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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
7章 決戦
60/63

60 救済

 作戦再開にまた現場の空気は揺れた。


「黒基室長の声だ。作戦再開だって?どっちなの?」

「本部が絡むといつもこうだ」


 指揮を執りたがる本部と現場との間にはいつもすきま風が吹く。それでも主導が支部になっただけマシだ。


「聞こう、説明が始まる」


 春彦は無線イヤホンをぐっと押し込める。


『大悪虚は触手が多く殻は硬い。しかし殻は触れても問題ない。そこで()()()を打ち込んでアンモライトの殻を割る』

「くさび?」


 春彦が椿に首を傾げる。


「先端がV字になった杭のようなものだ」

『まず和涅が本体を横に倒す。そこへ霊力でくさびを生成し、上空から落として埋め込み、その後複数人で打ち込む。力を一点に集中させれば必ず穴は空く。十メートル上空で、くさびの長さは五メートル。しっかりと強度を保って三ヶ所同時に打ち込み、全体にヒビを入れる』


 つまり圧力を加えて殻にヒビを入れ、ヒビを繋げて殻を割るつもりらしい。


 しかしあまりに細かな霊力固定の指示に現場では不安が募る。


「そんな霊力固体できるのか」

「無理だろ!」


 そもそも霊力保有者の手から離れた霊力固体の維持は非常に難易度が高い。本人の霊力量だけでなく、持続的に形をキープする集中力とセンスが必要になる。

 そして黒基はその役割を担う者の名を挙げた。


『担当は指名する。冬馬和涅、藤堂椿、神崎春彦』


 特機メンバーは春彦を一斉に見た。


「春彦を!?霊力量は妥当だが、危険だろ!」


 憤る椿に菱岡がこそっと耳打ちする。


「室長が指名するということは、まさか嫌がらせ?」

「いや、さすがの室長もこの事態にそこまで私情は……」


 椿が否定しきれず言葉を濁す中、朔は春彦を見つめる。


「どうする」


 あくまで春彦の意思に従うと、その目は言っていた。


 ここに来るまで何が起こるか分からないと覚悟していた。そして重要な役割を任された。

 くさびを生成するということは、その場でじっと動かず集中し続けなければならない。それを仲間が守ってくれると信じて、攻撃を避けず、戦わずにいなければならない。

 つまりこの役割において何より重要なのは仲間を信じるということ。


 春彦は頷いた。


「やれる」


 覚悟を決めた春彦の目を見て椿と菱岡は何も言わなかった。


『ほな、座標言うでー』

「八城!?」


 突然無線から八城の声が聞こえて春彦は回りを見渡した。


「あいつ無線で傍受してたな」


 椿は呆れて目を細める。そしてそれぞれが待機場所に移り、和涅が本体を押し倒したすのを待つ。本当にあの巨体を横に倒すことができるのかという不安は、杞憂だった。


 和涅は触手を一本掴み、横へと力一杯に引いた。少しぐらついた隙を見逃さず、すぐに宙を駆け回し蹴りをくらわせる。大悪虚は岩場と海水の間に見事に横たわった。しかし殻だけはびくともしない。


 すぐさま三人は指定された座標の上空でくさびの生成にとりかかる。そして三人を守るよう周りで戦闘員が援護する。

 朔は風で揺れる長い髪を乱暴に束ねた。


「絶対春彦くんに触手は来させないからね」


 瞬きをした次には、かつて春彦が恐怖し魅せられたあの鋭い目付きが宿っていた。


「宇化乃さんそんな目してたっけ?」

「昔の殺気が戻ってきたんやねー」


 意外そうにする菱岡に、合流した八城がケタケタ笑った。


「喋ってないで頼むぞ!」


 椿が吠える。そんな彼に慣れてる菱岡と八城は親指を立てた。


「分かってるって」


 特機メンバーのみならず、他の戦闘員も三人に魔の手が及ばない触手を食い止める。ただその間にも当然死傷者が出た。自分で撤退できる者はまだいい。動けないほどの負傷者や死者はずっとそのままにされた。それはくさび生成の為に大量の霊力を消費し、身動きの取れない三人を守るには、敗れた者に手を差しのべる時間は寸分もない。


