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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
36/63

36 相互協議会

 朔に抱き締められた時、春彦は死を覚悟して思わず目をつむってしまっていた。しかしすぐに浮遊感が消えて、はっと目を見開いた。地面からは距離がある。


(浮いてる?)


 春彦は彼女に胸の辺りで抱き締められ、抱えられていた。位置が位置なので妙な煩悩を抱かないよう冷静を努める。

ふと自分の足はふらふらと浮いているのに、彼女の足下に見えない床があることに気付いた。


(空間固定!)


 どうやら朔はこの一瞬で習得し、二人が崖下でぺしゃんこになることは避けられたようだ。ふと朔の方を見上げると、春彦は彼女が更に上を見上げていることに気付いた。

 上空には悪虚がいて、そこへ謎の黒いヘリが接近してきた。


「何……?」


 朔が不安そうに呟くと、ヘリから黒ずくめの複数の人影が刀を持って降下した。一人は悪虚へ直接着地し、他は全員崖の上へと降り立った。


「味方、なのか?」

「分からない」

「え」


 上を食い入るように見つめている朔のこめかみに、一筋の汗が流れていた。


「見たことない、あんな人達」


 するとあの巨大な悪虚が、縦に真っ二つに割られ、春彦と朔を避けるように地面に落ちると、チリとなって消えていく。あの硬い外殻をいとも簡単に打ち砕いた。


「よぉ!お前ら凄い所で突っ立ってんな!戻って来られるか?」


 力強く張りのある声で春彦と朔に声をかけてきた男。彼は悪虚とは一緒に落下せずに宙に立って二人を見下ろしていた。自分こそ『凄い所』に立っているだろと思っていると、朔が春彦を抱え直して、新たな足場を作って崖を上っていく。


 崖に上がると、男が仁王立ち待ち構えていた。


「よーし、良い子だ。初めて空間固定を使って自力で上がってくるなんて優秀だな」


 男は二十代半ば、短髪に精悍な顔立ちで、黒い戦闘服の上からでも分かるほどよく鍛えられていた。しかしその戦闘服は委員会のものではない。


 春彦は朔に下ろしてもらうと、不意に男の後ろから断末魔が響いた。見れば先ほどヘリから降り立った戦闘員達が、村人を次々に拘束していった。悪虚と戦っている間は霊力を奪われ気絶していたはずだが、目が覚めたのか。しかしその拘束方法があまりにも乱暴で春彦は唖然とした。


 男は半身で振り返って呆れたように笑う。


「あーあー、抵抗したのか。いつの時代も、一番タチ悪いのは人間だな」

「何やってんだよ!一般人に乱暴するのか!」

「何って、拘束だ」

「霊力を奪われて弱っているんだぞ!」

「多少の回復はさせた。だがアイツらは人畜無害な村人じゃない。今も気絶していたふりをして、いまだお前達を生け贄にする算段を考えていたのさ。命を奪わないだけでも感謝するべきだ」

「命って……」


 しかも戦闘員達は隠れ潜んでいた小型の悪虚も次々と殲滅していく。

 あまりにも状況が分からなかった。しかし彼らは委員会戦闘員には手を出していなかったので、菅原は西谷と正門を集め、事態を静観していた。

 朔は警戒したまま、男へ尋ねる。


「その戦闘服は委員会のものではありませんよね。あなた達は誰なんですか?」

「安心しろ、俺達はお前らと同じ戦闘員だよ。あ、でもお前らは三課だから、まだ戦闘員見習いか」


 春彦ははっとした。


(俺達を知ってるのか?)


