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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
6章 闘志
48/63

48 意識

 その日は近くの巡視ではなく、すでに行き先が決まっていた。出動する為、八人乗りのミニバンに乗り込む。菱岡が運転席に座り、そして藤堂は助手席、真ん中の列に八城が一人で座り、後部座席に春彦と朔。

 春彦はシートベルトをしめる。


「どこに行くんだ?」

「最近悪虚が頻出してる場所だよ。後から和涅さんも合流するよ」

「あの人も?」


 室長代理となってから和涅が現場に出ることは珍しかった。彼女が出なければならないとは、一体どういう案件なのだろうか。

 すると菱岡が申し訳なさそうな顔をした。


「本当は室長代理の手を煩わせたくないんだけど、なにせ悪虚の数が多いから」


 五人が向かったのは、本州最南端の明鏡岬。その近くにある海岸は干潮で岩肌の地面が露出し、その上には地面から飛び出したような岩が大小数多く立ち並ぶ。

 その岩は『竜骨岩(りゅうこついわ)』と呼ばれ、人工的なものではなくマグマが隆起と侵食を繰り返し、自然現象により出現したものだ。

 菱岡が車を近くの駐車場に停める。


「ここが目的地なのか?」

「いや、ここは僕の用事で寄り道したとこやねん」


 八城は何やら四角いバッグを肩にかけ、後部座席に振り返る。


「二人は初めてやろ、ついてくる?」


 八城は春彦と朔を連れて海に向かう。転ばないよう足下に気を付けて進むと、自分より遥かに大きな隆起した岩が間近で見られた。


「干潮で良かった。満潮やったら歩けやんねん」


 八城はバッグから試験管を取り出し、慣れた手付きで竜骨岩近くの海水を採取する。


「何してるんだ?」

「支部の科学班から頼まれたんよ。外出るならついでに採ってきてーって。データ送ったら終わるから、もうちょい待ってな」


 持ち運び用計測機器のディスプレイを見守りながら、春彦は奇妙に立ち並ぶ岩を見上げた。


「それが竜骨岩やで」


 ふと、腰元の延珠がざわめいていた。


(延珠?)


 八城が海水を採取しているのもしかり、ここには何かがあるのだ。


「ここはどういう場所なんだ?」

「この場所は大悪虚、つまり悪虚本体と繋がる重要な場所で、十六年前、大悪虚の一部が現れた場所やねん」


 春彦は目を見開く。朔は複雑そうに回りの岩を見つめていた。


「ごめんよ、勝手に連れてきて。ここは君の父親である夏賀正嗣さんが亡くなった場所でもあるのに」


 冷たい潮風が強く吹いた。体感温度はかなり低い。十六年前もこのくらい寒かったのだろうか。


 そういえばそうだった。自分の父であった人はこの場所で戦って死んだ。だがこの穏やかな光景からはまる想像がつかなかった、どこか空々しい気がした。もしかしたら自分は冷たい人間なのかもそれないが、白々しく思ってもいないことを口にすることはより失礼な気がした。


「亡くなったことには心が痛むけど、本人とは会ったことないし、あんまりピンと来ない」

「そっか。まあどう感じるかは春彦くんが決めることやからな」


 不意に朔が話題を変えた。


「八城さん、この岩って自然物なんですよね」

「せやで。1500万年前に地殻変動があったやろ。この岩はその名残やねん」

「そういえば委員会入ってすぐにそんな座学を受けたな」

「その地殻変動はこの辺りにようさん影響を残してる。この岩の他にも地殻変動の名残があんねん。覚えてる?」


 すると朔が答えた。


「温泉ですか」


 八城が頷く。


「そう。和歌山各地では地中から温泉が湧いているやろ。それは火山ではなく、地中のマグマだまりの熱によって何万年も前の海水が温められてて、それが圧力で押し出されて出てきたもんやねん。そして悪虚が霊力を得て実体を得ている場合、地中をくぐり抜けるよりも、マグマや地下水に乗って地上に上がる方が効率的やねん」

