花を供えにくる。今日は特に来訪者が多かったらしく、すでに多くの花が供えられている。


 そこへ和涅も献花し、しゃがんで左手で拝んだ。義手になって不自由になったこともあるが、あの悪虚と離れられたことの方が嬉しく、春彦には感謝するばかりだ。何より皆が安らかに眠るこの場所にあの化け物を連れてきたくはない。ここには一緒に戦った仲間と正嗣の魂が眠っているのだから。


「久しぶり、正嗣。なかなか来られなくてごめんなさい」


 和歌山には約二年ぶりに訪れた。正嗣の墓は東京にあるが、正嗣と最後に話したのがこの場所だからか、どうしてもここにいるように思えてしまう。他にも倒れていった多くの仲間達。彼らを悼みたかった。今ある平穏が数多くの犠牲の上に成り立ったことを決して忘れない。


 懸命に拝む和涅を、遠くから見守る男二人がいた。椿と八城だ。ちょうどこの場所でさっき偶然にも再会した。八城とは組織解体以来お互い忙しくて会えていなかった。


「もう新しい仕事には慣れた?」

「二年も経てば嫌でもな」

「めっちゃ大手のメーカーなんやろ。実家嫌いの椿が実家に頼る日が来るなんてなぁ」


 かつて兄を追いやった母と、母を好きにさせた父を恨み、家とはほぼ絶縁状態だった。しかし委員会が解体され、無職で家族を持つ訳にはいかない。


「養うとなると、なりふり構ってられなかったんだ。職を貰えたからもう恨みなんて忘れてやるさ。一応元大卒公務員として会社からも良くしてもらってる」

「ええなぁ、じゃあ僕も困ったら公務員から鞍替えできるってことかー」

「お前は二度と京都から離れないだろ。それに科捜研なんてお前の天職のくせに」

「そうなんよ、辞める理由が見つからへん」


 八城は京都府警科捜研で再就職し、自慢のハッキングスキルを活かしている。しかも委員会の用意した再就職先ではなく、八城が自力で見つけてきた就職口なので、本人はこの通り大満足している。


「で、僕らはいつ手を合わせに行くの?」


 いつまでも遠くから眺めてるつもりはないが、和涅の背中を見て躊躇った。


「もう少ししたら」


 八城は肩をすくめる。


「別にここは正嗣さんのお墓やないねんから、一緒に行きはったらいいやん。兄嫁取ったことなんて全然気にしやんでええと思うよ」

「気にするだろ!てかお前わざとだろそれ!」


 八城の目がキラリと光る。


「後ろめたい?」


 椿は口ごもる。


「兄さんは、怒ってるんじゃないかって思う」

「……でも和涅さんの傍にいてくれて感謝してると思うよ。僕も含めてね。だから和涅さんも和歌山離れる決意したんやろ」


 東京に戻ろうと言ったのは和涅だ。引っ越すと決めてから大勢の人が和涅に会いに来て、和歌山から離れることを惜しんでくれた。そして二年経った今もこの場所に来るまでに、久しぶりだと沢山声をかけてもらった。きっとここにはもう和涅の居場所があった。それでも椿と生きることを選んでくれた。


「まあ死別した夫の兄弟との再婚なんて、昔はよくあったって言うし、気にしやんでええんちゃう?」

「昔って何世代前の話だよ」


 不意に子供のはしゃぎ声が聞こえた。愛娘が菱岡にベビーカーを押してもらって喜んでいるのだ。菱岡ともここで偶然出会った。そしてベビーカーをバスに見立てて運転ごっこをしてくれていた。


「目的地とうちゃーく!」

「とうちゃくー!やたー!」


 大悪虚から受けた怪我を完治させた菱岡は、リハビリを終えて地元宮崎県に戻って保育士をしている。実は短大卒で保育士免許を持っていた。本人曰く、いつか転職したくなったら保育士になるつもりだったらしい。まさか本当に再就職先を探すことになるとは、良い意味で予想を裏切られたと喜んでいた。


 秋羽は椿を見るなり、ベビーカーから降りたそうに手を伸ばす。


「パパ!おりる!」


 秋羽を抱き上げ降ろしてやると、岩場をとことこ走っていき、拝んでいた和涅に飛びついた。現れた娘を愛おしそうに抱き締める和涅の横顔を見ると、先ほどまでの不安は一気に消え去った。八城も微苦笑する。


「ほらな?」 

「どうしたの?」


 菱岡が首を捻る。


「和涅さん再婚してよかったかって話」

「またそれ?多分それ一生言うよね」

「うるさいな!」

「パパー!」


 秋羽がぴょんぴょんと元気よく跳ねながら椿を呼んだ。


「パパー!ママがよんでるよ!」






 ※※※






 春彦と朔は懐かしい和歌山空港に到着した。内装は少し古くなったが、景色は何も変わっていなかった。朔が大学入学前に免許を短期取得していたので、彼女の運転で集合場所のホテルに向かう。レンタカーは初めて運転するらしいが、安全運転で高速道路も難なく運転し、乗り心地も上々だった。