 思えば先ほども、朔が空間固定を初めて使えたことを知っているような口ぶりだった。


「だとしてもこんなことが許されるわけがーーー」

「許される」


 男はきっぱりと言いきる。なんの揺るぎもしない瞳、そしてそこに悪意は感じられない。


「アンタら、どこの所属なんだ」

「俺は第一課九係、音無尊(おとなしみこと)だ」


 九係と聞いた朔がすぐさま刀をに手をかけるが、動きを見抜いた音無が刀を抜けないように(つか)を押さえ込む。それでも朔は刀を抜こうと力を込め、身体を震わせながら音無を睨んだ。


「嘘だ、東京本部には八係までしか存在しない」

「そりゃ俺らは本部じゃなく相互協議会の所属だからな」

「相互協議会……?」

「おい音無!」


 不意に怒号が飛んできた。おとなは「あ、やべ」と呟き振り返る。朔の柄から手を離すが、朔は刀を抜かなかった。


 睨みながらこちらへ歩いてきたのは、音無と対照的に細身の筋肉を付け、整った顔立ちをした男だった。


「喋りすぎなんだよ」

「わりーわりー。村人の制圧は?」

「完了した。悪虚も全て殲滅済みだ」

「仕事が早いなー!さすが久世(くぜ)!村の方は?」

「そっちの悪虚の殲滅は本部の一課長らが行っていた。お前の()()()()()もあっちだ」

「マジか!まさかこんなとこで『宍戸暁』と会えるなんてな!」




 ※※※





 時は少し遡り、暁達が村に着くと悪虚は村人に襲い暴れまわっていた。そこかしこに人が何人も倒れている。甘利が顔をしかめる。


「ひどい……」

「救助は後だ」

「しかし」

「命令だ」

「……はい」


 甘利は苦渋をにじませ、深呼吸をした。柏木は彼女を尻目に刀を抜いた。


 村へ逃れた悪虚は二体。体長五メートルと、体長八メートル。ちょうど神社前の広場で次の獲物を見定めていた。しかし暁達を見つけて狙いをこちらに定め、すぐさまこちらへ突進してくる。


「来たぞ!」


 自然と二手に分かれる。暁と入相、柏木と甘利。柏木はこうなる予感はしていた。きっと甘利も同じだ。しかし余計なことを考えている暇はない。


 柏木と甘利は八メートルの悪虚を相手にする。触手は刀が折れそうなほどの威力で、触手を巧みに動かし刀身を打撃して折りにかかる。急成長した悪虚とは思えないほど攻撃が強い。


「甘利!長時間の戦闘は危険だ!」

「じゃあ一気に核を壊すわ!」

「頼む!」


 甘利は刀に力を込める間、柏木は悪虚の口元へと突撃し切っ先を突き刺した。この攻撃は一番危険な方法だ。悪虚は暴れ狂いもがく。必死になって全ての触手を柏木へ向ける。この間柏木は無防備になるが、同時に悪虚の背中もがら空きになる。その隙に甘利が背中に飛び乗って頭部の核へと刀を突き刺した。悪虚は硬直し、やがて地面に崩れ落ちチリとなった。


「死ぬかと思った」


 柏木が呟くと、甘利は、


「仲間を死なせないわよ」


 と言って微笑した。その笑みには自分の実力を自覚している誇りが垣間見える。


(あーやっぱり、俺より甘利が断然エースに向いてるんだよな)


 いつだってそう思う。しかし組織は適正だけで全て判断しない。世の中そういうものだと分かっていても、彼女が不憫に思えてならない。


 ふと隣の戦闘を見ると、まだ暁と入相の戦闘は続いていた。その理由は一目で分かった。


「あの悪虚、触手の本数異常に多い」

「多く見えてるだけで、触手を捕まれた瞬間に自分で切り離して、すぐさま新しい触手を生やしているのね」

「カニの自切みたいだ」

「でもカニと違って再生が早すぎる」

「身体は小さいが、わざと霊力を貯めて再生に回しているのか?」


 この村で同じだけ霊力を吸収していたのに体長が小さかった理由はこれなのだ。そうだとすれば先ほどの悪虚と強さは変わらない。


 しかしさすが次期エースと言われた暁、トドメを刺せる隙を見逃さず刀に渾身の力を込めるが、入相に迫る触手を見てすぐさま攻撃の起動を変える。


 不意に暁の刀身にヒビが入り砕け散った。暁は表情を変えることなく、短くなった刀を構える。


(恐らくあの攻撃で刀が限界だと気付いていたんだな。それでも入相課長を守ることを優先した。しかしあの刀身の短さでは核には届かない)


