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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
6章 闘志
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54 化けの皮

 クーデターから一週間経ち、栄儀長の復権、また黒基と和涅の復帰により特機は存続となる。今回の一件でアンモライトが悪虚の核となり霊力を注入すると悪虚発生することが春彦の戦闘レコーダーにより決定的な証明がされ、原因は『人間』である可能性が高いとし、委員会では『犯人』探しが始まった。


 しかし特定されるのは時間の問題だった。突発的悪虚の発生時、その周辺の防犯カメラには必ず『深山奏多』という兵庫支部の職員が目撃されていた。


 さらに委員会が設置している環境霊力測定器には、どのケースにも同様に特徴のある霊力周波が観測されていた。それは和涅の病室の環境霊力の周波と一致した。和歌山支部管轄地区に限らず、兵庫支部でも似た事例が報告されている。


 これらのことから深山奏多が悪虚出現に関わっている可能性があるとして、本部から深山奏多の捕縛命令が出される。しかしその時には深山はすでに行方をくらませていた。当然和歌山支部でも総出で捜索を行ったが、いまだ見つけられていない。


 日本中の支部が血眼になって深山を捜索する頃、ようやく本部から八城と椿が帰ってきた。二人とも栄を救出する際に満身創痍となり、治療に専念する為に入院していた。霊力治療により傷はすっかりふさがって完治していた。


 ちょうど春彦は手が空いていたので駐車場まで出迎えにいった。いつも通りの二人で帰ってきたが、ふと二人が一緒に帰ってきたことに驚いた。春彦は八城をまじまじ見つめる。


「お前、新幹線じゃなくて飛行機で来たのか?」


 以前菜緒子が、八城は東京から和歌山に行く時は必ず実家の京都に立ち寄る為、わざわざ新幹線を利用すると話していた。しかし当然飛行機の方が移動時間は短い。椿は飛行機を使うが、八城も同じ便に乗ってきたのは意外だった。


「ちょっとね。急ぎやったから」


 八城は苦笑し、遠くを歩く和涅を見つけると、彼女の元へと小走りで駆けていった。

 怪訝そうにしている春彦に椿が声をかける。


「春彦。アンモライトのデータを見せてくれ」

「あ、うん」


 今日の八城はいつも通りのふりをしてはいるが、どこか目が虚ろだった気がした。






 その夜、和涅は八城を連れて竜骨岩へ向かった。干潮の時刻だった。空には雲がかかり月が見えない。さらに潮風が冷たく、肌に突き刺さる。しかし二人はいつも通り委員会の制服とコートのみ着用し、風をきって歩いた。


 やがて暗闇の中に人影が見えた。こんな時間にこの場所で人を見ることは少ない。和涅が強力なライトを照射して姿を(あらわ)にさせる。


「止まりなさい!」


 強烈な光に目を細めたのは指名手配中の深山奏多だった。優しい顔付きで、普段は人懐っこい笑顔で先輩達に可愛がられている。そんな彼は今、非常に困った様子で苦笑いしていた。


「和涅さん、それに八城先輩……。しまったな、気付かなかった。風で足音が聞こえなかったんですね。いつから付けてたんですか?」

「付けてなくても、あなたの位置は分かる。あなたは人じゃない」


 和涅の語気が強まる。しかし奏多はまったく動じない。


「冗談はよして下さい。全て濡れ衣です」

「でも椿のカバンに夏賀正嗣の写真を入れたのはお前やろ」


 八城は珍しく笑わなかった。


「僕ではありません。厳密には、僕に頼まれた百瀬さんですよ」


 百瀬は和歌山支部の戦闘員で、よく八城のおつかいも頼まれてくれる。空港まで春彦と朔も迎えに行ってもらった。気さくで優しい彼は、以前和歌山支部に所属していた奏多とも顔見知りなので、ある程度頼みも聞いてくれたのだろう。


「『借りてたお金が入ってるので、人に見られたら恥ずかしいから内密に』ってお願いしたら、簡単に入れておいてくれたんです。百瀬くんったら、まさかその中身にどれほど藤堂さんが焦ったことか」


 奏多はもうすっかり本性を現して、薄ら笑いを浮かべる。


「百瀬くんの人の良さに突け込んだんやな」


 椿が突然現れた悪虚に精神干渉を受ける前、カバンに誰かが兄正嗣の写真を入れたことに動揺したという。


 通常、特機レベルの戦闘員が精神干渉を受けるなんてことは滅多に無い。しかし自身の心の奥底で眠らせている弱みを揺さぶりをかければ話は別だ。


「やだなぁ、八城さんなんか僕に冷たくないですか?可愛い後輩なのに」

「お前は深山奏多やない。奏多の皮被ったバケモンや」


 そう吐き捨てた八城が刀を抜く前に和涅が先に動いていた。ライトが綺麗に着地して二人を照らし出す。


「そりゃ分かるよねぇ。だって僕達()()だもんねぇ!?」


 突如奏多の背後から触手が生えて和涅に反撃する。

 八城は目をこらした。


(地面?いや背中か!)


