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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
5章 新天地
39/63

39 異動

 夏休みが終わり、春彦と朔は久しぶりに学校への通学路を歩いていた。まだ残暑が厳しくて、半袖から長袖に移行するまでしばしば時間がかかりそうだった。


「すっかり日常に戻ったねー」


 朔が嬉しそうにスキップをして前に進む。春彦は「転ぶなよ」と、運動神経のいい朔が転ぶわけもないが、一応声をかける。


「鋳瀬村での任務が終わってすぐ夏休みだったからな」


 その後鋳瀬村がどうなったのか、春彦達三課には知らされていない。もしかしたら菜緒子や暁は知っているのかもしれないが、あえて教えてくれる気配はなかった。きっとこれは三課が知る必要のないことで、またそれを聞いてはいけないのだと春彦は察していた。


 朔は、今度は後ろむいてスキップをする。


「私達、突然学校休んだでしょ?表向きは短期留学してたことになってるらしいよ」


 前日まで何事もなかった二人が揃って短期留学なんてあり得るのか。


「それで通るのかよ」

「委員会にかかれば『ちょちょいのちょい』だよ」

「なるほど」


 きっと学校すでに委員会の管轄下にあるのだ。今までも春彦と朔は任務でたびたび欠席していたが、それについて言及されたことはない。クラスメイトも委員会に指示された先生に丸め込まれている。朔が転校してきた時からそうだったのだろう。


 ふと春彦は、朔とこうして同じ通学路を歩くのにすっかり慣れてしまっていることに驚いた。

 転校してきた当初はどうなることかと思ったが、彼女はすっかり春彦の日常に溶け込んだ。


「ーーーだといいよね」


 ぼうっとしていた春彦は朔に話しかけられていたことに気付かず、はっとして聞き返す。


「ごめん、なに?」

「今日の休み明けテスト、なんとか八割くらいあったらいいねって話!ちょうど私達が休んでる間に授業かなり進んでるみたいだから」

「よりによってな」


 春彦は渋い顔をした。いい成績を取り続けたい春彦にとって、これは重大な問題だった。それに朔に負けたくないという気持ちも消えてはいない。むしろ簡単に八割取れると考えているそのポテンシャルの高さに嫉妬した。この学校でのテストで八割というのはかなりのハードルなのに。


「あー!お前ら!」


 突如背後から叫び声が聞こえたと思えば、クラスメイトの山田だった。背中にはケースに入れたエレキギターを背負っている。ちなみに春彦と朔も刀を背負っているが、霊力で山田から意識が向けられていないので気付かれない。


「山田、久しぶりだな」


 山田は気遣って朔との間には入らず、春彦の隣に並ぶ。


「新婚旅行行ってたってほんとかよ!」

「まだそのネタ引きずってたのか」


 山田はいまだに春彦と朔の婚約者設定を真に受けている。疑いが無さすぎていつか詐欺に引っ掛かりそうだと思っている。

 しかし朔はそんな山田に順応していて、ペラペラと偽りの記憶を述べる。


「私はフランスがよかったけど、春彦くんは手近にオーストラリアにしようって」

「なにー!お前女の子の希望聞いてやれよ!」

「朔」

「気にしなくていいよ春彦くん、私達婚約者だから、この程度のこと気にしないよ!」

「くー!できた嫁さんだな、春彦!」

「料理はできないけどね!」

「いいんだよそのくらい!春彦がどうにかすればいいんだから!」


 勝手に話が進んでいく。


(もうほっとこ)


 しかし朔は演技ではなく本当に楽しんでニコニコと笑みを浮かべている。


(まあ、楽しそうなら何よりだ)


 成り行きでこの学校に入学してきたにせよ、朔は学校生活を謳歌していた。なんなら春彦より友達も多いし、学年でも有名人だ。

 すると朔はカバンからあるものを取り出して山田に渡した。


「はい、山田くん。オーストラリアのお土産、カンガルーのボールペン」


 ボールペンの上部にカンガルーが付いていて、ボタンを押すとカンガルーがくるくると回転した。


(ネタが細かい。そしてダサい)