 加勢するか考えていると、甘利が自分の刀を暁へ投げた。


「宍戸くん!私の刀を使って!」


 暁は驚き、しかししっかりと刀を受け取った。


「使わせてもらう!」


 柏木は彼女の行動に驚いた。まさか彼女が暁に刀を―――手柄を譲るとは思えなかったからだ。柏木は思わず自分の刀を甘利に差し出したが、彼女は首を横に振った。


「いいの」


 その一言で彼女は何かに終止符を打ったのだと分かった。そして二人で静かに暁と入相を見つめていた。


 暁とまともに過ごした時間は少ないが、一緒に戦っているほんの僅かな時間で理解した。


(入相が一番信頼しているのは暁だ。暁も同じ、口ではどう言っても本心では入相に信頼を寄せている)


 しかし二人を理解すればするほど、あの疑問が押し寄せる。


(それほど信用していてなお、どうして課長は宍戸に濡れ衣を着せたんだ……)


 自らの手を汚してまで、入相は何がしたかったのだろうか。


 暁は甘利の鞘を地面に置くと、視線は悪虚に向けたまま入相に尋ねる。


「なあ、昔遠征先で殲滅した悪虚のことを覚えているか」

「ああ。しかし」


 何かを察した入相だが、暁は引かなかった。


「アンタならできるだろ」


 そう言うと入相は覚悟を決め、暁と視線でタイミングを合わせて同時に動く。暁は右へ、入相は左へ同時に走る。そして暁は凄まじいスピードと集中力で右側の触手を全て切り取って、悪虚の背中と飛び込む。そして入相も左側の触手を切り落とす。しかし残り一本の触手を討ちもらした。


「!」


 柏木は見ていて冷や汗が吹き出た。しかし。


(わざとか?)


 入相のあのままの動きなら最後の触手を討ち取ることができたはずだ。

 そして触手は暁へと向かう。


「宍戸!」


 柏木が叫ぶ。しかし暁は臆さず、むしろ向かってきた触手に、刀をひっくり返して()で斬り込む。そして押し返される反動で宙へ高く飛び、全力の霊力を注いで斬撃を飛ばした。その斬撃は悪虚を真っ二つにして、悪虚はチリとなって消失した。


「……終わった、のか」


 柏木と甘利は顔を見合わせ、暁と入相の元へと駆け寄った。


「課長!」

「宍戸!」


 暁は肩で息をしながら、鞘を拾って刀を戻す。


「どうにか仕留めきれてよかった」


 入相も膝を着き、刀を支えにしてやっとという風だった。額の傷口が開いて再び血が流れている。柏木はすぐに霊力治療で止血する。


「あの討ちもらしはわざとですよね?」

「ああ。当時のメンバーが触手を討ちもらして、反対側にいた暁が狙われたんだ。でも彼は咄嗟に防いだ反動をバネにしてガラ空きの背中を狙ったんだ。段々触手の再生能力も衰えてきていたから勝算はあったけど、やっぱり実戦は(こた)えるね」

「そうですね」


 暁は甘利に刀を差し出した。


「助かった。良い刀だった」


 しかし甘利は受け取らなかった。


「それ、あなたにあげるわ。私もう辞めるの」


 柏木が甘利を見ると、彼女は微笑んでいた。でも泣きそうなのを我慢しているようにも思えた。


「課長が支えにしたかったのは、私でも柏木くんでもなく、やっぱりあなただったのね。それが分かって組織に何の未練も無くなったわ」


 暁は何も答えず、ただ刀を腰のホルダーへ加えた。

 するとそこへ隠れていた村人達が農具やパイプを持って現れた。


「よくも神聖な儀式をめちゃくちゃにしたな!」

「この罰当たり共が!」

「お前らを生け贄にして土神様の怒りを鎮める!」


 すると暁は挑発するように鼻で笑った。


「土神様?そんな奴とっくに死んでんだよ。ここにはもう神も仏もいない。時代錯誤も大概にしろよな!!」


 すると辺りにプロペラ音が響き、見上げると広場の上空にヘリが留まった。刀を降下したあのドローンではない、人が操縦している。そしてヘリから複数の黒ずくめの人影が着地した。


「なんだ」


 瞬時に状況を理解した入相が眉をひそめる。


「九係だ」






 ※※※

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