表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
5章 新天地
45/63

45 血で血を

 和涅は何も言わず、藤堂に追い討ちをかける。藤堂は地面に仰向けになっていたが、和涅の刀を転がって避け、間合いから抜け出す。しかし彼女はすぐに追いつく。


(よかった、あの人ならなんとかしてくれる)


 安堵した春彦に反して、八城と菱岡は青ざめていた。


「待って和涅さん!!」

「なんで支部に連絡が!?」


(どうしたんだ?)


「ーーー春彦くん後ろ!!」


 藤堂に気を取られている間に、悪虚の魔の手が迫っていた。さっきよりも精神干渉の力が強まっていて、今近付くのは危険だと判断し、春彦と朔は一時後退した。悪虚も何故か追ってこなかった。

 和涅と椿は戦場を宙に移した。上を見上げながら必死に懇願する。


「和涅さん待って下さい!椿は戻ってこれます!」

「そうです!藤堂くんはあなたのーーー」

「下がりなさい。口出しは一切禁じる」


 静かな声で、絶対的な命令。二人は口をつぐむ他なかった。

 状況を理解できない春彦に、朔もまた辛そうな顔で耳打ちした。


「和涅さんはね、この組織の『安全装置』とも言われているの」

「安全装置?」

「委員会戦闘員は高い攻撃力を持っている。だからもし、一定の強さを持つ戦闘員が精神干渉を受けた場合、和涅さんにはその仲間の処分する権利が与えられてるの」


 春彦の顔から血の気が引いた。どうして八城と菱岡の信頼する和涅が現れて戸惑うのか。支部に知らせずにアラートを握り潰してでも、和涅を遠ざけたその理由。


「まさか……!それじゃあ!」


 突風が吹き、木葉が散る。瞬きする間に、何度刃を交わしたか。思えば和涅だけが対人戦闘に優れている。望んでそうしているようには見えない。

 いつもいつも、彼女の強さの裏には、彼女の痛みや悲しみが秘められている。


「お前はもう、俺が誰だか分かってるんだろ!」


 和涅の瞳が微かに揺れる。


「夏賀、椿」


(夏賀?)


 それは藤堂椿の今の名字とは異なっていた。


「そうだ!俺は夏賀正嗣の弟だ!」


 打ち合いがより激しさを増す。金属のぶつかる甲高い音が、まるで悲鳴のように聞こえる。


「何故兄さんを助けなかった!お前が悪虚に負けるはずがないだろう!」






 ※※※






 支部長室では内線電話をスピーカーにして、和涅の持つ無線を中継していた。和涅が出動し、なおかつ仲間殺しの特権を使用しうると考えられる場合、正当に行使したか確認するため全て公開、記録されるのだ。


 熊倉が苛立ちを抑えきれず、骨張った拳で応接の椅子の膝掛けを殴り付ける。


「藤堂め!副儀長のスパイだった挙げ句、夏賀正嗣の弟やったんか!」


 推薦状には神奈川支部長の名前、副議長足尾の信頼する人物だ。藤堂の戸籍を隠したのは足尾で間違いない。


「足尾副儀長は、かつては黒基室長を重用していましたが、今では和歌山で地盤を固めた室長を疎んでいます」

「分かっとる!知っとったら和歌山に入れてないわ!めんどくさい、他所でやれや!」

「まさか室長の足元を崩す為に、最大戦力である和涅さんを殺させようとするとは」

「つまりこの悪虚が出ても出やんでも、あの二人はこうなる宿命やったんか」

「しかし、今の藤堂くんは正気を失っている。そうなれば和涅さんの権利行使は免れない。あなたは当然、藤堂くんを殺すつもりで和涅さんを出したんでしょう」


 無線の先から刀の交わる音が聞こえてくる。


「どないな事情を抱えとっても、民間人に影響を与えるような事象を起こしたらアカン。血で血を洗うのは、上司の務めや」


 熊倉は非常に冷静だった。ここに歴戦の経験が出たのだろう。入相も表面上は冷静を装っていたが、内心は動揺していた。


(どうして和歌山に精神干渉系が!)


