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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
37/63

37 九係

 春彦達が村へ戻ると、そこも酷い有り様だった。霊力欠乏症となって倒れた者もいれば、九係に抵抗し重症を負った者いた。人間相手に容赦の無い仕打ちだった。


 本来殲滅委員会は殲滅以上のことを行わない。しかし相互協議会を名乗る彼らは強制執行に踏み切り、村を完全に制圧した。すでに事情を含んだ警察と救急車を手配しており、事後処理の手はずも完璧に整えられていた。


 そして例の宿兼公民館からは予想通り大量の盗聴器と隠しカメラが押収され、全てを取っ払い安全地帯にして、九係の音無と久世は委員会メンバーを広間に招集した。


「で、アンタらどこの誰なわけ?」


 暁は窓辺に腰掛け、久しぶりのヤニを摂取しながら、気だるそうに問いかけた。よその施設で、しかも新築の場所でタバコを吸う暁だが、誰も注意しなかった。というよりもできなかった。


 ここにいる全員夜通し戦い、一睡もしていない。課長の入相ですら疲労困憊だ。皆しかめ面で腕を組み、姿勢を保っていた。もはや暁の喫煙など些末事だった。


「まず『相互協議会』は知ってるな?」

「特定環境殲滅委員会の上部組織だろ。それは知ってる」

「そうだ。そして俺達は協議会は委員会へ指導、監査、介入する権利がある。こう見えてエリートなんだぜ」

「エリートに見えないのはお前だけだ」


 久世がチクりと嫌みを言う。


「おい、副長なら俺のフォローをしてくれよ。ったく。話を戻すが、相互協議会の中でも俺達九係の本業は、悪虚ではなく『人間』を制圧すること。それは組織内外を問わない。殲滅委員会の存在意義を守る為の調整役といったところだな」

「それで、お前らは俺らの任務進行が気に入らず介入してきたってことか?」


 すると久世が不服そうに入相を睨む。


「介入どころか、これは本来九係と二係の案件だったんだ。それをそこの入相が横取りしたんだぞ」


 久世は年上の入相を呼び捨てにした。相互協議会の立場が委員会よりも上なだけに、課長相手にすらため口が許されるのか。


 そして春彦は、任務前に二係係長青砥が、本来自分達が任務に行くはずだったと言っていたのを思い出した。


「元々九係のことが気に入らないから、一係を使って無理やり任務計画を変更するとは。おかげでこちらの算段が狂った」

「まあまあ。入相が三課を呼んでくれたおかげで、こうして暁とも会えたじゃないか」


 暁は眉をひそめ、煙を吐きだす。


「俺になんか用かよ」

「暁、相互協議会へ出向して九係に入る気はないか?」


 思わぬ勧誘に春彦も朔だけでなく、一係のメンバーも驚きを隠せない。入相だけは静かに見守っていた。

 すると暁は声をあげて笑い、その提案を一蹴する。


「九係だぁ?入るわけねーだろ。つーか人事情報閲覧権限があるなら俺の不祥事は知ってんだろ。エリート様が行く場所には不釣り合いな人間だ」

「だが本来お前はこちら側にくるはずだったんだ」

「暁が?」


 春彦は驚き、思わず声に出てしまった。すると音無は入相に視線を向ける。


「入相が余計なことをしたせいで白紙になったがな」


 音無は笑っていたが、目は笑っていなかった。


「協議会は委員会を指導する立場にある。その為経歴に傷のある者は原則出向できない。お前は入相に濡れ衣を着せられ組織に名前と悪評を広められたばかりに、九係への異動が見送られたんだ」


 その時点で全員がこれまでの出来事全てに合点がいった。なぜ入相が心から信頼していた暁を貶めたのか。入相の温厚で清廉潔白な性格を知っていれば、手段を問わない九係との相性の悪さは見て取れる。


「そもそもなんで俺が対人部隊に勧誘されるんだよ?」

「不良相手にカツアゲしてたなんて素質大アリだからな」

「……本当なのか?」

「昔の話だ」


 暁はケラケラ笑っていた。


「案外向いてるんじゃない?」と小声で言う正門の口を、柏木が押さえつける。


「話を戻すぞ。お前が成績改竄をしてないことは分かってる。入相がお前を手放すのが惜しいあまり捏造したんだろ。そもそも管理者用コマンドなんて普通の奴は知らねぇよ。以前は話が流れたが、お前は運良く処分保留になった。その状態なら、俺達が全力を尽くせばお前をこちらへ引っ張れる。その戦闘能力は三課なんて教育機関に置いとくには惜しい存在だ。……どうだ?こちらへ来ないか?」


 暁は少し窓の外を見つめ何か思案していたが、やがてふっと笑った。


「結構だ。俺は出世したかったわけじゃない。それに今俺がやるべきことは、三課(ここ)で後輩を育てることだ」


 その言葉に春彦と朔は胸がつまった。朔は少し下を向いて、涙をこらえていた。

 久世は肩をすくめ、不服そうな音無を見やる。


「フラられたな」

「あー、くそ。せめて三課じゃなく一課に居てくれたら丸め込めたのにな」


 そこへ音無の部下が部屋に入ってきた。


「係長、調査完了しました」

「今行く」


 そう言うと音無は去り際に暁の肩に手を置いた。


「気が向いたらいつでも歓迎する」


 暁は答えずタバコを口へ運んだ。

 九係が出ていくと、暁も立ち上がった。


「どこに行くんだ。俺達は待機を命じられているぞ」


 柏木が声をかけると「便所」と一言呟きドアを閉める。春彦も慌てて後を追った。


 案の定暁はトイレではなく、外に出て建物の裏の影に入って新しくタバコに火をつけた。春彦は暁に近付く。その背中から回り込んで彼の表情を見る気にはなれなかった。そうすべきではないと分かっていた。


「柏木が言ってた。入相課長がお前の端末を触ってたのを見たって」

「ああ」

「話し合わなくていいのか?」

「ああ。もういいんだ」

「そうか。もうすぐ菜緒子が合流するらしい」

「分かった。すぐ戻る」


 春彦は立ち去ろうとした。でもどうしてもできなくて振り返ると、暁がしゃがみこんで膝に頭を埋めていた。春彦は暁の隣に座って、タバコの匂いがうつるほどの時間、その背中をさすっていた。


 そしてこっそり後を追いかけてきていた朔も、建物の影から出ずに身を潜め、静かに見守っていた。



 ※※※

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