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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
1章 加入
5/63

5 繋がらない血

 突如春彦の婚約者としてクラスに現れた朔。彼女は非常に優秀な生徒だった。


 一限の古典では特に何事も無かったが、朔の実力は二限の英語の授業から発揮された。不定期に行われる予告無しの小テストでは、見事満点を取る。


「ラッキー!」


 喜ぶ朔に周りはざわめく。


「え、今回結構ムズくね?」

「ラッキーって」

「宇化乃さんヤバ」


 三限の体育の持久走では、陸上部を差し置いて学年女子一位の記録を叩き出す。


「短距離走よりは得意なんだよね~」

「まだ余裕ありそうなのすご」

「次の体育祭代表決定だわ」


 まだ三限しか終わっていないというのに、昼休憩にはクラスメイト囲まれて朔は人気者になっていた。


「なんで転校してきたのー?」

「勉強も運動もできてすごいね!」

「お昼一緒に食べようよー」


 クラスメイトと談笑して、朔は非常に楽しそうに過ごしていた。


 春彦は午前中の朔の実力に驚愕すると同時に、対抗心に燃えていた。春彦は英語の小テストに日頃から対策を行っていて、当然満点だった。持久走も、毎朝の登下校をあえて徒歩にしている努力のかいあって、陸上部と同時ゴールだった。


 朔もこれと同等に努力を積み重ねているのかは不明だが、ぽっと出の転校生にこれ以上負けたくはなかった。


(まさかアイツ全科目得意とかいう超優等生タイプか?)


 そう考えた春彦は弁当を広げながら片手には教科書を開いていた。


「お前昼飯の時くらい教科書閉じろよ」


 そう言ってきたのは隣で弁当を広げる山田優介。山田は高校から知り合った友人で、勉強は優秀な方ではないが、ネット上で顔出し無しのバンド動画を公開しており、ベースを担当している。その界隈ではそこそこ有名らしい。授業中はいつも教科書を立てて楽譜を暗譜している。


「別にお前だって優秀なんだからライバル心出さなくていいじゃん」

「そんな訳にいくか。俺は数学の方が得意なんだ。こっちでは引き分けても負けられない」

「勉強なんかやめて、お前も音楽の世界に踏み出そうぜ。多分その方がお前の婚約者もお前にトキメくと思うぞ」

「だから婚約者じゃない」


 ふと山田がちょいちょいと春彦の肩を叩く。振り返ると弁当を携えた朔が春彦の横に立っていた。


「春彦くん、お昼一緒に食べていい?」

「いいよ」

「何でお前が答えるんだよ」


 春彦の代わりに返事をした山田を睨む。


「他に誘われてただろ。あっちはどうしたんだ」

「春彦くんと食べようと思って断ったよ?」


 小首を傾げニコニコする朔に春彦は目をそらした。


(監視優先って訳か)


 山田がわざわざ空いてる席から椅子を引っ張ってくる。


「ありがとう。確か山田くんだよね」

「俺のこともう覚えてくれてんの?」

「もちろん。春彦くんの交友関係は全部教えて貰ってるよ」

「誤解を招く言い方はやめろ。俺からは教えてない。しかも勝手に詮索しただけだろ」

「さすが夫婦、隠し事は無いってことか」


 違うと反応するのも疲れてきた。無視して自分の弁当の唐揚げを箸で掴もうとした時、春彦は朔の弁当が目に入り呆気に取られる。それは山田も同じだったらしい、思わず箸を止める。


「宇化乃さんそれって…」


 大きなタッパーに、両手を広げたぐらいのサイズの特大塩おにぎりが詰められていた。しかも周りにおかず無し。栄養素をグラフにしたらとんでもなく尖ったグラフになりそうな弁当だ。


 朔はあっけらかんと笑った。


「手作りなの」

「どう見てもそうだよ。お前大食いなのか」

「分かんないけど、これぐらい食べないと持たないんだよね」


 絶対そうだよ、と春彦と山田は心の中で突っ込む。


「てかおかずは?」

「無いよ。私寮に入ってて、昼ごはん用に朝の残りの白米が貰えるの。自炊してもいいけど、朝起きれなくて。まあお腹いっぱいになればいいかなって」


 寮というのはおそらく殲滅委員会の職員寮だ。既婚者を除いて基本的に寮生活だと菜緒子が言っていた。しかし、無料で貰えるとはいえ、職員であるなら給料は出ているはずで、こんなに質素な食事にしなくても食堂や売店に行けばいいのに、彼女はあくまで自炊にこだわるらしい。


「飽きないのか?」

「全然問題無いよ。私お給料は全部親に仕送りしてるから、お金無くて」

「もうバイトしてんの?えら~」

「そんなことないよ」


 山田は拍手する。春彦にはその給料の意味が分かっていたのでより驚いた。


 彼女には何か事情がありそうだと察しつつ、そのあまりに味気ないおにぎりに見かねて、春彦は自分の唐揚げをおにぎりの上に乗せた。


「やるよ」


 朔は目を輝かせた。


「いいの!?優し〜」

「優し〜」


 便乗して冷やかした山田。


「うっせ。さっさと食え。次の数学も小テストだぞ」


 放課後になっても朔の周りにはクラスメイトが溢れていた。それは彼女が優秀であることや、その人当たりの良さや優しい人柄も要因として挙げられた。


「宇化乃さん勉強教えて~」

「あ、私も!」

「宇化乃さん部活は入らないの?」

「あー、あんまり興味なくて」

「見学においでよ」


 引っ張りだこの朔を、春彦と山田は横目に眺める。


「婚約者を取られて寂しいか春彦」

「何でお前はそうすんなりと婚約者設定を受け入れてるんだよ」

「お前の父親は医者だろ。名家は家同士の決めた許嫁とかある感じで、お前はそれが気恥ずかしくて隠してたんだ。でもあの子はお前と仲良くなりたくてわざわざ転校してきたってとこか。どうだ俺の推理は!」

