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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
35/63

35 責任感

 暁、入相、柏木、甘利の四人が村へ向かうの視線だけで追い、菅原は春彦へ確認する。


「さて神崎、お前の霊力探知はどこから悪虚が現れると言ってる?」

「社の後ろだ」

「宇化乃!社から下がっておけ!西谷と正門もしっかりな!」


「了解!」と三人揃えて返事をする。


「前衛はアイツらに任せていい。問題は後方支援の俺達だ。遠距離攻撃は出来るんだろ?」


 確かに春彦は、朔との特訓のおかげで霊力の矢を飛ばせることはできる。だが致命傷を負わせられるほどではない。春彦は拳を握りしめた。


「攻撃力はほぼ無い。せいぜい触手を弾き飛ばす程度だ」

「それでいい。俺達はアイツらが集中できるよう、悪虚の気を引きつけるか、自分の身だけを守ればいい。それだけで宇化乃は自由に動ける」


 突如社の屋根に巨大な体躯がのしかかり、建物を押し潰し、土煙が舞う。春彦が霊力で、両手を広げたほどの幅の盾を作ってしのぐ。


「へぇ、そんな芸当(こと)もできるのか」

「って!お前は何もしないのかよ!」

「俺は怪我人だからな~」

「俺もそうだっての!」


 菅原はメガネを指の関節で押し上げる。


(そうは言っても、悪虚に霊力吸われて盾なんか作れないぞ普通)


 内心で本当に感心していた。チラリと腰の刀を見やる。ーーーこれが延珠安綱の使い手。


 ふと煙の中から人影が飛び出た。朔だ。足掛かりも無しに、かなりの高さまで飛んだ。その手に刀は無い。代わりに自身の霊力で弓矢を形成し、悪虚に矢を放った。矢は触手を貫き断ち切った。


 春彦は目を見張った。一緒に練習した時とは桁違いの威力だ。

 撹乱の為に動いていた西谷と正門も、朔の動きが先ほどと違うことに気付いた。


「なんなのあの子……」

「完全に戦闘員(プロ)ですよねー。和歌山から捨てられたって聞いたけど、噂違いみたいですね」


 西谷は悔しさ任せに悪虚へ斬りかかる。

 春彦はふと、朔が弓を引く姿を見て、共に練習した日を思い出した。


(遠距離攻撃を教えてくれたのは朔だったな)


 出会った時から彼女は強く生きていた。それでも復讐に囚われて、戦う時の彼女は悪虚への憎しみを熱に動いていた。そして何も考えないようにしていた。自分の弱さや恐怖を隠すために。


 それが今夜、彼女の中で何かが変わった。その目に強い意思を灯していた。


戦場(ここ)へ来たのなら立ち止まるな!』


 暁のあの言葉が朔を変えたのだとすれば。


(アイツの心の中に責任感が生まれたのか。そうか、朔、お前は前に進めたんだな)


 しかし巨体の悪虚はそう簡単には殲滅できない。


「なんであんなに強いんだ!」

「流れ者だからだろう」


 春彦の疑問に菅原が答える。


「流れ者?」

「ああ。流れ者の悪虚はタチが悪い」


 不意に春彦の頭を触手が狙う。菅原が春彦の服を引いて避けさせる。


「こんな感じでな」

「春彦くん!」

「大丈夫だ!」

「気を抜くな。腹が減っていて、一番美味そうなお前を狙ってるんだ」


 朔は次々と触手を射ち抜いていく。不意に触手に弓矢を打ち払われるが、すぐさま刀を抜き体勢を立て直す。やがて本体に着地し、全力で頭部へ刺し込む。しかし。


(浅い!)


 朔は眉をひそめる。外殻が硬い。刃が核まで届いていない。

 そして悪虚の意識は、依然として春彦に向いていた。


 ーーーどうした、私を使わんのか。


 延珠の笑いを含んだ誘いに、頷くことはできなかった。


(今の俺は万全じゃない。戦ったところで足手まといになる。なら少しでも、悪虚の気をそらさなければ)


 春彦は崩れた階段に向かって走った。案の定、悪虚が身体をくねらせ朔を振り払い追いかけてくる。


「よせ神崎!」


 春彦は走りながら思考を巡らせる。


(悪虚は浮遊している。正直、ここから飛び降りたって奴は無傷。でも上がダメなら下からの攻撃は効く。腐っても階段は階段、崖よりはマシーーー)


 勢いを付けて飛び降りようとした矢先、意識が朦朧として足を踏み外す。


(ーーーか?)


