29 信念
朔と菜緒子が買い出しから戻ってきた。春彦が玄関に荷物を取りに行くと、朔は嬉しそうに買ったものを見せた。
「春彦くん、見て見て!」
それは手持ち花火のバラエティセットだ。
「花火?」
多種多様な花火がレジ袋一杯に詰め込まれている。買い物が多く、エコバッグが足らなかったらしい。
「飯の準備と、花火、アイス、菓子……随分買い込んだな」
「菜緒子さんが奮発してくれたの~」
「予算があるからね。暁、花火買ってきたから倉庫からバケツ出してきてー」
菜緒子が男子部屋を覗く。寝転がっていた暁が飛び起きた。
「お前なー、俺達の苦労を花火にしたのかよ!」
「何か苦労したの?」
菜緒子が不思議そうに首を傾げる。
「かーっ!見てみろ、このうちわ!」
暁は和紙を張ったうちわを手で叩きながら見せつける。すると何も知らない朔が部屋を覗き、暁にも花火を見せる。
「暁さん見て下さい、ねずみ花火ですよ!花火なんてお父さんとお母さんとして以来何年ぶりだろう、楽しみ!」
「だよな!俺も楽しみ!」
暁は朔を見た瞬間コロッと態度を変え、笑顔で答える。後ろで聞いていた春彦は菜緒子に呟く。
「あの手のひら返し。相変わらず朔に甘いな」
「花火を見つめる朔ちゃんを見てたら私も自然と手が予算に……」
「まあいいんじゃないか」
こういうレクリエーションもたまには良い。その中の一つに春彦も目を奪われる。
「あ、この色変わるやつ好きなんだよな。昔、なんで色が変わるのか不思議で、夏休みの自由研究にしたよ」
「炎色反応ね」
「そうそう。あ、俺も小学生以来だな。ここの庭でしていいのか?」
「オーナーには許可取ってるわ。打ち上げ花火以外はしていいって」
四人は夜ご飯の後に、早速庭に出た。昼の暑さが嘘のように涼しい夜風が吹き、辺りには蚊取り線香の残り香が漂う。
暁は新しい蚊取り線香をセットする。そして春彦と朔は着火用のローソクに花火の先端を近付ける。先端の紙が燃え、やがて火薬に着火し、美しい炎が吹き出る。
「うわー!綺麗!」
目を輝かせる朔に微笑みながら、菜緒子は花火を楽しむ様子を撮影していた。
「最近の花火は写真映りがいいように煙が少ないらしいわ」
「へー。でも、写真なんか撮ってたら勿体ないよな。せっかくこんなに綺麗なんだから」
「春彦にしてはロマンチストじゃねーか」
「にしてはってなんだよ」
「すごーい!これめちゃくちゃ色変わるよ!」
「あぶなっ!朔!振り回すなよ!」
「あはは!」
「懐かしいわねー、よく花火でゴキを焼いてたわ」
「どんな懐かしみだ。てか道端にゴキがいるのか?」
「お前意外と田舎育ちだもんな」
あれだけ買い込んでいた花火はあっという間に終わってしまい、焦げた花火でバケツが一杯になる。最後の線香花火二つを春彦と朔がそれぞれ受けとる。静かに、可憐に火花を散らす。
「楽しかったね」
「明日から潜入捜査なんて嘘みたいだな」
「そうだね。この時間がずっと続いてくれたらいいのに」
不意に朔の表情に影が差す。
「あのね、私三課に拾ってもらえたから今があるの。春彦くん、菜緒子さん、暁さん、みんな大好きだよ。だから、私のことはどうなってもーーー」
「どうなってもいいわけあるか」
春彦が言葉を遮る。
「お前が三課のことを大事にするのと同じぐらい、俺も三課を大事にしてる。その中には当然お前もいる」
いつになく真剣な春彦の横顔に、朔は何も言わなかった。線香花火の蕾が落ちる。
(そうだ、朔はいつも明るくて前向きなのに、それでいて自己犠牲を厭わない)
それは彼の信念に反する。
「なあ、俺達の監督者は暁だ。それなら、暁を見習おう」
(これが入相課長の受け売りなのがシャクだけど)
それでもきっと、暁はこの言葉を大切にしているはずだから。
「仲間の為に戦うんだ、無傷で」
※※※
小灯町滞在二日目、今日は一課一係と合流し鋳瀬村へ向かう。
三課は菜緒子の運転で一係の宿泊していたビジネスホテルへ到着した。チェックアウトしてロビーから出てきた一係は全員私服だ。勿論腰には帯刀をしていない。
普段から委員会の戦闘員は必ず帯刀していて、一般人から意識を向けられることはない。しかし絶対ではない。勘の鋭い人間や子供には気付かれることがある。
今回は臨戦態勢ではなく、完全に一般人を装って潜入する。
「あれ?今日延珠安綱持ってきてないの?」
駐車場で春彦に声をかけてきたのは一係の正門だ。茶髪の髪が軽くウェーブがかっていて、態度もどこか調子の良さそうな雰囲気を感じさせる。