 何故カンガルーが回っているのだ。


「かっこよ!宇化乃さんありがとう!!」


 意外とウケてる理由はまるで分からなかったが、山田が喜んでいるようでとりあえずよかった。歩きながら単語帳を見たかったのに、いつの間にか学校に着いてしまった。


 今日から新学期の始まりだ。まずはテストを乗り切って、心機一転頑張ろうと春彦は意気込んだ。






 ※※※






 春彦が学校でテストを受けている頃、菜緒子はとんでもないことを知らされていた。第三課の事務オフィスで耳を疑い目を見開く。


「今、なんて?」


 暁が内線電話の受話器を置く。暁は受話器を見つめたままもう一度同じことを告げた。


「黒基室長がここへ来る」

「何をしに?」

「……」


 暁は何も言わなかった。すでに何かを察してる。

 和歌山支部特別機動調査室室長の黒基は冷徹な人物で黒い噂が絶えない。目的の為なら手段を選ばず、部下に暴言暴力を振るう場面は多々目撃されている。


 そんな彼が動いた理由として考えられる可能性として大きいのは『部隊の戦力増強』だ。彼のモットーは『強さ』にある。


「まさか……」


 菜緒子も彼の狙いに気付き青ざめた時、三課のオフィスのドアが開いて誰かが入ってくる。磨耗した絨毯の床に、黒く艶やかな革靴で踏み入った彼と目が合う。菜緒子はその瞬間心臓を捕まれた心地になった。


「徒塚課長はお手すきか」


 眉間に深く刻まれたシワ、贅肉の無いスラリとした手足、隙の無い気配。彼を一言で表すならまさに『魔王』。


「黒基室長」


 菜緒子は緊張で声が上手く出なかった。


 個室のミーティングルームに案内した。ここには応接室のように革張りのソファーも立派な机も無い。プラスチックの背もたれの事務椅子に、真っ白な机を挟んで黒基と菜緒子は向かい合って座る。気を利かせた暁がインスタントコーヒーを出す。


「突然押しかけて悪いな」

「いえ」


 気持ち込もっていない謝罪を聞き流す。

 黒基は、立ち去ろうとした暁を引き留めた。


「宍戸も聞いておけ。お前も監督役だろう」


 暁は言われた通りに菜緒子の隣へ座った。

 菜緒子は思わず手を組み前のめりになる。この人と対峙すると自分を保つのが難しい。ブラックホールに飲み込まれるような気持ちになる。


「ご用件は」

「宇化乃朔を和歌山支部特別機動調査室へ引き取る」


 菜緒子は小さく息をのみ、暁は目を伏せがちに腕を組んだ。多分そうであろうと予想はしていた。黒基は組織内外にいくつもの情報源を持つ。朔が霊力固定を可能としたことはすぐに耳に入っていたはず。そして発覚から約一ヶ月ものあいだ、水面下で事を進めていたのだろう。


「希望ではなく、すでに決定事項だと」

「ああ。儀長の許可は取っている」


 協議会の時とは違い、和歌山支部は組織内だ。組織内での異動は、儀長が断る理由はない。


「あの子は一度和歌山支部から見放されてここにいます。それをまた同じ場所へ戻すのは、あまりに酷い仕打ちではありませんか」

「あの時と違って戦闘能力の最低基準をクリアしている。鋳瀬村で霊力固定を発動させ、訓練によってすでに実践レベルに到達していると聞く。使えない者を捨て、使える者を使うのが我々だ」


 和歌山支部では危険な任務が多い。それは他地方に比べて悪虚が凶暴だからだ。だから多少強引な手段を取っても、他支部から使える人員を引っ張ろうとする。


 黒基の横暴を上層部が見逃すのには理由がある。まず守護石の発掘は全て和歌山支部が行っていることから、所有権は和歌山支部が有する。そのため東京本部は毎年の多額な賃料を和歌山支部へと支払い、莫大な経費を振り分けている。そしてその経費を元手に他支部ならず本部にまで揺さぶりをかけてくる。

