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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
6章 闘志
47/63

47 関係性

 気付けば十一月半ば、和歌山は東京より寒くはないが、それでもコートが無ければ震えるほど冷え込む日が続いていた。

 ここに来て沢山のことを学び、そして状況も大きく変わった。


 春彦は出勤前にも関わらず、すでに沢山の荷物を抱えていた。これも最近変わったことの一つだ。

 荷物が邪魔でロックドアに職員証をかざせず立ち尽くしていると、すりガラスの陰影で気付いた八城が中から開けてくれた。春彦の腕にある大量のおかしとジュースを見て、おかしそうに笑った。


「またもらったん?人気者やねー」

「こんなに与えてどうするんだよ」

「あ、そのお煎餅は支部長からでしょ!さっき売店で買ってたよー」


 デスクから春彦を見ていた朔はニコニコと微笑む。最近二つ結びのおさげをやめた。髪を下ろして巻いており、大人びた雰囲気になった。


 春彦は苦虫を潰した顔をする。


「あのオッサンは本当に何なんだ」


 初対面では厳しく指導してきた熊倉なのに、和涅の事実発覚以降、会うたび春彦の髪の毛をぐちゃぐちゃになるまで撫で回してくる。子供扱いしているのが見え見えで、会った時から苦手だったが余計に苦手になった。


「みんな和涅さんの息子って聞いて、ちやほやしたいんや」

「和涅さんって人望あんの?」

「人望も人気もあるよ。カリスマがあるからね」

「ふーん。でも本当は、俺とはそれほど関わりないけどな」


 血が繋がってるというだけで、ここに異動してきてからも話したのは数回だけ。支部の人間のように、彼女のことをとても母親というふうには見られない。

 ふと朔が心を読んだように笑みを深めた。


「でも和涅さんはいつも春彦くんを助けてくれるよね」


 春彦は微かに驚いた。そういえばそうなのかもしれない。いつだって彼女は春彦達がピンチの時に現れた。それが偶然だったとしても、あの時の彼女の背中はずっと目蓋の裏に焼きついている。


 そこへ段ボールを抱えた菱岡が駆けてきて、春彦のおかしの上に真空パックを乗せる。


「春彦くん!よかったらこれ食べて!実家から地鶏送られてきたんだ!」

「君もか」

「いやー、だってまさか和涅さんに息子がいたなんて!なんか親戚の子みたいに思っちゃってさ!」

「分かる分かる。これで密かに和涅さん狙ってた独身陣営は瀕死らしいわ。ははは、おもろー」

「面白いか?」


 八城の楽しそうな顔に春彦は首を捻りながら、地鶏以外を朔のデスクに置いた。


「やるよ」

「悪いよ。みんな春彦くんにくれたものじゃん」

「厳密には和涅さん宛だから。俺宛じゃない。つーかこんなに食えないから貰ってくれ」

「宇化乃ちゃん貰っときー、学生はいつも腹ペコやろ」

「じゃあ、ありがたく頂きます」


 朔は早速紙パックジュースに手をつける。選んだのは和歌山産みかんジュースだ。


「地鶏はみんなの分あるよ~」

「ほんま?僕これ好き」


 菱岡が配る間、朔はジュースを一気飲みする。


「はー、効くー……」


 春彦は朔の机に積み上げられた、山のような報告書を見やった。


「八城に押し付けられたのか?」

「報告書は新人の仕事なの、僕のせいじゃありませーん」


 ふとまた誰かがオフィスへ入ってきた。和涅だった。いつも通り表情が薄いが、やや不機嫌そうで髪が乱れているのを直している。


(支部長だな)


 おそらく春彦と同じ被害に遭ったようだった。


「あ、和涅さん!これうちの実家からです。冷蔵庫入れときますね。後で持っていって下さい」

「ありがとう」


 和涅はそのまま部屋の最奥にある室長室へ入っていった。室長が行方をくらませた後、和涅が室長代理となって職務を遂行している。

 ふと八城が、地鶏が一つ残っているのを見て部屋を見回す。


「藤堂くんは?」


 菱岡はやや驚いて見回す。


「あれ?外まで一緒だったんだけど」


 八城は勘を働かせ、オフィスから出て廊下の死角になる曲がり角を覗き込んだ。






「なんしてんの?」

「うわ!」


 突然声をかけられた藤堂が驚いて飛び上がった。


「もしかして気まずくて入れやんかったん?そんで後ろから和涅さんも来てもーて隠れた感じ?もうあれから何日経ってんの、はよ慣れたらええやん」

「仕方ないだろ。今まであれだけ嫌な態度見せてたのに」

「自覚あったんや」

「あれは室長の指示でもあったんだ!」


 知らなかったとはいえ、義理の姉と甥っ子に対する態度ではなかった。大好きな兄と無関係ではないと発覚した二人に、藤堂はどう接したらいいのか分からず、最近ではこうして始業時間ギリギリまでオフィスに入れないことも多い。


「和涅はともかく、春彦にはもう絶対嫌われてる……」


 藤堂は頭を抱えてしゃがみこむ。


「だからやめときぃ言うたやん」


 八城の何もかも見透かしたような口ぶりに、藤堂は頭にきた。


「さてはお前この事知ってたな!」


 八城は笑って答えない。八城の本質はハッカーだ。春彦の出生データはとうの昔に掴んでいたはず。その上で和涅の腰巾着になっていたとすれば何か魂胆があるのだ。

 藤堂は八城を睨む。


「お前、何が目的だ。副議長ですら知らなかったこの事実を知って、どうするつもりだった!」

「そんなに義姉と甥っ子が心配?」

「答えろ!」

「安心してや。僕と和涅さんは単なる運命共同体なんや」


 藤堂は眉をひそめる。


「どういう意味だ」

「僕は和涅さんにお願いしてることがあんねん。その為に僕は僕であの人に協力してる。どっちが倒れてもアカン。だから、僕があの人を裏切ることはないし、春彦くんを傷付けることもない。勿論君のこともね」

「俺の?」

「和涅さんはずっと君のことも気にかけてたよ。だから和涅さんが大事にする君を、僕は裏切らへん」


 らしくないほど優しい声音で、藤堂は思わず顔を背けた。和涅はきっと、自分の運命と、そして藤堂の復讐心、何もかもを受け入れて戦っている。そして最後には自分に命を差し出そうとしているのだ。


(八城も何を考えているのか分からないが、多分敵じゃない)


 藤堂は気にかかっていた()()()()を打ち明ける。


「じゃあ俺のカバンに兄さんの写真を入れたのはお前じゃないのか」

「え?」

「俺が悪虚に精神干渉されたのは、多分動揺していたからだ。この組織で俺と兄さんの関係を知っているのは副儀長一派だけ。だがお前ならあり得ると思っていたが……」


 藤堂と副議長との関係性はすでに熊倉支部長ら支部派には知られている。

 しかし足尾副議長からも特段連絡は無い。冷徹な和涅が殺さなかった、それだけで切り札になり得ると判断したのか。とすると副議長はまだ藤堂を利用するつもりで処分しなかった。

 そして熊倉も、あえて手元に藤堂を置いておくことで監視しているのだろう。


 和歌山支部では腫れ物に触れるように遠巻きにされるが、八城は元々知っていて、幸い菱岡も今まで通り接してくれている。

 どちらにせよ、藤堂はここで自分の為すべきことを為さねばならないと考えていた。





 ※※※

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