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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
7章 決戦
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56 再会

 十二月半ば、和歌山支部管内に関わらず全国的に悪虚の出現数の増加が報告されていた。そして研究班では環境霊力周波数の異変とともに、それが十六年前の大悪虚の前兆に類似しているという見方があがっている。委員会全体が緊張感に包まれ、大悪虚との直接対決も現実味を帯びてきた。


 そして春彦は、日に日に顔色を悪くしていく和涅を内心案じていた。和涅の体に巣くう悪虚は独立型であるが、延珠とは違い本体を憎んでいない。本体へ戻りたいという本能を捨てきっていない。それを和涅が無理やりねじ伏せている。大悪虚が近付くにつれ体内での反発も大きいのだと八城が言っていた。


 当然特機も忙しさを増しているが、久しぶりに若手二人の春彦と朔に、二日連続の休みの都合をつけてくれた。それぞれで休みを楽しんでも良いが、今回は菜緒子と暁に連絡を取った。


 和歌山空港に到着した菜緒子は白いコートを着こみ、スーツケースを引きながら大きく手を振る。

 少し後ろで黒いダウンを着た暁はボストンバッグを肩に担いでいた。


「朔ちゃーん!春彦くーん!」

「菜緒子さーん!」


 朔は菜緒子に抱き付いてハグを交わす。


「おい春彦、ここ意外とさみーんだけど。本州最南端じゃないのか」


「ここはまだ最南端じゃないし、それでも東京よりマシだろ。てか暁、そもそもこの前の格闘で怪我したらしーじゃん。万全じゃないんじゃないか?」

「バカヤローあれくらいかすり傷だっつの」


 ニヤニヤ笑う春彦を暁は軽く小突いた。


 和歌山支部も忙しいが、クーデター後の本部はそれ以上に忙しかったらしい。議長監禁という前代未聞の事件で、本部に限らず組織全体がひっくり返したような騒ぎとなり、至急の組織再編を求められた。


 そして三課は現在研修生がいないのを理由に、菜穂子は事務方から、暁は戦闘部隊から(てい)のいい手伝いとしてこき使われていると、菜穂子がよく愚痴メールを送ってきていた。


 今日はこうして珍しく四人の休みが重なったこともあり、和歌山観光をすることになった。


 レンタカーに乗り込み、菜穂子が運転席、暁が助手席、後部座席に春彦と朔が乗り込む。三課で活動していた頃が懐かしく感じた。菜穂子がバックミラーを調整する。


「二人とも忙しいのにありがとうね」

「そっちこそ。悪虚増えてるんだろ」

「それでも三課は比較的スケジュール組みやすいのよ」

「てかマジ腹減ったから早く行こうぜ。昼飯どこだっけ?」

「バーベキューですよ!」


 四人はバーベキューのできる施設に向かった。海鮮市場が隣接しており、新鮮な海鮮に関わらず肉類も充実しており、購入して席に持っていく。


 買うものを選んでいる途中、春彦の端末が鳴る。


「八城からメッセージだ」


 八城は最近ようやくインフルエンザの()()()()から復帰した。インフルにかかる前、最後に話したのは本部から戻ってきてすぐ話したあの時だった。


(あの時の不自然な様子、具合が悪かったのか……?)


 何はともあれ今ではすっかり元の調子を取り戻して元気そうにしている。

 八城から連絡が来たと知って菜穂子と暁が露骨に嫌そうな顔をした。


「えーなによ、水差してきて」

「食材の差し入れだって」


 八城に言われた通り店員に尋ねると、店員は八城と知り合いらしく大皿一杯に海鮮盛り合わせを取り置いてくれていた。会計も済ませてくれており、八城からの奢りだという。

 暁が驚きながら海鮮を見つめた。


「八城にしては気が利くな」

「京都には劣るけど楽しんでって」

「前言撤回。一言余計なんだよ」

「京都至上主義人間め」


 菜穂子も一緒に毒づいていたが、しっかり大皿を受け取っていた。


 海鮮は十分手に入ったので、肉類と野菜を調達しバーベキューを始める。なぜか朔はどこからかたこ焼きを山盛り手に入れてきていて(おそらく暁の奢り)、ニコニコと頬張りながら海鮮を焼いていた。


 バーベキューを楽しんだ後は動物園にパンダを見に行った。多分この日この場所でしか使えないようなパンダ帽子を買って写真撮影をした。


 夕方まで可愛いパンダとイルカショーを満喫し、四人は今夜のホテルに向かった。地元でも評判の料理と温泉を備えており、何ヵ月も予約で埋まっている。しかし運良く二部屋も取ることができた。


