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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
7章 決戦
58/63

58 劣勢

 竜骨岩半径十キロの以内の近隣住民に避難指示が出される。しかし当然ながら、大晦日で集まった家族と年の瀬を過ごしていた住民から大クレームが来た。そこで土砂崩れの危険や、ここ数ヵ月の道路工事に不備よる陥没事故の危険性など、とにかくあれこれ理由をつけまくって追い立てたという。


 午後七時、暗闇に包まれた岩場に強制的に照明を当て、遠くまで見渡せるばかりか岩場は昼間と同じくらい明るかった。この照明は夜間警戒に設置されたもので、まさか年の暮れに戦闘用として使われるとは誰も想定していなかっただろう。


 出動した戦闘員は総勢八十人。特機はバディごとに配置され、和涅と八城だけ前衛となり、残りは後衛に回された。最戦力とされる特機の過半数を後方へ配置されたのは、作戦本部が東京本部に設置されたことが要因だった。


 今回のような大規模作戦の指示は作戦本部からとなる。そしてこういう重大局面では必ず本部が()()()()()()()のがお決まりだった。現場からは地形や情勢を把握している支部が作戦本部ではないことに反発はあるものの、栄儀長の命令とあり誰もが押し黙った。


 竜骨岩に現着した春彦はその場所の異様な気配に思わず足がすくむ。足下に今にも飲み込まれそうなほど大きな気配があった。ここまで広範囲に悪虚の気配は感じたことがない。


(これが大悪虚の気配なのか)


 ふと遠くに和涅の立姿を見かける。こちらには目もくれず、一心不乱に前に突き進んでいく。


(一瞬しか見えなかったけど、ますます顔色が悪い)


 しかしきっと和涅は自分の体調など微塵も心配していない。ただ大海原をまっすぐに見据えていた。それは他の戦闘員も同様だった。敵は海の中で鳴りを潜めている。あの夜の海だけはどれだけ照明を当てても見通すことはできない。


 不意に全員の端末のアラートが一斉に鳴り始め、あまりの音の大きさに心臓が飛び出そうになった。


『総員抜刀せよ』


 無線を通して本部の栄の指示が飛ぶ。


(始まった……!)


 しかし過去の資料で見た大悪虚は現れていない。地面をすり抜けて竜骨岩を滑るように登って現れたのは、体長二メートルほどの悪虚。まだ霊力だけで構成された実体の無い幼体。そんな『ザコ』はすぐさま仕留めればよかった。しかし誰も微動だにしなかった。


(なんだ、目が離せない、足が動かない……!)


 その悪虚は竜骨岩の上で触手を四方八方に伸ばし、まるでヒレのように動かす。まるで何かを先導しているようだった。


(あれは何なんだ!どうして目が離せない、いや、足下にあった気配は()()()()?)


 突然春彦は胃が押し潰されるような心地になりその場で嘔吐してしまう。


「春彦くん!」

「どうした!」


 慌てて椿が春彦の背中をさすった。すぐさま朔が無線で連絡を取る。


『神崎春彦の心拍数、血圧上昇。平常を保て』


(言われてできるもんか)


 各戦闘員の体調は逐一本部が監視している。指示を聞いた朔は腰のポシェットから非常用の小さなボトルを取り出し、しゃがんで春彦に差し出した。春彦はボトルの水で口を軽くゆすぐ。


「ごめん」

「大丈夫だよ」

「急に悪虚の気配に当てられて」

「霊力探知のせいだな」


 元々春彦の霊力探知は都合の良いものではない。この身体には悪虚への恐怖と畏れが刻まれている。それは呪いであり春彦の身を守る本能だ。


 つまり目の前の幼体は、ただの悪虚ではない。


「見ろ!」


 菱岡が指差し凝視する先。竜骨岩の後ろの海面が盛り上がった。潮が引いて岩場になっていた足下に冷たい海水がなだれ込む。


 海から現れたのは三体の悪虚。それぞれ体長二十メートルほどあり、悪虚達は連なって陸に上がって次々に竜骨岩を打ち砕いた。その岩の破片に当たらないよう、戦闘員は各方面に散って避ける。


 突然現れた強敵に前衛が果敢に立ち向かう。それでも春彦にとってはあの幼体の方が存在感は大きい。機敏に動く和涅を注視すると、やはりあの幼体を気にしていた。


 やがて三体の悪虚の内一体が触手で何かを持ち上げた。遠くでよく分からないが、二メートルもの石だった。赤や緑に光る遊色。春彦はまさかと思い端末のカメラ機能で拡大鮮明化する。


 それは巨大なアンモライトだった。幼体はアンモライトめがけて飛んでいき、アンモライトの中に飛び込んだ。アンモライトから全方向に波動が飛ばされ、そこへ全ての悪虚が引き寄せられるようにして触手を伸ばすと、やがてアンモライトは土から粘土になるように、化石から生き物へと変化する。


 アンモライトから触手が生まれ、それは他の悪虚の核を破壊、吸収し、急激に巨大化した。それを皮切りに続々と海や空から悪虚が集まって、自らアンモライトに殺されにいった。

 この世のものとは思えない光景にどよめきが生まれる。


「あれ、懸賞金付きじゃないか?」

「各地から集まってきたのか」

「気を付けろ、あのアンモライトが大悪虚の完全体だ!」


 ふと刀を落とす音がした。八城が隣の和涅を見やると、コートの上から右の前腕を力一杯に握り締め、玉のような汗をかいていた。八城は目を見張る。


「和涅さん、腕が」

「大丈夫……」


 和涅は息も絶え絶えに答えた。右腕の悪虚が体内で暴れ回っているのだ。和涅の脳内で騒ぎ立てる。


 ーーー(かえ)りたい、あの場所へ!


 和涅は憤怒の表情を見せた。


「還らせるものか、何のために十数年我慢してきたと思っている……!」


 アンモライトは五十メートルほどにまで肥大し、巨大化が止まったのを見計らい本部が合図を出す。和涅はコートと手袋を脱ぎ捨て刀を拾った。


「攻撃開始!」


 前衛から順に攻撃を開始していく。後衛はいまだ待機の状態だった。

 落ち着きを取り戻した春彦は刀を握った。刀はいつも通りだ。だが微かに、延珠の心が震えているのを感じた。


(延珠、あれは恐ろしくなんてない。自分と俺を信じろ)


 春彦は心の中で訴え続けた。

 戦いは劣勢を強いられた。前衛のほとんどが和歌山支部第一課で、触手は太く長い巨体。動きも鈍ければ、的は狙わなくても当たる状態。


 しかしどれだけ触手を斬り落としても、アンモライトの殻が硬かった。核を壊せなければ殲滅はできない。それに触手も安易に触れればたちまち霊力を奪われる。精鋭と呼ばれる戦闘員が次々と死傷または霊力欠乏性となり脱落していった。

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