 恐怖する悲鳴や、苦痛を滲ませる声に、春彦は目をそらさなかった。彼らの苦しみから目を背けてはならない。彼らは春彦と同じく、自ら望んでここにいる訳ではない。それでも、新しい未来の為に命を賭して戦った。

 今自分がどれだけ重い責任を負っているのか、春彦は心に刻み付けようとしていた。


 そして三十分ほどで三人はようやくくさびを完成させた。ここで気を抜けばすぐにくさびは消失する。


 春彦の額に脂汗が滲む。


(やっぱりここまで大きな造形を保つのはかなり精神的にきつい。あとは打ち込むだけ)


 そう思っていた最中、突如ここで問題が起こった。


「うわぁぁぁあああ!!」


 和涅が腕を握り締めながら絶叫した。春彦は、彼女の右の前腕から今までに感じなかった嫌な気配を感じて青ざめた。彼女のくさびが砕け散って消失してしまう。

 そして和涅は宙から落下し、殻の上へと転がりこむ。依然として苦しそう身を悶えさせている。


「どうした!」


 椿が近付こうとしたが、彼女の霊力波で弾かれ飛んだ。


「椿さん!!」


 慌てて春彦が受け止めにいく。しかし今の波動が椿のくさびを打ち消してしまう。三つの内二つのくさびが消失するした事態に誰もが絶望した。これまでの犠牲者は言葉にもならなかった。


「どうなってる!」


 海から冷たい突風が吹いてきた。八城は誰をも寄せ付けない和涅に、奥歯を噛む。ここにきてこんなことになるとは。


「和涅さんの中の悪虚が暴走してるんや……!」






 ※※※






 うつ伏せになり、身体を縮める和涅。右腕から全身にかけて激痛が走る。これまでにもこういうことは度々あった。けれども今回は今まで比ではない。


(私の腕が私じゃなくなっていく……!!)


 明らかに別の何かに移り変わっていく。その事実に吐き気がした。悪虚という化け物への嫌悪感、自分の一部を差し出してる罪悪感。


 頭にナイリ笑い声が響いてくる。


 ーーーようやく『あの場所』へ還れる!


 自分を苗床にして大きく膨らむ腕は衣服を裂き、指先から形を変えてゆき、やがてそれは悪虚の形を成していった。霊力を食い止めようとするが制御がきかない。どんどん霊力を奪い取られていく。しかしここで奴を放せば、それこそナイリの思い通り。


(還すものか、私はお前を放さない!)


 和涅は自分の霊力を外へ放出させた。周りの目にも見えるほどの濃度と出力。十分な霊力を得られなければナイリが元の悪虚に戻ることはない。せめてそれだけは阻止しなければ。たとえ自分を犠牲にしてでも。


「お前は私と共にここで朽ち果てればいい!!」


 それがここで倒れていった者への手向けとなる。

 遠くで八城が叫んだ。


「まさか自分を道連れにする気ですか!?」

「嘘だろ!和涅さん!」

「やめろ和涅!お前まで死ぬぞ!」

「和涅さん……!」


 春彦以外の特機のメンバーの声が聞こえた。しかしそんなことを考えてる余裕もなくなる。ナイリの分裂しようとする勢いが増す。


「ぁあああああ!!」


 再び和涅は悲鳴をあげた。


(痛い、痛い、痛い!!)


 もう身も心もボロボロだった。今まで我慢に我慢を重ねて、何も求めてこなかった。ただ正嗣の仇を取るためだけに生きてきた。他には何も要らなかった。けれども今だけは何かにすがりたい。


(ーーー誰か、助けて……!!)


 不意に視界に影が差した。仰ぎ見て、現れたのは炎を纏った延珠安綱。そしてそれを振りかざした春彦だった。刀は和涅とナイリを斬り離した。


 やがて刀から火の鳥が現れて、自由になった不完全なナイリを燃やし、炎の中でついばんでいく。


 ーーーギャアアアアア!!


 ナイリの叫び声が聞こえる。苦しみ無様に悶え死んでいく。春彦は振り返って和涅を見つめた。


「あんなものと一緒に死ぬなよ」


 和涅の頬に一筋の涙が伝う。痛みはもう無かった。ただあの忌々しい化け物が自分ではなくなったことに安堵していた。






 ※※※

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