 今回も経費のいくらかを本部に返金すると持ちかけ、無理やり人事を動かしたのだろう。


 それに第三課は延珠安綱の件で機動調査室へ借りがある。その借りは本部が肩代わりしてくれたとはいえ、そんなもので見逃す黒基ではない。

 利用価値を見出だした途端に奪い取る。それが今だったのだ。


「やっぱり和歌山支部はいけすかねーな。根本が腐ってやがる」


 タバコにジッポで火をつけようとすると、タバコの先端がテーブルに落ちた。綺麗な断面はまるで刃物で切られたようだが、黒基は一ミリも動いたようには見えなかった。

 黒基は暁を凍てつくような瞳で睨み付ける。


「言動には気を付けろ、宍戸」

「ほら、そういうとこだよ」


 動じない暁はタバコを口から外した。


「……宍戸が失礼しました。話を続けて下さい」

「宇化乃には明日には和歌山に来てもらう」


 さすがにこの決定には菜緒子は動揺した。


「明日って、早すぎます!学校だってあるのに」

「辞めさせればいい。元々監視任務の為に入学しただけだろう。それに和歌山支部に異動となれば、三課と違って正式な戦闘員となり、学生であることは許可されない」

「そんな……」

「事務手続きはこちらが引き受ける。話は以上だ」


 黒基が立ち上がって個室を出ようとしたのを、すんでのところで呼び止めた。


「待ちなさいよ!」


 菜緒子は勢い任せに立ち上がり、キャスター付きの椅子が後ろへ弾かれる。


「もう、どうにもならないことを分かってて言わせてもらいますけどね……あの子はまだ少女で、ただ偶然の不幸から自由を奪われて、大人の事情に翻弄されて、それでも頑張ってきたんです。それなのにまたあの子を辛い目にあわせようって言うんですか!」

「自分のしたことを棚にあげてか」


 自分に痛く突き刺さる言葉でも、もう菜緒子は怯まない。


「そうです。それでも今ここで言うのが上司としての役目だと思っています!」


 朔を庇う菜緒子に、黒基は冷ややかな視線を送る。


「呆れたな。そんな感情論でどうなるというんだ。実際和歌山に来ればここより懸賞金も稼げる。嫌だなんだと言っているだけでは、宇化乃はいつか保険金目的で殺されるぞ」


 菜緒子はその言葉にゾッとした。朔には委員会によって多額の保険金がかけられている。それは霊力治療による医療費の借金の担保だ。組織は金を回収するために手段を選ばない。それは今の黒基の発言で明確化された。彼の情報にはそれほど信憑性がある。


「なるほど、確かに感情論では話になりませんよね。それならこちらも、こちらのやり方で応えさせていただきます。勿論正当な方法で」


 あまりに自信たっぷりの菜緒子の笑みに、黒基は眉をひそめた。


「大丈夫です。あなたの邪魔はしません。あくまで卒業生に『応援』を送るだけです」





 ※※※





 その日の朔の表情はきっと一生忘れない。異動を告げられた瞬間、いつもの柔らかい雰囲気が消え去り、まるで人形のようにまばたき一つせず、ただ一点を見つめて全ての感情が消失した。春彦はかける言葉を見つけられず、彼女の隣で突っ立っていることしか出来なかった。


 何故こんなにも彼女ばかりが酷い目にあうのか。

 しかしその後、菜緒子に告げられたもう一つの事に二人は驚愕した。


 その後の鍛練は、まるで身の入らない無駄な時間となった。脳裏に色々なことがめぐるのだ。それに朔は早退してたった一人といえのもあり、早めに切り上げて代わりに朔の分の雑務をこなした。


(朔はもうここには来ない)


 普段は何かを途中で放って去れるような彼女ではないのに。この部屋を最後に出た彼女の表情はよく見えなかった。


 六時過ぎるとすでに外は真っ暗だ。オフィスに暁が居ないことに気付いた。時間休を取得して帰ったという。春彦は定時になると寮には戻らず、近くの公園へ向かった。外灯に照らされるのは、ブランコに座る暁と揺れる紫煙。そして目の前には金属の柵に立てかけた刀があり、じっと刀を見つめていた。春彦が近付くと暁が横目で捉えた。