「つまり温泉の沸き出る道を通って悪虚は上昇しているのか?じゃあまさかこの下に大悪虚が潜んでいるのか?」

「その通り。まさに僕らの真下、とはいえ地中奥深くでレーダーではとても捉えきれへんけど、大悪虚は確実にこの下におるよ」


 八城は海水の解析を終えて、機器をバッグへ戻す。


「昔こんな実験が行われたんよ。悪虚は死なへんし、核を破壊しても霧散し、地中に沈んで本体への元へと戻る。だから昔日本各地で悪虚の一斉駆除を行って、各地の霊力が集結し、霊力数値が急激に上昇した地点に本体はあるんちゃうかって。そしてドンピシャ反応を示したのがここやったん」

「悪虚と地殻変動は関係してるってことか」

「そう。何よりここ和歌山は特殊な地形やから、何万年も前の海水が閉じ込められてるって言ったやろ。古代の水は霊力が強い。だからここに現れる悪虚は、東京よりも強力な個体が多い」


 ふと春彦は海を眺めた。青くて黒くて、力強い海。和歌山に来てから海がまるで生きているように見える。それは恐ろしいような、懐かしいような不思議な心地だった。

 八城は立ち上がってバッグを肩にかける。


「勿論温泉や海が悪い訳やないよ。悪虚を運んで来てるんじゃなく、悪虚が乗ってきてるだけ。そもそも霊力自体悪虚の持ち込んだもんやと考えられてるし」


 その言葉には既視感があった。


(暁も同じこと言ってたな)


 そういえば最近暁の顔を見ていない。忙しいのかメッセージもあまり来ない。部下二人が居なくなり、元気でやっているのだろうか。

 八城は「行こか」と車へ戻る。


「隕石に乗ってやって来た悪虚が地球にぶつかった時、霊力が分散した。そして何千万年もの間に地球の表面に出たり、多くの生物に、主に人間に影響を及ぼした。悪虚はその失くした霊気をかき集めてんねん」

「力を取り戻しているなら、横取りしている俺達が悪者なのか?」

「それでも僕らが霊力を奪ったんやないし、悪虚は僕らの大切なものをようさん奪ってきた。それだけは事実や」


 そう言った八城がどういう顔をしているのか、春彦の位置からは伺えなかった。


 車に戻る前にかりんとう饅頭と薄皮饅頭を買い込んだ。饅頭ばかりだなと思いつつ、この先目的地までまだ少しかかるというので腹に入れておいた。


 車に乗り込む時、助手席に座る藤堂は眠っていた。もしかしたら起きているのかもしれない。きっと彼の方が複雑なのではないかと思った。



 ※※※



 目的地は川から温泉の沸き出る地域だった。冬季期間のみ解放されている観光地でもある。しかし今回は温泉が目的ではない。この辺りは例年悪虚はあまり出没しなかったのに、最近突如出没頻度が増えたという。


 特機メンバーは車を降りて、提携する宿に荷物を置く。今夜は泊まり込みになると事前に聞いていたが、泊まるのは一晩だけらしい。


「悪虚は昼夜問わず出没する。二手に分かれて巡視するよ」


 菱岡が二チームに分ける。八城、春彦のペア。そして藤堂、菱岡、朔の三人。しかしその日は悪虚がタイミングを見計らったように、何も出ない。何も出ないことがむしろ不気味だった。


(何も居ないよな?)


 春彦が延珠に問いかける。



 ーーーああ。本当にここに奴らが居るとは思えないほど、何も無い。



 延珠がそう言うなら確かだ。延珠ほど悪虚に敏感な者はいない。

 五時を過ぎるとすっかり日が暮れてしまい、捜査は打ち切られた。


 こうして外部で宿泊できる機会はそうないので、春彦は素直に旅館の温泉を堪能した。川と違い人も少なく、外気と遮断されたお湯に浸かれるので心身共に癒された。

 風呂から上がると、八城と菱岡がロビーで和涅を出迎えていた。明日の朝から巡視に参加するという。


「お疲れ様です」


 八城が和涅の荷物を持つ。


「変わったことは?」

「まだ特に。室長の仕事は大丈夫ですか?」

「問題無いわ。明日は支部長が引き継いでくれるから」

「何から何までさすがですね」


 菱岡は感嘆するが、八城が眉根を寄せる。


「ほんまですかー?ちょっと顔色悪くないですか?」

「元からよ」

「和涅さんが倒れたら特機は終わりですよ」


 菱岡が心配そうに言うと、和涅は微かに微笑んだ。


「そんなことはない。あなた達がいる」


 ふとそんな和涅の表情を見たのは初めてのような気がした。いつだって特機は緊張感に包まれていて、少しの安息も得られない場所だった。それが黒基が消えてから、逆に特機の空気が朗らかになった。