 精神干渉をする悪虚は、人の感情に多く触れた場合に発生しやすい。そのため主に都会に出現する。また和歌山では原初の悪虚に近い種族が多く、精神干渉系という特殊種族はあまり出現しない。

 そして何より、藤堂椿の身の上は、あまりに無視できないものであった。


 入相の脳裏に、かつての先輩が頭をよぎる。


『どーしたんだよ、浮かない顔して』


 屈託のない笑みを浮かべ、いつも彼は人に囲まれていた。


『分かった!訓練の成績悪かったんだろ?和涅に教えてもらえよ。なあ、和涅!』


 彼の隣にはいつも、和涅が静かに佇んでいた。


(正嗣さん!和涅さん!)


 入相はぎゅっと目をつむって堪えた。





 ※※※





 お互い鍛えているだけに延々と戦闘は続く。しかし藤堂は悪虚に無理やり動かされている分、自分のペースではないのか動きが鈍る。


 それは藤堂のタイムリミットとも言える。藤堂が動かなったとき、和涅は躊躇なく藤堂を殺すだろう。

 藤堂は和涅から間合いを取る。


「大悪虚の一部が地上に現れたあの日、お前は体調が悪いことを隠してた。兄さんはお前を庇って死んだ!!お前のせいで兄さんは死んだんだ!!」

「……」

「大好きだった……どうしてあんなことに……。お前は葬儀にも来てたくせに!!」


 夏賀家の正門前には多くの葬儀参列者が並んでいた。そして道を挟んで向かい側に、一人佇む和涅がいた。今とあまり変わらぬ容姿に、黒い髪に黒い制服。誰も彼もが黒ずくめであるにも関わらず、彼女だけがより深い闇にのまれているようだった。そして誰も彼女に気付く気配がない。


 すると両親と話していた黒基が家から出てくると、彼だけが和涅見つけ、無言のまま引き連れ車に乗り込んだ。とうとう和涅は謝罪することも、焼香をあげることもなかった。


 震える切っ先が和涅を真っ直ぐ捉える。


「俺は兄さんの仇を討つ為だけに生きてきた!!」


 昔、帰省した正嗣がある写真を大事そうに持っていた。正嗣は椿に気付くと、抱き上げてその写真を見せた。


『椿、お前にだけ特別だ。この写真のことは内緒だぞ』


 写っていたのは当時の三課のメンバー。そこには和涅もいた。そして写真だけが残され、優しい兄はどこにもいない。


「安心しろ、お前を殺しても、お前は地獄に落ちるから兄さんとは会えない!」

「そうね。私は沢山の罪を犯した。だからあの人に会えるとは思っていない」

「お前はそれでいいのかよ!!兄さんは、ずっと……うわぁぁああ!!」






 泣き叫ぶ椿に、春彦は唇を噛む。


(藤堂も苦しんでるんだ)


 かつてのユーリのように。自分の弱みに突けこまれ、悪虚に頭の中を掻き乱され理性を失っている。

 今の彼がもし和涅を殺したとして、正気を取り戻した時どう思うだろうか。本当に、彼自身の意思だったと思えるだろうか。


 それにこのままでは逆に和涅に殺されてしまう。春彦はすがるように八城の袖を掴んだ。


「八城、どうにかならないのか!本当に藤堂を殺すのか!」

「それは和涅さん次第や」

「でも仲間だろ!お前らがどんな関係だか知らないけど、目の前で人が死ぬのを黙って見てられるのか!」

「……」


 八城は何も答えなかった。だがその表情には悔しさが滲んでいる。菱岡も辛そうに額を手で押さえる。組織の人間としては藤堂を殺すべきなのだろう。しかし、仲間として過ごした時間が消える訳ではない。


