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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
6章 闘志
51/63

51 侵入

 支部の辺りは日が暮れると闇に包まれる。都会と違って大きなビルや街頭が無いので、通る車のヘッドライトだけを頼りに道を進む必要がある。


 ただ本部が攻めてくるのに陸路だけとは限らない。午後九時十五分、レーダーが飛行許可の無い所属不明ヘリを探知。和涅の入院する棟に直接侵入することが判明した。


 しかし熊倉は棟の屋上ではなく、前方の玄関に守りを固めた。そして予定通り防衛ボーダーも設置する。


 非常に冷え込む中、余計な防寒具を着けず、全員風の中髪をなびかせながらヘリを待ち構えていた。


 最終戦線となるボーダーで熊倉は仁王立ちし、筋肉のついた太い腕を組んでヘリが来る方向の空を睨む。今は支部の照明も落としているので、夜目がよく利く。


「所属不明のヘリら、もう正体言ってるもんやろ」

「どういうことだ」


 尋ねた春彦を熊倉は見下ろす。


「九係や」


 意外な所属にぎょっとした。


「相互協議会の!?」


 以前鋳瀬村を制圧した相互協議会九係。彼らは基本独自の理念に基づき行動するが、まさか委員会の内戦に参戦してくるとは思わなかった。

 薄暗い中でも菱岡も表情を険しくさせたのが分かった。


「協議会は外部組織であり、協力組織だ。儀長の権限を使って出動させたんだ。九係は唯一の対人部隊だからね。本気だ」


 冷たい風がもはや背筋までも凍らせてくる。そしてとうとうヘリがプロペラ音を轟かせながら姿を見せる。


 しかし熊倉は後ろから何やらゴソゴソと物音を立てて取り出した。


「だから、これや」

「え!?」


 手に持つのはロケットランチャー。筋骨隆々な熊倉に負けず劣らず大きいサイズ。


「どこでそんな!?ていうかそれどうするつもーーー」


 春彦が言い終わる前に、早速発射しヘリを爆破させてしまった。暗闇の中、ヘリの燃える炎がよく見える。


 妙な静けさが辺りに落ちる。特機だけに限らず、支部所属員ですらも沈黙した。


「目標、爆発して落下しました……」


 朔が呟きながらその光景を凝視していた。菱岡が支部長を仰ぎ見る。


「え、し、死んでますよ!?」


「どうせあれは囮や。あんな真っ向から来て、みすみす殺して下さい言うてるようなもんやろ。だから弾幕張らんかったんや」

「いや、いくら内戦とはいえ銃火器の使用は禁止されてます。それは向こうも同じです」

「つまり、今のを弾幕で防げなかったのは丸腰だったから……?じゃあまだあの中には人が?」


 一斉に視線が熊倉に集まる。


「……」

「支部長……」


 熊倉は何も言わなかった。そこへ無線が入る。


「北側で動きあり!敵の数約二十!」

「や、やっぱりヘリからすでに降りとって、本隊は別方面から攻め入ってくるつもりやったんやな!やっぱりな!」


 あからさまにホッとして元気を取り戻した。


(でも銃火器が使えないとしても、当然刃物や霊力を駆使して攻めてくる)


 ここからは血が流れる。身内同士の戦いで。こんなにも虚しい戦いがあっていいのか。


「しかし北側なら準備万端や」

「北側に何が?」

「人間ホイホイや」

「は?」


 また無線で状況が伝えられる。そこには九係の戦闘員が設置された、粘着質な液体の罠に引っ掛かり動けなくなっているという報告だった。


「あの特殊粘着物質から抜け出すんは至難の技やぞ」


 ホイホイとはそういうことか。明らかに戦いがせせこましくなっている。


 しかし熊倉は手を緩めない。


「とはいえ足止めにしかならん。仲間踏みつけにして乗り込んでくるぞ。すぐ攻め立てろ!」


 突如地響きのような爆音が響く。


「バリケードが爆破されました!」

「向こうも爆弾使っとるやんけ!卑怯な!」


 お前が言うな、と全員心の中で呟く。


「照明つけろ!全隊北側へ急げ!」






 ※※※






 北門から侵入した音無と久世。周囲を見渡して、その惨状に音無はため息をついた。


「ったく、手間とらせやがって。ヘリもどうすんだよ」


 囮として自動操縦にしていたヘリは墜落し、九係数人が謎の粘着罠に引っ掛かり無様な姿を晒している。なんとか防具を脱がせて助け出したが、侵入できた後も和歌山支部総出の攻撃に遭った。