「よくここが分かったな」

「なに黄昏てるんだよ」

「そんな時もあるだろ。言っとくが泣いてないからな」

「分かってるよ」

「だな。泣きたいのは朔ちゃんだよな」


 朔の名前を出した暁の瞳が陰る。


「今年に入って全国的に悪虚の動きが活発化している。地下の悪虚本体が動き出したのかしれねーって噂だ」

「だから朔が和歌山に呼ばれたのか?それはどうすることも出来ないのか?朔自身は異動を望んでいない」

「無理だ」


 簡潔で容赦の無い、現実。

 暁は特定環境殲滅委員会という組織を憎み、そして諦めている。しかし無情なのではない。誰よりも朔を案じているのは彼だ。

 春彦は拳を握り締める。


「正直に言う。俺がついていったところで、アイツを支えてやるほど実力が無い。朔に付いて和歌山に行くのは無理だ」


 菜緒子から朔の異動が伝えられた時、同時に春彦の「研修」も命じられた。


『第三課には研修制度がある。教育機関の特権で、他の部署にお仕事体験に行けるのよ。相手はこの権利の行使を断ることは出来ない。だから明日から春彦くんを和歌山支部へ出張させます』


 期限は三ヶ月。引っ越しや転校も必要になる。それが嫌なのではない。退学させられる朔に比べれば、少し異動するくらいなんてことはない。


 しかし自分が彼女のそばで何をできるというのか。彼女は正規の戦闘員として配置される。春彦が付いていっても足手まといにしかならない。

 暁はタバコを外して笑う。


「それに関しては心配無用だ。今の実力なんて関係無い。これは研修だからな。だが普通、機動調査室への出向なんてまず考えねぇけど、それをやっちまうのが菜緒子なんだよ」

「そうじゃない。暁、お前が和歌山支部へ異動するつもりはないのか?本当はお前だって霊力固定を使えるんだろ?」


 夜の冷たい風が吹く。昼間はあれほど暑かったのに、なぜだか今は肌寒い。

 前々から能力の片鱗は見せていた。しかし暁は組織にそれを隠している。和歌山に行きたくないのか、もしくは本部(ここ)を離れられないのか。


「鋳瀬村での件からタバコの本数も増えたよな。それはお前の気持ちの整理がつかないからか?」


 暁は黙って灰を落とす。


「どうしていつも朔のそばへ俺を行かせるんだ。本当に朔を支えたいのはお前だろ」

「……監督役が居なくなったら、三課が成り立たないだろ。それに、お前にしかあの子の気持ちを分かってやれないからだよ」

「そんなわけない」

「あるんだよ。朔は悪虚に霊力を吸収される恐怖を味わった。そしてお前も同じ経験をした。人は同じ経験をして初めて分かり合える。その為にお前に旧霊力測定を受けさせたんだ」

「!」


 暁は携帯灰皿にタバコを押し付ける。


「あの旧霊力測定は必然だった。それでも悪虚が規定の大きさに到達しても止めなかったのは、助かるには早すぎたからだ。しばらく霊力を吸われて初めて悪虚という存在がお前に植え付けられる」


 身体が先に動いた。春彦は背中から刀を抜いて暁へと飛びかかった。暁はひらりと避け、置いていた刀を取る。

 春彦は刀抜かせる前にもう一太刀浴びせるが、暁はブランコの低い柵を抜けて、春彦の刀は柵にぶつかる。


「幻滅したか?」

「傷の舐め合いでもさせたかったのか?なら、自分が悪虚に襲われたらよかっただろ!なんで俺だったんだよ!」


 春彦は柵を足掛かりに高く飛んだ。その落下までの間に暁は鞘を抜いて攻撃を受け止める。ギリギリと金属の擦れる音がする。


「俺じゃダメなんだ。俺は朔の心の隙間を埋めてやれなかった。でもお前に会ってから変わった。あの子にとっての太陽はお前なんだって痛いほど思い知らされた。だからお前が朔のそばにいろ」


 春彦は力任せに刀を振り回す。


(なんだよそれ!)