「みんなに会えるの楽しみだね」

「支部長の粋な計らいだよな」

「春彦くん支部長に気に入られてたもんね」

「あー、まあ……」


 気に入られてたのかいじられてたのか微妙なところだ。


 今回の和歌山旅行の発端は、熊倉からの電話だった。委員会OB・OGを集めて食事会を主催して、主に和歌山支部所属員と特機メンバーを招待しているという。学生は参加費無料でラフな服装で良いと言われて参加を決めた。


 ちなみに熊倉は再就職せず、隠居と称して地元猟友会で害獣駆除とジビエ普及に努めている。


 ホテルは竜骨岩から少し離れた地区にあり、オーシャンビューと温泉が有名だ。この時期は夏休みで観光客も多いにも関わらず、熊倉のツテで客室の半数を押さえてくれていた。あの図体がでかく声の大きい熊倉だが、いかに地元との繋がりを大事にしてきたかが分かる。


 ロビーに着くと、春彦が一番会いたかった子がいた。そして春彦より先に朔が駆け寄った。


「秋ちゃんー!かわいー!」


 秋羽は椿の足に引っ付いてキョトンとした顔をしていた。椿がしゃがんで微笑む。


「春彦くん」

「ああ……」


 恐る恐る近寄って、椿と同じくしゃがんで秋羽に視線の高さを合わせる。


「ほら秋ちゃん、いつも写真見てるだろ。『にーに』だよ」


 椿に促されて、秋羽は多分よく分かっていないがニパッと笑った。


「にーに!」


 春彦はその愛らしさに思わず涙が滲んだ。そっと腕を差し出すと、トコトコと歩いて春彦の腕に収まる。春彦は秋羽を抱き上げる。小さい背丈なのにその温かさと重みに命というものを感じた。


 そして秋羽を抱えたまま、和涅と目が合った。和涅とも久しぶりに会った。会った時に何を言うかあれほど考えていたにも関わらず、一瞬で頭が真っ白になってしまう。


 しかし和涅は何も言わず、秋羽ごと春彦を抱き締めた。片腕の温もりがじんわりと伝わってくる。


「元気だった?」

「……うん。元気だよ。和涅さんも?」

「ええ、ありがとう」


 春彦は今度こそ涙が止まらなくなって、その光景を見ていた周りの人間ももらい泣きしてしまっていた。






 午後五時、通されたのは赤い絨毯の敷かれた宴会場だった。食事会は立食パーティー形式で、飲み放題のドリンクバーと、地元の海鮮やジビエ料理が数々並んでいた。何より懐かしい顔ぶれにすでに場は盛り上がっていた。


 参加者が集まって開始時刻になり、まもなくパーティーは熊倉の乾杯の挨拶で始まった。熊倉は髪とヒゲが白くなったが、それ以外は何も変わっていなかった。


 朔は早速料理を皿に盛っていた。しかし春彦は料理ではなく参加者を見渡して椿にこそっと尋ねる。


「まさか黒基室長は?」

「安心しろ、来ない」


 春彦は少しほっとした。多分来てたら目を合わせないように会場の端に寄って黙々と料理を食べ続けていたことだろう。


「おー!春彦!元気か」


 不意に後ろで大声を出されてびくりと反応してしまった。


「支部長!?」

「ガハハ!もうワシ支部長ちゃうけどな!」


 春彦の頭撫で回し、熊倉は首を傾げる。


「なんやお前、頭カッチカチやな!」

「ワックスで固めてんの!」

「めかしこんでんなー、大人になりおって」

「うるせー」

「ガハハ!!ほなしっかり食ってけよ!」


 熊倉は豪快に笑って別の職員に声をかけに行った。頭を直しつつ口をへの字にした。


(タダ飯に釣られて来たが、やっぱり苦手だ)


 心の中で呟いた。その後和涅も同じ目に逢い、多分春彦と同じ顔をしていた。

 パーティーの途中でホテルの人がサプライズをしてくれる。


「それでは皆様にマグロ解体ショーをご覧いただきます!達人をお呼びします!」


 そう言って出てきた達人は熊倉だった。


「ワシや!」

「アンタかよ!」

「支部長ー!」

「がんばれー!」


 まるでヒーローショーのような声援の中、熊倉は大きなマグロを手慣れた様子で、しかもパフォーマンスも込みで解体していった。完全に余生を楽しんでいる。


 隣を見ると、朔が皿に肉の串焼きとソーセージを載せて頬張っていた。


「春彦くん、これジビエだって」

「美味いか?」

「うん。全然クセ無い」

「そうか。てかめちゃくちゃ食ベるな」

「学生は参加費タダだからね」


 朔はモリモリ食べられて喜んでいた。


 時間が経って皆の酔いがほどよく回ってきた頃、食事をしていると色々と噂が聞こえてきた。黒基は官僚に転身し、現在は内閣官房特別顧問をしている。今後は表舞台に姿を現さないだろう、きっとこの先もっと闇に潜り込んでいく、と。光があれば闇もある。そういう道を歩む人もいるのか、とまた人生の勉強になった。