 触手は奏多の背中から生え出ている。それはもう人の姿ではない。


「僕もアンタの右腕のことは気付いていたよ!でも証拠が無くて捕まえられなかったんだろう。人間て変に理屈っぽくてバカだよねぇ。何より驚いたのは、それは僕達に戻りたがっているのに、悪虚をにくむアンタが手放さないんだね!」


 その言葉は和涅の逆鱗に触れた。和涅の刀を振るう勢いが増す。

 八城にはその怒りと悲しみがよく分かる。大切な人を殺した生物を、自分の中で飼い慣らし続けることがどれほどおぞましく耐え難いことか。そして今なお、和涅の腕に移植された悪虚は彼女の身体を蝕み続けている。それでも彼女は悪虚殲滅の為に身を粉にして戦っている。


 和涅と八城は交互に奏多と打ち合った。あの強力なライトが辺りを照らしてるとはいえ、空中に上がれば広がるのは闇。互いに気配だけで察知する。


「アンモライトを使って、悪虚を突発的に出現させていたのはお前だな」

「そうだよ。アンモライトは今の僕と親和性が高かった。素晴らしいものを見つけたよ」

「悪虚を大量に作り出して何の意味がある」

「それは、まだ言えないなぁ」


 ニヤニヤと笑う奏多を見て、不意に八城の堪忍袋の緒が切れた。真っ向から刀の切っ先を突き刺し、あと少しで奏多の心臓というすんでのところで、突然奏多の顔付きが変わる。


「八城さん!」


 それはかつて見た彼そのもので、八城は驚き絶好の機会を逃がしてしまう。

 奏多は天高い場所で高笑いする。


「滑稽だな」

「今のはまさか」

「そうだよ、『奏多』だよ。でも『僕』はもう『僕達』に帰りたいんだ。邪魔しないでくれ。そしたら奏多も返してーーーっ……!?」


 奏多は血を吐きだし、自らの胸を貫通した刀の切っ先を見つめた。和涅が背中の触手ごと心臓を一突きしたのだ。


「あ、ぁ……奏多を殺したのは、お前だぞ……」

「悪虚に取り憑かれた身体は元には戻らないわ」


 和涅の虚しそうな呟きと共に、刀を引き抜く。奏多は地面に落下したが、触手がクッションとなり、地面でもまだ息はあった。しかし刀は身体の急所を突いているので長くは保たなかった。やがて悪虚の部分だけ霧散し、奏多の遺体だけが残った。


 八城は奏多の遺体に駆け寄った。徐々に潮が満ちてきて身体が半分海水に浸かっている。触れると遺体はすでに冷たかった。

 八城は冷たい海から奏多を起こして抱き締めた。声を殺して涙を流す。


「ついに奏多を解放できました」


 八城は顔を涙で濡らしながら、和涅に頭を下げた。


「和涅さん、奏多を殺してくれはって、ありがとうございました。僕の願いを叶えてくれて、ほんまに感謝してます」


 奏多は元和歌山支部戦闘員だった。八城が特機に配属され、奏多は支部第一課に配属されたての新人だった。お互い理系同士でパソコンを触る趣味も同じで気が合った。八城も奏多を可愛がっていたし、奏多も八城を慕っていた。


 しかしある日奏多が奏多ではなくなった。それはこの場所で出現した悪虚と戦った時、八城の目には確実に傷を付けられたように見えたが、奏多は無傷だった。そして、何かが変わった。


 確かに奏多である時もあった。しかし徐々に別の何かに侵食されて、いつしか他の誰かになってしまった。


 誰にも言わなかった。横槍を入れられて奏多が取り戻せなくなるかもしれない。


 しかし和涅だけ、奏多に向ける目は悪虚に対するものと同じだった。そして諦めがついた。せめて一日でも早く奏多の人生に泥を塗る行為をやめさせたかった。


 やがて奏多は戦闘員から事務員に転向し、この地を去った。間もなくして全国的に悪虚が頻出するようになった。また上層部の端末へのハッキングの痕跡も見つける。椿の家族構成についてはそこで知ったのだろう。


 嫌な予感がした。歯車がずれてきたような錯覚。もしもその中心に奏多の皮を被った怪物がいるのだとすれば、すぐさま始末しなければならない。


 八城は和涅に、奏多を殺して欲しいと願った。その為にどんな情報も提供し、協力した。


 そして彼女も望みを打ち明けた。大悪虚を殲滅するという途方もない、望みを。






 支部長室では熊倉と黒基が無線中継を聞いていた。普段はいがみ合う二人も、この時ばかりは大人しく座っていた。無線の言葉しか聞いていないが、それだけでおおよその状況は察した。今回は実際に和涅が仲間を『処分』したということで、この後戦闘レコーダーも確認する。


 熊倉はため息をついて目頭を押さえる。


「仲間の処分は何度経験しても辛いな。特に今回はひどい。……和涅を兵庫へ行かせたんも深山奏多を調べさせる為か」

「ええ。どうにか『権利行使』できる材料を探していました」


 熊倉は冷静な顔を装う。


(絶対私欲の為やと思ったけど……いや全部込み込みなんやろな。コイツが私情挟まんはずないしな。そういうことにしとこ)


 しかしどんな理由があれ、特機が椿の正体に気付いていた優秀さは認めなければならない。


「悪虚は古代生物を模して存在する。アンモライトという古代と霊力の化石を核にして霊力を注ぎ、即席の悪虚を出現させるとは」

「その意味はあるんか?」

「例えば霊力だけを地下水に乗せ、核さえあれば、本体は地上へ上がれる」


 黒基の仮説に熊倉はぎょっとした。


「まさか、とうとう奴が来るんか!?今度は一部ではなく本体が!!」

「可能性は高い。地中に閉じ込められた悪魔の姿を見る日は近いと思います」


 黒基の組んだ手に力がこもった。まさか長年地球に巣食った悪魔と対峙できる日がくるとは思いもしなかった。しかしそれを討ち果たした時、ようやく全てが終われる気がした。

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