 暁がチェックインしながら、菜穂子は館内の内装に感嘆しながら喜んだ。


「ここかなり人気なのに、よく予約取れたわね!」

「私も驚きました」

「でしょー?」

「入相課長が口聞いてくれたらしい」


 春彦が暁から聞き出した情報に菜穂子が恐れおののいた。


「課長が!?」

「すごーい、さすが地元」

「え、地元なのか?」

「菱岡さんが言ってた」


 あの入相課長が和歌山出身という情報に意外さを感じつつ、四人は荷物を置いて温泉を堪能し、夕食もクエ鍋に舌鼓を打った。

 春彦と朔も和歌山にきてかなり経ったが、こうして観光らしい観光をしたのは初めてで、この時ばかりは日頃の忙しさや仕事を忘れていられた。


 夜になって、暁が腹ごなしに海辺の夜景を見て歩こうと言うので、浴衣姿に上着を羽織ってロビーを出ようとする。


 しかし朔が「あ!」と声をあげた。


「どうした?」

「端末忘れてきちゃった。まあでも、いらないよね?」


 暁は自分のダウンのポケットに手を突っ込む。


「俺も忘れたわ。よし取りに戻るか」


 春彦は白々しい暁に無言でカードキーを渡した。


(嘘つけ、さっき端末持ってただろ)


 端末が鳴ることはないと思うが、朔は真面目なので不安になるだろう。そして一人だと遠慮して戻りづらいだろうと、朔の心情を見越した暁が嘘をついたのだ。二人は一緒に部屋に戻っていった。


「それじゃあ私達は先に行きかけましょう」


 菜緒子と海岸沿いを歩き、砂浜に足を踏み入れる。真っ白な砂浜はふかふかしていて、思えば砂浜を歩いたのなんて何年ぶりだろうか。夜とはいえ砂を踏みしめて歩くワクワク感は変わらなかった。ちょうど風がやんでいてそれほど寒くなかった。辺りの観光ホテルの夜景が夜の海に反射していた。


「朔ちゃん元気そうでよかった。春彦くんのお陰よ」

「俺も和歌山へ送り込んでくれてよかったよ。俺も朔もかなり成長したと思う」

「……良い子すぎるわよー!!無理やり行かされたって怒っていいのにー!!」


 菜穂子が春彦の頭をわしゃわしゃと撫で回す。


「やめろ!お前は熊倉支部長か!」

「なんで支部長?でも、あなた達二人がいないと三課は寂しいわ」

「研修も延長したしな。留守が長引くのは悪いと思ってる」

「言葉のあやよ。八城から悪虚本体のこと状況は聞いてるわ。でも本当はもう、戻るつもりがないんでしょう?」


 春彦は少し黙った。菜穂子には見透かされている。


「戻りたくないわけじゃなんだ」

「分かってる。私はあなたがどういう道を選んでも背中を押すし、きっとあなたなら成し遂げられるわ」


 ふと菜穂子が立ち止まったので振り返って見ると、涙が出そうになるのを堪えて上を向いていた。


「まだ大悪虚は倒してないぞ」

「そうね。でも、私が委員会に所属してここまで光が見えたことはなかった。刀があなたを選んでくれてよかった」


 そこへ端末を持った朔が暁と駆け足で追いかけてきた。


「お待たせしましたー!」


 四人でしばらく夜の海辺を歩き、記念写真を撮って部屋に戻った。

 男子部屋はエアコンを切っていたので部屋が冷えきっており、コートを脱ぐとかなり寒かった。


「さみー、酒飲も」


 暁が冷蔵庫から冷たいハイボール缶を取り出す。


「寒いんだろ」

「酒を飲めば暖かくなる」

「それ気のせいだから」


 相変わらずのハイボール好きだが、チェックインの際ここが禁煙部屋だと知って春彦は驚いていた。一緒に行動していた時も一度もタバコを取り出さなかった。


「タバコやめたんだな」

「まだ途中だ。やめるの割とつれーから、お前は吸うなよ」

「今時吸わないって。でもなんでやめたんだ?」


 暁は缶に口をつけたまましばらく考えた。


「まあ……人間そろそろ開き直る頃なんだよ。お前が頑張ってんのに、俺だけ意地張ってられねーだろ」

「……でも酒はやめないんだな」

「これは俺の血液なの!」


 暁はナッツの袋を開けながら頑なに否定した。

 朝になり、土産を買った後空港へ向かった。四人とも明日仕事ということを考慮して早めの解散になった。


 菜穂子は朔と春彦を抱き締める。


「元気でね。風邪引かないようにね」

「ありがとう」

「また連絡しますね」

「ええ」


 暁は朔と春彦にお守りを渡した。


「これ、厄除けな」

「厄除けって」


 春彦は吹き出す。


「なんで笑うんだよ」

「いやだって……くく」

「ご利益ありそうで嬉しいです」

「やっぱ朔ちゃん神だわ」


 暁は二人に両方の拳を突き出す。


「困ったら何でも言ってこい」

「ああ!」

「はい!」


 二人は拳を返した。


 そして菜穂子と暁は名残惜しそうに振り返りながら、飛行機に乗って和歌山を去った。春彦と朔はその飛行機が小さくなるまで見送った。






 ※※※

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