 翌日の早朝、春彦は川に向かった。なだらかに流れるこの川は、石を避けて少し掘ると温泉が沸いている。特にこの時間帯は観光客も少なくゆっくりできると思い、興味本位で足湯に向かった。


 しかし予想に反して意外な先客が居た。


(あれは……!)


 藤堂だった。正直今では和涅よりも緊張する人物だった。思えば彼は春彦にとって初めての親戚だった。今まで実家の親戚に会っても、結局他人だからと思っていたのに、いざ本当の親戚に会うとどういう反応をしていいか分からない。


 向こうも春彦に気付いた。ここ最近避けられているので今日も立ち去られるかと思ったが、藤堂は一瞬何か考えてそこに留まった。


「隣来るか」

「ああ」


 勧められた隣に腰を下ろす。温泉は少し熱めだったが、気温が低いので身体の芯までよく暖まった。


 藤堂は手を組み、意を決したように口を開いた。


「ここ来た頃、イビって悪かった」


 春彦は驚いた。ずっと何か言いたげだったのはこれだったのか。


「全然気にしてない。むしろ良い修行だったと思うから。うん、気にしてないよ」

「そうか」


 藤堂はホッとしている様子だった。今なら色んなことを話せるのではないかと思い、春彦も意を決して聞いてみた。


「今も和涅さんを憎んでるのか?」

「……どうだろうな。兄さんが死んだ時、俺はまだ九才で二人の関係に気付かなかった。きっと俺はこれからもう一度、あの人のことを見極めないといけないんだ」

「そうなんだな……」

「お前こそ、昨日竜骨岩に行っていたが、大丈夫だったか?」


 あの場所は春彦の父であり、藤堂の兄が死んだ場所だ。やはり気にしていたらしい。


「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、正直分からないんだ。俺は正嗣という人に会ったことがないし、どういう人かも分からなかったから。俺の父は、どんな人だったんだ?」


 藤堂は春彦の正直な気持ちを聞いても怒らず、正嗣の人となりを教えてくれた。


「優しい人だった。兄さんと俺は腹違いの子供で、兄さんの母親は兄さんが小さい頃事故で亡くなったんだ。そして後から来た俺の母に、随分いじめられてた。俺のことも嫌いになって当然だったのに、兄さんはいつも優しかった。本当に色んな人に好かれていたよ。……お前は、見た目こそ和涅に似ているが、時々兄さんを思い出させるような発言をする。両親の良いところを受け継いだんだな」

「でも俺は誰からも好かれるような人間じゃないよ」

「そんなことはない。あの自暴自棄になった宍戸暁と打ち解けたのはお前の強みだ。みんなに好かれていて、でも落ち着いて物事をよく考える」


 ふとその言葉だけで、藤堂が和涅に対して本当はもう、憎んでなんかいないことが分かった。


「父親のことをどう思うかはお前の自由だ。どう感じても、お前は間違っていないよ」


 藤堂は春彦の頭を撫でた。熊倉と違って優しい手つきだった。


「俺は先に出る。ゆっくりしていくといい」

「椿さん!」


 タオルを掴んで湯から出た藤堂椿は振り返る。


「そう、呼んでもいいかな」


 すると椿は破顔した。


「当たり前だろ。他人じゃないんだから」


 春彦は初めて心が暖まったのを感じた。

 椿の背中が遠くなって、誰かがまた川へ近づいてきた。朔だった。


「おはよう春彦くん」

「おはよう」

「今の藤堂さん?」

「ああ」


 すると朔が何かを察して微笑む。


「なんだか嬉しそうだね」

「どうかな」


 はぐらかしたが、当然嘘だと、今の自分の表情を見ればバレているだろう。


「朔も温泉に入りに来たのか?」

「それもあるけど、菜緒子さんから連絡が来てるの」

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