「ーーー八城」


 和涅から呼ばれ、八城は弾かれるように顔を上げた。


「はい!」

「何か策は?」


 春彦は目を見開く。菱岡も涙ぐんだ。


「和涅さん……!」


 一瞬驚いた八城も自分の頬を叩く。


「精神干渉は対象の思考の幅を狭めることで効果を強くしてます。ある意味ゾーンに入ってるんです。でも急に違うことで頭がいっぱいになれば、焦点がぶれて自我ぐらいは取り戻すかもしれません」


 相変わらず藤堂の動きは止まらない。和涅は余裕で受け流す。


「例えば?」


 しかしここで一同が言葉に詰まる。


「恥ずかしい思い出ですか?」


 朔が提案するが八城が渋い顔をする。


「いやそれはむしろ考えたくないやろ。藤堂くんが慌てて空から転げ落ちるくらいビックリすることが、あれば」

「……分かった」


 和涅は突如速度を上げ、藤堂の勢いを抑える。


(何か良い案があるのか?)


 全員が二人を食い入るように見つめていた。


「兄を殺されてさぞ恨んでいるでしょう。でも私はあなたを殺すことができる」

「やってみろ!!俺がお前を殺す!!」

「でもその前に、あなたに伝えなければならないことがあるーーー」


 この無線は関係各所に記録されている。和歌山支部も東京本部も傍受し中継していた。勿論和涅もそれを承知している。その上で彼女が何を言うのか、中継を聞いてる人間全員が注目していた。


 とはいえ大したことは言わないのではないか、そういう微かな侮りがあったのを、大きく覆すことになる。



「ーーー神崎春彦は、私と夏賀正嗣の息子よ」



 現場の、いや組織の空気が凍った。次いで全員絶叫した。


「ええーーっ!!」

「うそっ!!」

「本当にっ!?和涅さんの!?」


 当の春彦も驚いていたが、


(夏賀正嗣って……誰だ!)


 和涅との関係は知っていたので、新たに発覚した父親に意思気が向いていた。

 何故かこの状況で八城だけは苦笑いしていた。


「え……え!?えぇ!?」


 藤堂は予想以上に動揺し、霊力の操作すらままならず、語彙力を失いながら真っ逆さまに宙から落下していく。


「危ない!」


 思わず春彦が高く飛んで、藤堂を受け止めた。和涅も上から藤堂の腕を掴んでいた。

 その時、春彦は自分の足元があまりにしっかりしていたので驚いた。


「春彦くん、空間固定使えてる……!」


 朔の言葉で今時分が宙で止まっている理由が分かった。正直どうして空間固定が使えたのか理屈では説明できなかった。

 ひとまず今自分の腕で呆けている藤堂の状態が心配だった。


「大丈夫か?」

「うわーっ!!」


 春彦を認識するなり、藤堂は絶叫して菱岡へ飛び移った。


「はい、キャッチ。おかえり椿」

「ムリムリムリ」


 手で顔を覆って何かぶつぶつ呟いている。


「あーまたそんなこと言ってると」


 八城の予想通り、春彦はショックを受けていた。


(そんなに俺のことが嫌いなのか!?)


 しかし藤堂はただ大好きな兄に子供がいたことと、今まで自分が春彦にしてきた仕打ちを思い出して激しく動揺していた。


(兄さんの子供!?でも俺は今までこの子に……)


 フラッシュバックして心臓バクバクし、とうとう思考が追いつかず脳がパンクし思考停止した。


「あ、気絶しはった」

「椿……イビり倒してたもんな……」


 二人は藤堂に哀れみの目を向けた。朔は降りてきた春彦に駆け寄る。

 そして和涅が大人しくしていた悪虚をさくっと殲滅し、支部へ連絡を入れた。


「こちらサファイアゼロより支部。目標殲滅。戦闘員保護。救護を要請する」






 ※※※

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