「何一つ合ってないけどもうそれでいい。帰る。お前部活か?」

「おう、またな!」

「あ、待って春彦くん!私も帰る!」


 カバンを持って朔が春彦を追いかけてきた。


「春彦くん、これから時間ある?菜緒子さんが病院に来て欲しいって」


 しばらく考えて「分かった」と頷いた。




 駅からバスに揺られ、昨日も来た都立病院を眺めた。国内でも屈指の医療技術を用いて、珍しい症例の治療を行っている。


 春彦の父親も医者なので、よくこの病院の研修会に参加していたが、春彦自身が訪れたのは今日で二度目。昔からよく知るような、もしくは赤の他人のような場所に感じられた。


 三階の最奥の研究室に向かうと、菜緒子が待っていた。今日も白衣の下に黒のロングワンピースを着ているが、昨日と少しデザインの異なるものだった。


「昨日ぶりね春彦くん」

「馴れ馴れしくするな」

「あら不機嫌ね」

「当たり前だろ。今日はアンタに抗議しに来たんだ。俺の高校生活めちゃくちゃにしやがって」

「感謝こそされど、恨まれる覚えは無いわよ?運命の相手が転校してくるなんて理想の高校生活じゃない」

「アンタの理想の高校生活像どうなってんだよ。大体朔のことも考えてやれよ、アイツにだってかけがえのない時間があるはずだろ」


 あれだけクラスメイトに囲まれていた彼女だが、元の学校ならもっと居心地がよかったはずだ。慣れ親しんだ友も、級友と弁当を広げる時間も、部活に励むことも出来たはずなのだ。ーーー監視の任務さえ無ければ。


「あの子の学生生活がどうなるかはあなた次第ね。さあ、まずは霊力値を測定しましょう」


 パーテーションで仕切られた一角に通され、椅子に座らされる。機械に春彦の名前と生年月日を入力し、腕にシールの付いたパットを貼って霊力値を測定する。


 しかしモニターに示される数字は昨日と変わらない。


「安定のゼロね」

「何度やっても無駄だ。俺の運はあの悪虚から助けられた時に尽きたんだ。これはただの延長線上。降格されるアンタには悪いが、他の道を探した方がいい」


 すると菜緒子は微笑みながら首を傾げた。


「あなたは本当に死にたいの?」

「どういう意味だ」

「質問を誤ったわね。あなたは若いのに一体どうして死にたいのか理由が知りたくて」


 春彦は拳を握り締めた。


「俺は父からよく思われていない。俺が実の子じゃないからだ。他人の家に上がりこんで、家族のふりをするのはもう疲れた」

「養子縁組なら、その家を選んだのはあなたじゃないでしょう。あなたに何の責任があるというの?お父さんの為にあなたが死ぬ必要なんてないわ」

「父さんの為じゃない。母さんの為だ。俺の存在は母さんを苦しめている」




 ーーーそれは心に枷をかけた出来事、いわば春彦にある呪いだった。


 母は子供のできない身体で、施設から引き取った春彦を実の子供のように育てた。いつも優しくて心配性のところもあるが、園芸が好きで、よく春彦と花を植えた。


 反対に父は気難しい人で、自分と血の繋がりの無い春彦を、まるで異物のように扱った。春彦が育っていくごとに、自分とはまるで似ていない点を見つけては辛く当たようになる。


 母はいつも春彦を庇った。二人の言い争いは、ほとんどが春彦に関するものだと子供ながらに知っていた。


 やがてその出来事は起こった。春彦が三歳の時、夕暮れの見知らぬ一本道。片側には比較的新しいフェンスに隔たれた林が続き、右側にも雑木林が鬱蒼と広がっていた。


 車で連れて来られた春彦は父に、このまっすぐ続く一本道を進むように言われた。この先で待っていると。父は春彦を置いて元来た道を戻ったが、春彦は言われた通り進んだ。


 しかしいくら進んでも延々と高いフェンスが続くばかりで、扉を見付けるが、そこには誰も待っていなかった。扉も施錠され入れない。


 フェンスの前に三つの切り株が等間隔に並んで居た。フェンスを設置する際に斬り倒されたのだろうか、切り株の表面がまだ新しかった。その真ん中の切り株に腰かける。


 辺りは静まり返っていた。春彦はまるでこの世に自分一人しか居ないような錯覚に襲われた。誰も来ないと分かっていた。幼いながらに、捨てられたと思った。


 でも涙は流れなかった。二人で出かけようと言った言葉も、迎えに来ると言った約束も、全て嘘だと最初から分かっていてついてきたのだ。


 そこからは記憶がぼやけていてあまり覚えていないが、元来た道を戻った春彦が帰ると、家から慌てて走って出てきた母に抱き締められた。母は裸足だった。どれほど慌てて出てきたのかが見て取れる。母は泣いて謝っていた。


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