 しかし九係も支部戦闘員と同じく刃物を使う。そして戦闘力はこちらの方が数段上。致命傷は避けているが、地面の至る所に血の水溜まりができていた。それでも支部は怯む様子がない。


「攻撃力はともかく、この団結力は恐ろしいな。長らく本部が放置した結果か」

「ただでは入らせてくれないってことだな。恐らく()()()()()()()()()()()()、威力はもっと凄まじかっただろうよ」


 あくまで今まで悪虚相手にしか戦ってきたきたことがなく、さらに人間相手に戦うという『覚悟』が足らない。それを抜きにすれば確かに全国筆頭支部というのは頷ける。


「だからってロケットランチャー飛ばすか?普通」

「熊倉支部長だろう。どこで借りてきたんだろう」

「ヘリは高くついたな。後で足尾に請求しよう」

「とはいえ、内部の人間相手の戦闘はキツい」

「……それも高くつくな」


 頭が変われば方針も変わる。相互協議会は委員会とは別組織だが、その関係は非常に密接している。今回のこの襲撃は音無の意思ではないが、九係という組織が大人数相手にどれほど通用するか、実力試しも含めて足尾儀長代理からの要請に承諾した。


 かといって人の心を捨てた訳ではない。かつては自分が所属していた組織だ。何人か知っている顔もあった。

 音無はガスマスクを外す。ここから先は真っ向から攻め入る。


「さて、これからが勝負だ」


 やるかやられるか、それは己との戦いでもあった。




 ※※※





「第一ライン突破されました」

「速っ!」


 早速の悲報に熊倉も焦りを見せる。


「やはり対人部隊は本当に容赦が無い」

「怪我人の回収完了しました」

「第二ラインで催涙ガスの使用確認」


 続々集まる情報に春彦は鼓動が速まる。熊倉は引くつもりがないのだろう。ずっとこの最終ボーダーで戦況を見守っている。


(ここは籠城できる造りでもないし、そんなことをしても時間の無駄。そもそも和涅さんを守っても、その後はどうなるんだ……!)


 春彦の額に脂汗が滲む。真剣に動く人達を見ていると、自分がこんなところでボサッと突っ立っているのが恥ずかしくなった。延珠を握り締め、一時離脱する熊倉を走って追いかけ進言する。