 しばらく打ち合いが続いた末に、春彦は暁の刀を払い飛ばした。


「今、勝手に負けただろ」

「……」

「何もかも勝手に決めるなよ。お前が自分のことどんな評価してるか知らねぇけど、お前が俺と朔に与えてくれたものも確かにある。俺が尊敬してるお前を無視するなよ!」


 暁は目を丸くして、次いで声をあげて笑った。


「知らなかったな。こんなやつのどこがいいんだか」

「そこまで教えてやるかよ。それと、あの時俺は旧霊力測定を受けなければ殺されていたし、多分お前が助けてくれなきゃ八城は実験材料にする為にもうちょい放置されてた、多分絶対な。お前は加減したかもしれないけど、旧霊力測定受けた時点で俺の運命は決まってた。都合のいい一部分だけ切り抜いて、感傷に浸ってんじゃねーよ!」


 春彦は言うだけ言って、暁を置いて走り去った。最後に言いたかったのはこんなことじゃなかったが、暁があまりに自分を認めていないことに無性に腹が立って仕方なかった。


 一方、取り残された暁は思わず一人で笑ってしまった。刀を拾って柵に腰掛ける。昇った月を見上げた。


「口が悪くなったな。あれも俺のせいか?」


『だから俺はお前を尊敬してるんだぞ!』


 思い出してクスリと笑う。


「まさか俺にそんなことを言うやつが現れるなんてな」


 新しく取り出したタバコに火を着けようとして、その手を止めた。そしてジッポの蓋を開けたり閉めたりして、しばらく思案していた。






 ※※※






 空港のロビーにはキャリーケースを持つ春彦たった一夜で荷物をまとめるのには苦労した。必要最低限のものだけ持っていき、残りは輸送してもらう。

 朔はまるで昨日の様子が嘘のようにいつも通りだった。菜緒子は涙ぐみながら朔の頭を撫でる。


「元気でね、こまめに連絡するからね」

「はい、菜緒子さんもお酒の飲み過ぎには気を付けて下さいね」

「朔ちゃんがいないのに寂しくて飲めないわよ~」


 菜緒子は朔をひしと抱き締める。

 春彦は暁に二人分の航空チケットを渡される。


「ありがとう」

「なぁ春彦。俺が三課に来たのは本意じゃなかったが、お前が昨日言ってくれた言葉だけで、俺はお前に救われたよ」

「嘘じゃないからな」

「お前がそんなに器用だとは思ってないさ」


 暁は微笑んで、そして春彦を抱き締めた。


「朔を頼んだ」

「……ああ」


 行くからには覚悟を決めなければならない。


「必ず」


 暁は春彦を放すと、朔へと向き直った。


「朔ちゃん、きっと今必死に心を隠しているだろ」


 朔の瞳が揺れる。菜緒子は暁の言葉を邪魔しない為に何も言わなかった。


「情けないが俺は、まだ全てに折り合いをつけれていない。監督役として未熟だ。だからひとまず春彦をそばに居させる。春彦なら杖にでも盾にでもしていい。な?」

「はいはい」


 暁に視線を向けられた春彦は苦笑いする。


「きっと春彦は全力で君を支えてくれる。それは今までもそうだったろ」

「はい……」


 朔は唇をぎゅっと引き結んで、必死に涙を堪える。


「そして俺と菜緒子も、何かあればすぐに駆けつける。例え君が書類上もう三課の所属ではなくても、三課の一員であることに変わりはない。だからもし、辛くて逃げ出したくなったら、いつでも戻って来い。菜緒子がどうにかしてくれる。そうだろ?課長」


 菜緒子は自分の胸を力一杯叩く。


「任せて!上層部の弱み握って脅してでも!朔ちゃんを助けるからね!」

「だから朔ちゃん、場所は違えども、俺達は君の味方だ」

「はい……!」


 朔は泣きそうになって、でも泣かなかった。上を向いて懸命に堪えきると、ニッと笑って、暁と固い握手をした。

 保安検査の時間が近付く。


「さあ時間だ」


 暁と菜緒子は二人の背中を押す。


「「いってらっしゃい」」

「「いってきます!」」


 チケットを握り締め、春彦は朔と共に東京を後にした。よく晴れた爽やかな朝だった。





 ※※※

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