延珠は民泊に運び込んだ金庫で厳重に保管している。
「そういう指示だろ」
「ざーんねん、もう一回五十億の刀見たかったのになー」
「骨董品好き、ってわけでもないんだよな」
正門の手にはネオンカラーのステッカーまみれの刀があった。それは村へ持っていく為ではなく、菜緒子が民泊で預かって保管しておく為だ。
「俺のこだわりなの。一枚あげようか?」
「いやいい」
「それより俺さー、オバケとかマジでムリなんだけど。マジでリーダーなんとかしてよ」
正門は柏木に振り返る。入相と話していた柏木は困った顔をする。
「オバケじゃなくてヌシな」
「どっちにしろヌシを崇め奉る村人は全員カルト集団じゃーん」
「お前いつまで言ってるんだよ、いい加減腹くくってくれ」
「だってさぁ」
どうやら正門は本当に幽霊やその類いが苦手らしい。
一係のメンバーが続々と菜緒子の車に刀を積み込む。その際菜緒子はすれ違った甘利に尋ねる。
「昨日の偵察で村の中は見たの?」
「いいえ、周りの地形を偵察しただけです。万が一姿を見られたら潜入捜査できなくなりますから」
「でも肝心の祭壇は見つからなかった」
菅原が会話に参加する。
「写真にあった本殿の御神体は?儀式に関係しないの?」
「あれは見せかけだ。本当の儀式は別の場所で行われる。行方不明になった被害者はどこかの崖だったと言っていた」
菜緒子は目を見張る。
「被害者は無事なの?」
それは三課があらかじめ提供されていた情報とは異なるものだった。
一係メンバーに続いて、課長の入相も自分の刀を持ってくる。
「無事な者とそうでない者、そして無事ではあっても、ほとんどはショックから記憶を消失していた。しかし奇跡的に記憶を思い出した者もいた」
「そんな情報があるなんて聞いてないぞ」
沈黙していた暁が口を開くと、腕を組んだ西谷が睨み上げる。
「アンタ達はあくまで人数補填に過ぎない。与えられた情報だけで、任務に参加さえすればいいのよ」
どう見ても西谷は暁を快く思っていない。そして三課への情報統制がかけられていることも薄々勘づいている。
「いいんですか、菜緒子さん」
朔が小声で囁く。
「それが入相課長の指示なら仕方ないわ。それに、三課が過度に作戦に巻き込まれないなら願ったり叶ったりよ」
全ての刀を積み終え、一係が所有するワンボックスカーの前に、入相と菜緒子を囲むようにして全員が並ぶ。
「作戦はミーティングで話した通りだ」
入相が教授助手役。二十五歳と比較的年齢の高い柏木、甘利、菅原が教授のゼミ出身の大学院生。西谷、正門、暁、朔、春彦がゼミ所属の大学生。全九人で村に潜入する。
祭りは今日の夕方五時から行われる。小店が出店され、神主が祝詞を読み上げた後神事が執り行われる。その神事の最中、毎年生け贄として一人が拐われる。
村では祭りから三日間は外との交流が禁じられる。途中の警察や消防への通報はできず、そして行方不明者は最終日に意識不明の重体で見つかる。
このことを踏まえて祭りの最中、一係のメンバーはあえて単独行動をして誘拐役の村人を誘導する。つまり一係は囮となる。そして次の日三課は待機し、三日後解散する。それまでに一係は儀式の場所を特定し、ヌシを殲滅する。
「今回、村人の誘拐及び傷害罪においては放置とする。それは警察の仕事だ。特定環境殲滅委員会の職務は悪虚の殲滅。それ以外の関連事象は手を出さないことが暗黙の了解。決して前に出すぎず、自分達の職務のみ遂行するように」
暁は春彦に正義感を持つなと言った。きっとその言葉は、事実なのだ。
ふと菜緒子が入相を見やる。
「でも課長、仰いましたよね。任務終了は未定だと。それは私達三課のことも含まれているんじゃないんですか?」
「最善は尽くす、だが今回の作戦において、何もかもを断言することはできない」
「課長っ……!」
「大丈夫だ」
「暁」
不安げな菜緒子に、暁は笑み一つ浮かべず入相を見据える。
「俺は春彦と朔を守る為に戦う」
ふと、皆が暁に様々な表情を向ける中、春彦は入相を見やって驚いた。
(どうしてそんな辛そうな顔を……)
彼にそんな表情をする資格が、権利があると言えるのか。暁を心身ともに痛め付け、信頼を裏切った彼が。
春彦は心の底で怒りがふつふつと煮えたぎる。
車二台に分かれ、鋳瀬村へと出立する。
「気を付けてねー!」
菜緒子がやはり心配そうな表情をしながら、見えなくなるまで見送ってくれていた。
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