「俺も行かせてくれ!」


 しかし熊倉は首を横に振った。


「お前は行くな。向こうはお前が息子やって知っとる。捕まって人質にされたらむしろ足手まといや。下手したら一緒に殺されるぞ」

「あの人が母親かならなおさらだ。俺には俺の信念がある。誰かを犠牲にして、自分だけが安穏と守られるなんて嫌だ!」


 春彦の真摯な視線に、熊倉は少し考え、最終的には折れた。


「……ならせめて最終ボーダーにおれ。どうせここも時間の問題や」

「はい!」


 それを廊下の角で黒基が立ち聞きしていた。黒基は何も言わずに非常階段を上った。






 ※※※






 東京本部会議室、儀長権限を得た足尾は短い足を組み、儀長席でふんぞり返った。

 無線からは九係が攻勢である情報が入ってきている。この勝ち戦に笑みを抑えきれない。


「フハハハハ!これで和歌山支部も終わりだな!長年偉そうにしてきた熊倉も黒基も叩き潰してやる!……にしても、お前を和歌山に残したことは正解だったな」


 隣に立つ背の高い男を見上げた。

 藤堂椿、旧姓夏賀椿。黒基や和涅の弱みを探る途中見つけた切り札。わざわざ実家から離れ、復讐心を研いでいたこの男を拾ったのは足尾だ。


 誰にもバレずに組織に引き入れ、和歌山へ潜り込ませるのには苦労したが、そこ結果がここまで大きく実るとは思いもしなかった。正体が割れた後も残しておいて正解だった。


「お役に立てて光栄です」


 椿はにこりと笑みを浮かべた。和涅の容態を報告したのは当然椿だった。今までずっと和歌山支部の情報を足尾に漏洩してきた。これもその一つに過ぎない。


「まさか冬馬和涅にこんな隙ができるとは。お前が直接和涅を殺すこともできただろう?」

「勿論そうすることは簡単ですが、これまで足尾副儀長に助けていただいたご恩に報いるには、こうすることが最善かと」


 優秀で頭の回るこの部下に、本当に良い拾い物をしたと感慨深くなる。


「確かに!お陰で和歌山支部もろとも潰せる!アイツらはずっと目障りだったんだ。諸行無常とはこのことだな」

「しかしまさか儀長を誘拐されるとは」

「おいおい、発言には気を付けろ。表向きは病床に伏せっているんだからな。もしかしたら凄腕のハッカーが盗聴器でも仕掛けて盗み聞きしてるかもしれん」

「今の足尾『儀長』にそんなことをする命知らずがいるとは思えませんね」


 儀長と呼ばれて足尾はひどく気分を良くした。


「それもそうだな。ちゃんと捜索はしているし。まあ、私が指揮をして入る間は見つかるはずもないがな、ハハハハハ!」


 栄儀長を誘拐監禁しているのはこの足尾だ。そして部下達には至極当然のように捜索指示を出している。この強行手段に乗り出すのには多少迷いはあったが、今回の和涅の消耗を聞いてこの勝機を逃す訳にはいかなかった。


 この先栄をどうするかは後々考えればいい。ここまで乗り出した以上、もう後には引けない。


「そういえば人員配置を変更したんですね」

「ああ。しばらくよそへ行かせている」


 そういえばこの男も和歌山から出てきて暇をもて余しているのだと思い出す。


「お前も行く所が無いなら加われ。場所はーーー」






 会議室から出てきた椿は、通話状態にしていた端末をポケットから取り出した。


「聞いたか」

「聞いてたで。いやー途中ビックリしたな、盗聴バレてはるんかと思ったわ」

「俺も少し動揺した」


 通話相手は八城だ。椿が和歌山を去る時、いつ付けてきたのか突如空港に現れ、一緒に東京に向かうと言い出したのだ。


『君、足尾に付く気ないやろ。なら僕も一枚噛ませてよ』


 この即席の盗聴を考えたのは八城だ。しばらく前に自身で設置した盗聴器は、和歌山支部に戻る際撤去してしまったらしい。そもそもどうかと思うが。


「でもボロ出さんかったんがさすがやわ。お陰で場所まで特定できたし」


 待ち合わせ場所は椿の住み家であるマンション駐輪場。黒い大型バイクの前で八城は待っていた。


 八城にヘルメットを差し出して股がる。このバイクに乗るのも久しぶりだが、まるで誰かが乗るのを待っていたかのようにエンジンの調子が良い。


 椿は八城を後ろに乗せると、バイクを走らせ首都高に乗った。夜風を切るのは爽快だった。


「ええバイクやねー」


 このバイクは生前兄正嗣が乗っていたものだ。椿はこのバイクを後生大事にしてきた。まさかこんな時に乗るとは思っていなかった。


「それより、何も言わずに出てきて大丈夫なのか?」

「何が?」

「多分今頃俺と一緒に裏切者扱いされてるぞ。和歌山に残って和涅を守った方がよかったんじゃないか?」

「体裁なんかどうでもええねん。結局何をしたかどうかや。僕は今君を助けることが、和涅さんを助けることやと思ってるよ。それは君だって同じやろ?素直に儀長助ける為やって言えばよかったのに」

「情報が抜けたら元も子もないだろ。この立場を使えるのは『裏切者』だけなんだから」


 高速の出口は神奈川県。ここからしばらく先に目的地があった。バイクを路地に隠し、八城はパソコンで下調べをする。この目と鼻の先にある黒いビルの最上階を目指す。


「神奈川支部かぁ。防犯カメラを見る限り警備が堅いね。これもはやクーデターって知らん方がおかしいくらいやねんけど。みんなどういう気持ちで警備してはんのやろ」

「監禁場所は?儀長は生きてるか?」

「最上階の会議室。今のところ拘束だけされて座らされてる。セキュリティはともかく、問題は人数やね」

「それこそ問題ないだろ」


 椿は持ってきた数々の装備を腰のベルトに装着した。その中には八城お手製の非合法武器も加わっているが、栄さえ救出できれば全て抹殺できる。


 八城も相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて準備万端のようだった。


「正直正面突破はええ案とは言えんけど、悠長なことゆーてる場合でもないし、気張るとしますか。なぁ、椿くん?」

「行くぞ、永基」


 二人は闇の中を駆け抜け、刀を抜いてビルの中へと乗り込んだ。






 ※※※

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