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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
32/63

32 廃神社

「どこへ行くの」


 木漏れ日の下、林道を上っていた暁と朔が振り返る。西谷が気に入らなさそうな目で見上げてくる。


「そっちは山でしょ。崖があるのは西、川の方よ」

「そんなことは分かってる。大人数だと動けないからお前らは待機と言ったはずだ」

「リーダーヅラしないでよ」


 西谷の後ろには、彼女に無理やり引っ張ってこられた正門がダルそうに歩いていた。


「正統にいけばリーダーは理江先輩のはずだったのに」


 暁がリーダーになったことを、西谷はいまだ受け入れていない。それは構わない。暁自身も認められようなんて気持ちはハナから毛頭無い。

 しかし不可解なのは、すでに西谷が柏木がリーダーではないことは受け入れていることだ。


「お前の中じゃ、柏木はすでにリーダーじゃないんだな」


 すると西谷は小馬鹿にするように笑う。


「だってあの人がエースになったのは親のコネだもの」






 ※※※






 昼だというのに変わらず薄暗い岩屋で、柏木の手のひらに青白い光が灯る。霊力の固体化だ。霊力は徐々に形作られていく。


「それは、くない?」


 柏木は慣れた手つきでくないを構え、器用に回して見せる。そして服の端を少し切る。


「切れ味に問題は無いな」

「刀も無しにどう戦うのかと思えば」

「刀が無くても自力で戦えるように訓練されているのが一係だ。お前は訓練生期間を免除されてるだろ。固体化は出来るか?」

「いや、それほど鋭利なものは生成したことがない」


 作ったことがあるのはおにぎりの模型だけだ。


「出来るってことだな。それなら今ここで自分の身を守る盾を作る練習をしておけ。俺が一番最初に練習したのも盾だった」


 春彦は驚いてやや目を見張った。柏木が微苦笑する。


「意外か?」

「ああ」

「俺だって最初は戦うのが怖くて仕方なかったよ。だから守りに徹したんだ。お前も無理やり委員会に入れられたんだってな。辛かったか?」

「分からない。選択肢なんて無かった」


 生きるか死ぬか、その二者択一を前にすれば、春彦の意思や気持ちなんて意味は無い。


「俺は辛かった」


 弱音を吐露した柏木に、春彦は顔を上げる。


「俺の親、柏木財閥の会長なんだ」

「超一流企業じゃないか」

「ああ。でも俺は良い大学に行けるほど頭がよくなかった。だからコネでこの委員会に入れてもらった。しかも企業と公共団体って意外と関係が深いんだ。だから上層部も俺に気使いまくり」

「ラッキーだな」

「まさか。生き辛くてかなわねぇよ」


 柏木はくないを回す。


「最初は自分の身を守ることに必死で、まともに戦えもしなかった。だから見よう見まねで霊力治療を覚えたり、盾の強度を高めたり。ただ多少こういう才能もあって多少認められるようになった。でもーーー俺にエースの実力じゃないのは確かなんだ」

「それって……」

「そ。えこひいきってやつ。本当にリーダーの素質があるのは甘利だよ」






 ※※※






 西谷はまた暁を見て、憎らしそうに睨み付ける。


「で、アンタは何?課長に不祥事を暴かれたんだから、単なるえこひいきってわけじゃないでしょ。なら賄賂?脅迫?さすが成績さわってズルしようとしただけあるわ!」

「暁さんはズルなんてしない」


 横から否定したのは朔だ。彼女は暁を庇うように前に出る。


「実際に成績は改竄されてたのよ」

「暁さんが操作した証拠はありません」

「やったに決まってるわ。じゃなきゃ直属の上司がわざわざ報告するわけないでしょ!」

「それでも上層部は暁さんを処分しなかった。それが事実でしょう!」


 朔は戦い以外では大人しい分、その彼女の毅然とした態度に、暁はやや驚いた。


「アンタ、さっきから生意気なのよ。和歌山から逃げ帰ってきた臆病者のくせに!」


 そう言われて頭に血が上ったのは暁だった。しかし暁が声を発するよりも前に、


「うわぁああ!」


 男の悲鳴が上がった。遠くから暁達を監視していた見張りの声だというのはすぐに分かった。すぐに林に入って声の元へ向かう。


 林道から外れてすぐの山の斜面。三メートルほどの悪虚が監視の二十代ぐらいの 男を捕まえていた。よく見ると村に入る時、役場から出てきた職員だった。触手に両手首を捕まれ宙に浮いている。悪虚は徐々に彼の首もとへと触手を伸ばす。彼の霊力を奪うつもりだ。