 ほどよく腹も満たされた頃にはビンゴ大会が始まった。景品も様々で、一等は後日使えるこのホテルのスイート宿泊券だった。見事数字を揃えた彼が勢いよく手を上げた。


「ビンゴ!」


 見れば、初めて和歌山に来た時アロハシャツを着て支部まで車で送ってくれた百瀬だった。春彦は目を丸くした。


「百瀬さん!懐かしいな」

「大阪の会社で事務してるんだって」


 朔は解体されたマグロの寿司を堪能しながら答えた。


「事務職がいいって言ってたもんな」


 本人の希望が叶ったようで何よりだ。


 自分もビンゴになり、和歌山特産菓子折りセットを手に入れたので、タイミングを見計らってトイレに立った。


 トイレから出てくると窓から薄紫色の夕空と穏やかな海が窓の外に見えた。そして海辺に見知った背中を見つけて、春彦は思わず階段を駆け降りロビーを出た。道路を渡って砂浜へ走る。そして海を見てたそがれていた彼の名前を呼んだ。


「暁!」


 暁はサングラスを外して手を上げた。


「よっ、元気か」


 暁は髪を刈り上げ、委員会の時より筋肉質になって、半袖Tシャツから出た腕が少し太くなっていた。


「何してんだよ、もうビンゴ始まってるぞ」

「顔だけ出せればいーんだよ。俺は和歌山支部出身じゃねーんだから」

「支部長はクーデターの時のこと恩に感じてるんだろ」

「あれは好き勝手暴れただけだって」

「それが今や陸上自衛官だろ」


 偶然にも暁は現在和歌山基地所属だ。だから熊倉とも繋がりがあり、最近はよく飲みに連れ回されている。


「今日都合ついてよかったな」

「噂じゃ支部長が上官に休暇の話つけたらしい。あのオッサンどんなツテ持ってんだよ。もしかして和歌山基地配属すらオッサンの影響じゃねーかって思ってる」

「ははは……」


 その可能性を否定しきれないのが複雑なところだ。


「ちなみに陸自に協議会の奴らもいるぞ」

「え!?あの音無と久世が」

「久世は自衛隊じゃないらしい。でも他の奴らも何人かいる」

「殴り合った奴らってことだろ。うまくやれてるのか?」

「お互い大人だからな」

「そうか」

「裏で喧嘩してる」

「してるのかよ!」


「ハッハッハ」と暁は声高らかに笑う。


「まあ組織の性質の問題だっただけで、人間性はマトモだ。入相さんももう何も言わない」


 かつて協議会に暁が取られないよう阻止した入相は、都市開発の行政法人に天下りした。自治体との調整役に一役買っている。組織は違えど、その師弟関係は続いていた。


「お前こそ最近どうだ?」

「大学が楽しいのと、そろそろ車の免許取ろうかなって。東京はいらないけど、今日みたいに旅行行く時便利だろ?」

「そうだな。いいな、学生って。今の内に沢山遊べよ。社会人になると金はあるが時間がねぇ」


 ふと先ほどから目についていた、手に持ってる女性向けブランドの小さなショッパー。


「じゃあこんなとこで油売ってないで早く会場に行かないと朔が待ってるぞ」

「ああ、そうだな」


 多分このパーティーに来ると決めたのは、彼女に会う為のはずだから。すっかり暗くなった砂浜へ小さな影が追いかけてきた。息を切らした朔だった。


「朔ちゃん!久しぶり!」

「ちょっとー!私じゃなくて春彦くんに先に会うってどういう了見ですか!?」

「俺は早く朔ちゃんに会いたかったんだけど、春彦に連れ回されてさぁ」

「俺かよ!」


 そのやり取りに朔は笑って、歩み寄った。


「支部長が大トロ配ってくれてますよ!早く食べましょう!」

「ああ」


 不意に海の方からヒューと音がして、振り向いた瞬間夜空に花火が弾けた。これもまた熊倉のツテの一つなのだろう。ホテルから皆が外を見ていた。

 三人は夜空を彩る光に目を奪われ、しばらくずっと空を見上げていた。また一つ良い思い出が増えた。






 おわり




 ここまで読んで下さってありがとうございました。

 かなり時間はかかりましたが、無事書き終えられてよかったです。

 またブックマーク、評価、いいねして下さって嬉しかったです。創作の励みになりました。

 お時間あれば感想など頂けましたら幸いです。

 本当にありがとうございました。

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