 姿勢が傾く。しかもそこには、崩れた階段どころか、何も存在していなかった。数年前に地滑りが起こって崖そのものになっていたのだ。

 視界が逆さまになる。身体が一瞬宙に浮いて、自然落下する。


「神崎!!」


 今回は掴める箇所がない。そして消耗していてクッションも形成できない。何より身体に力が入らない。


(あ、俺死ぬかも)


 意外と冷静にそう思った。その時。


「春彦くんーーー!!」


 朔に名前を呼ばれ、意識が覚醒する。身体を上向かせると、悪虚と、朔の姿がそこにあった。

 春彦は力を振り絞って叫んだ。


「来るな朔ーーー!!」


 朔は春彦の忠告を無視して、崖から飛び降りた。悪虚を倒す為ではなく、春彦を助ける為に。





 この落下感を、朔は体験したことがあった。

和歌山支部で霊力固定を習得する為、命をかけて崖から飛び降りた。下には海がある。しかし高い位置から水面に落下するのは、正直地面に落ちるのと変わらない衝撃がある。


 落下してすぐ、当時所属していた和歌山支部第一課五係に助けられた。処置が早かったこともあり、一命は取り留めた。


『入水自殺かと思えば、まさかそんな無謀な目的だとは。ただでさえ後方支援しかできないのに、何日任務に穴を空けるつもりだ?』


 五係係長今井は大きなため息をついた。


『言ったろ、足の下にガラスの板があると思い込めって。……え?なんでガラスかって?はぁ……。足場であっても下を見通せなければならない。上に居たら、下から狙われるんだからな』


 朔は包帯まみれの身体で、最後に声を振り絞った。


 ーーー私に、できますか?


 今井は腕を組んで朔を見下ろした。


『知らん。ただ、できなきゃ死ぬだけだ』






 朔は自分が走馬灯を見ていたのだと分かった。


(こんな時に呑気な!)


 崖下まで約百メートル。落下速度を考えて猶予は残り僅か。

 この間たったコンマ一秒。


(なんでもいい!とにかく霊力を空間に固定できさえすれば、しなければ!春彦くんが!)


 次のコンマ一秒の間に、何通り、何百通りも試した。でも良い策なんて無い。


(こうなったら、やるしかない)


 今まで手応えすら作れなかった。その度にバカにされ、嘲笑され、存在を否定された。たかだか霊力量が多いだけで、使えない子供。


(でも今は私なんかどうでもいい!春彦くんさえ助かれば……!!)


 朔は腹の底にある全ての霊力を、下肢に移動させる。身体の中で霊力を粘土のようにこね回し、固体化させる。そして春彦の手を取って抱き締め、足を地面に向かって伸ばす。


(止まれ、止まれ……!!止まらねーと殺すぞ(さく)っ!!)


 すると足に粘土がまとわりついたような感覚に加え、青白い光と共に徐々に抵抗が強くなり、やがて二人の落下が止まる。


 朔は春彦を抱き締めたまま、恐る恐る下を見た。落下まで残り三十メートルほど。足下すぐには何も見えない。でも、確かにそこにガラスの床がある。


 朔は自分の心臓があり得ないほどの速度で鳴り響くのを感じていた。


「できた……」


 自分一人で崖から飛び降りても死にかけただけだったのに。


「は!悪虚!」


 春彦を守ることに必死で、悪虚の存在を忘れていた。

 上を見上げると、ちょうど真上を浮遊していた。下がガラ空きだ。


(今なら狙える)


 そう思った時だ。どこからかヘリコプターのプロペラ音が聞こえた。まっすぐこちらへ向かってきていて、悪虚のその上空をホバリングした。


「何……?」






 ※※※


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