 悪虚を見て目の色を変えた朔がほぼ反射的に飛び出て、回し蹴りで悪虚を突き放す。放たれた職員を西谷が受け止め、次いで暁が近くの細く固い枝をへし折り頭部にトドメを刺した。


 後ろで見ていた正門が拍手する。


「口ではあんなこと言いつつ見事な連携プレーっすね」

「うるさいのよ!それよりコイツ」


 西谷は職員を投げるように座らせる。悪虚に襲われた次は取り囲まれ、職員は混乱し恐怖した様子で暁達を見上げる。


「お、お前ら何者なんだ!何が目的なんだ!」

「助けてもらっておいてそれはねーだろ」


 正門は手をポキポキと鳴らして首を回す。


「任せて下さいよ」

「お、おい!やめろ!」


 拳を握って、正門は職員に殴りかかるーーーのではなく、拳を額につけて霊力を注ぐ。やがて職員は大人しくなって、こてんと転がって気絶した。

 暁は目を見張る。


「記憶消去か」


(この男が重宝される理由はこれか)


 無理やり霊力を流し込むことで、相手の記憶をうやむやにする。基本的にこれは戦闘員ではなく研究員や治療員が行うものだ。

 しかし一係ともなると悪虚だけではなく、人間とも関わる任務が増える。その場で対処しなければならないかとも多い。いくら委員会に権力があろうとも、人の口に戸は立てられない。そしてこういった強行手段に出る。


(侮れないな)


 正門は振り返って、何事も無かったかのように笑う。


「どうしますか?リーダー」

「……一度戻る。このことを『先生』に報告する」


 暁達は部屋ではなく、川へ向かった。ちょうど岩場が木陰の下になって、昼間でも過ごしやすい空間になっている。入相と甘利、菅原はあたかも釣りをしている風を装っていた。ちゃんとバケツに魚も入っている。


 隠して歩いてきたつもりだが、入相は暁の表情だけで察する。


「どうしたの」

「悪虚が出ました」


 甘利は眉をひそめる。


「この辺りは出ないはずじゃ」

「出ないんじゃない、おそらくヌシによって消されていたんだ」


 菅原の推察に誰もが驚いた。


「共食いということか?」


 暁が尋ねると、菅原はメガネを指の背で押し上げる。


「独立型で過去に例がある。霊力を持った分身型を敵と認識し、吸収する。長年委員会がこの村を掴めなかったのは、そもそも悪虚が出現しないからだ」

「だがさっきの悪虚はすでに成熟していた。邪魔されずに霊力を奪えているということだろ」


 暁の言葉に、甘利は思い出したようにハッとした。


「そういえば昨夜から何人か倒れたって言ってたわ。熱中症かと思ったけど、この話の筋でいけば悪虚の仕業ね」


 入相は腕を組む。


「ヌシは神事で直々に現れ、二人も拐っていった。ヌシが出回っているのに、他の悪虚が出現し始めたということはーーー」

「もしかしてヌシが弱っている?」


 入相は暁に頷く。


「そして弱る自分自身に焦ってるはずだ」


 そう言うと、入相はリュックから等高線の引かれた地図を取り出した。市販されている一般的なものだが、所々に様々な印が付けられている。しかし入相が重要視しているのは星のマークを書いた箇所だけ。


「ヌシと遭遇したのは東の林道だね。柏木と神崎が拐われた方向は北側の神社近く。てっきり西側の川を伝って上流に向かったのかと思っていたけど……」


 ふと朔が地図を見てあることに気付いた。


「崖、無くないですか?」

「そうよ。被害者の言う崖はこの近辺に存在しない」

「ならどうして西側に固執するんですか?」


 朔が他人に突っかかるのは珍しかった。西谷も乗せられてつい口調がキツくなる。


「でも唯一の手掛かりが崖なんだから、無駄に林の中ばかり歩き回っていても仕方がないでしょう」

「分からないからこそ広い視野を持つ必要があると思います」


 西谷は目を細め朔を見つめる。


「アンタさっきから何が言いたいの?」

「暁さんは最初から崖なんて探してません、崖のように高低差のある場所を探していたんです」


 甘利が暁を見定めるような目で見た。


「例えば?」


 その目を見て、暁は腑に落ちた。


(やっぱり甘利はやすやすと俺がリーダーであることを受け入れてはいない。そりゃそうだよな、仮にも一係屈指の戦闘員だ。組織に従順なのと、プライドは別問題だ)


 暁は地図を眺めて、ある地点を指さした。


「……この林道から外れた先にある廃神社。この村からも見えるな。見るからに階段が崩れていて使えないが、かなり高い場所に位置する。寺から麓の景色が一望できる。被害者は記憶が混濁している。高い場所からの景色を思い出して崖と言った可能性はある」

「それだけ?高い場所なら他にもあるわ」

「だから直接見に行こうと思った。それがさっきの林道をだ。あの道、妙な感じがしなかったか?」

「妙な感じ?」

「生えてる木の種類が違うんだよ。俺達が歩いてた周りは杉が生えていたのに、少し外れるとモミの木ばかりだ。まるで元の道に植林して、違う道を敷いたみたいだった。それに俺達を監視していた男がいた場所、よく見ると人の手が入って道になってた。続く方角には廃神社がある」

「つまり廃神社は今使われているということね。もう一つ教えて。崖だと聞いていても、それでも廃神社に目を付けた理由は何?」

「期待に沿えなくてわりーけど、それは勘だ」


 暁の答えに、甘利は伏し目がちに「そうなのね」と呟く。

 すると入相が手を叩いた。


「そろそろお昼だ。宿へ戻ろうか。『活動』は夕方から再開しよう。いいね?」


 全員が声を揃えて返事をする。

 甘利と菅原が手際よく釣り道具を片付けて、斜面を上がって道に出る。ここからは全員『ゼミ生』だ。任務に関する言葉は発しない。


(目的地は定まった。あとは作戦開始時間を待つのみ。待ってろよ、春彦)


 日が暮れ、空が赤く染まり始めた頃。入相以下戦闘員が神社の広場に集まる。そして中央を避けて四方へ分散する。

 そこへ、一人の若者が暁に声をかけてきた。喫煙者で知り合ったこの村出身の大学生だ。


「よー!研究は終わったのか?」


 暁はニヤリと笑った。


「まーな。そこ退いといた方がいいぞ」

「え?」


 菅原が腕時計を見る。


「そろそろだな」


 突如、空気を切る音とエンジン音が南の空から轟いてくる。一機の巨大ドローンが上空を通過した。その際二メートル四方のコンテナを機体から切り離し、神社の広場へと降下する。コンテナは昨日まで舞台が設置されていた広場の地面にめり込むように着地して、爆音と砂ぼこりが舞う。さっきの若者は驚いて尻餅をついていた。


「なんだ!」「どうした!」と村人達が騒ぎ始める。しかしその時にはすでに入相がコンテナの電子ロックを解除していた。蓋が開いて中から刀が現れる。


 柄を見れば分かる。コンテナには入相と一係の刀が突き刺さっていた。そしてそこには三課の刀も封入されていた。当然延珠安綱もある。

 正門は目を輝かせて、自分のではなく延珠に触ろうとする。


「すげー!これが延珠安綱!」


 菅原は正門の手を叩く。


「バカ触るな!危ないだろ!なんで三課の刀が!徒塚課長は読んでいたのか!」


 一係は次々と自分の刀を取って腰に差す。

 元々刀の投下は決まっていた。しかし入相と一係の刀のみの予定だった。これは菜緒子の独断だ。


「アイツはただ賭け事が大胆なだけだ」


 暁は延珠を掴んで朔へ投げ、朔はしっかりと受け止める。柏木の刀は菅原が持つ。


「行くぞ!」


 暁は先人をきって廃神社めがけて走り出す。集まってきて鍬や鎌を構える村人達。暁は足払いをかけ、脇腹に刀の鞘をさしてのしていく。そのあまりの手際の良さに西谷は驚きを隠せていなかった。


「アンタ、なんで手慣れてんのよ!」


 本来戦闘員は対人訓練を行わない。今回は攻防の末に怪我人くらいは出るかと思ったが、暁の身のこなしと手際の良さに舌を巻く。

 すると暁はニヤリと笑った。


「元々こっちが俺の専門なんでね。全員怪我はしてねーよ」




 ※※※

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