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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
27/63

27 異例

 本部宿舎から車で二時間の旅路。高速道路に乗って、時々サービスエリアを利用し、辿り着いたのは鋳瀬村の隣町にある、東京都小灯町(ことうちょう)。人口一万人ほどの田園地域の広がる町。第三課は遠征初日、この町の民泊で一日をすることになった。


 医療員として菜緒子が待機する場所でもある為、引き続き宿泊を予定している。

 車を降りるとミンミンゼミの鳴き声が耳をつんざくほど響き渡っていた。


「あっつい……」


 春彦は呟き、延々と広がる田畑を見渡した。山と畑以外何も無い。

 民泊は古民家を改装した一軒家で、基本ご飯も布団敷きも自分で行う。五キロ先にスーパーがあり、オーナーが近所に住んでいるので、不便は無い。冷暖房完備、鍵もしっかりしている。ただ一つ気になるのは。


「なんで俺達は民泊で、一課はホテルなんだよ」

「予算の都合よ」


 菜緒子がサングラスを額へずらす。


 この町にはホテルが無いわけではない。ここから十キロ先にひなびたビジネスホテルがある。三課がわざわざ民泊を選んだだけだ。


「元々三課は育成機関だから、長期の宿泊予算が割り振られてないのよ。今回の遠征に伴い追加予算が貰えたけど」

「それを全部使いきったらもったいないじゃん!」


 そう力説したのは朔だ。目が円マークになっている。


「ビジネスホテルとはいえ、町に唯一のホテルってことで殿様商売なんだよ。しかもご飯は別料金で、味はイマイチってレビューにあったし。民泊だったら一人分のホテル代で四人泊まれるから、実質経費は四分の一の節約だよ!」

「だよなー俺もそう思う。まったく春彦くんは質素倹約というものを知らないのかね」


 暁はタバコに火をつける。


「お前こそ分かってないだろ」


 春彦はじとっとした視線を送った。その嗜好品に月いくらかけているんだ。


「にしても想像以上のクソ田舎だな。本当に同じ東京かよ」

「今日は一日待機ですよね」

「そ。今日は一係だけの先行調査。まあ相手にするのは一係で、俺達は途中離脱だからな」


 タバコの煙に紛れて、一瞬暁の顔が曇ったように見えた。

 そして菜緒子の表情も冴えない。


「どんな役割にしろヌシ殲滅作戦に参加させられるなんて」

「珍しいな、いつもなら喜んで行かせそうなのに」

「本来ヌシは各支部の一係や、和歌山支部の機動調査室が動くような案件よ。私は課長だけど、私だけ戦わない申し訳なさはいつも感じてるのよ。それに今回は村人が逆探知するのを警戒してここから指示すら送れないのよ」


 うなだれる菜緒子に暁がデコピンを見舞う。


「いたっ!」

「戦いが全てじゃない。お前にはお前のやることがある。ここで計画立案するのはお前しか居ない」

「そうですよ。もし私達が怪我して帰ってきたらお願いしますね」


 朔の笑顔に少し慰められたように、菜緒子は笑って頷く。


「うん、任せて。でも出来れば怪我しないで帰ってきて」


 車から荷物や機材を運び出して、朔と菜緒子はスーパーに食料の買い出し。春彦と暁は留守番をしていることになった。


「なー、クーラー全然効いてねーんだけど」


 暁はイライラしながらクーラーのリモコンを操作する。二人の部屋は一階の和室で、クーラーは見るからに型が古く、年季が入って少し黄ばんでいる。


 風量を上げても稼働音が増すばかりで、ちっとも涼しくならない。ちなみに畳も座布団も古い。この部屋にはどこにもリフォームした様子が見られない。


「女子部屋にパソコン機材置いたんだよな。壊れねーか?」

「朔と菜緒子の方は新しいクーラーらしい」


 女子部屋は二階の和室だ。朔に見せてもらったら、この部屋と違ってクーラーも畳も新しかった。


「両方変えとけっつーの!」


 暁は諦めてクーラーの風量を下げ、リモコンを机の上に置く。

 するとインターホンが鳴った。民泊のオーナーだ。七十代くらいの男性で、冷たい麦茶と切ったスイカを持ってきてくれた。去り際に蚊取り線香に火をつけていく。


 春彦が盆に乗せて部屋に持っていくと、

「こんなもんで誤魔化されねーからな」

 と暁は文句を良いながら腰を下ろした。スイカは甘くて、麦茶もキンキンに冷えていた。食べ終えた頃には身体が冷えて少し涼しくなっていた。


 暁は反発の無い座布団を折り曲げ、枕にして満足げに寝転がる。


「あー、腹一杯。もうこのまま任務なんて放り出すか」


 春彦はやや目を見張った。


「そうしたいのか?」

「なんだよ、いつもなら『またそんなこと』って怒るくせに」


 春彦は黙った。凪査から暁と一係の因縁を聞いた今、任務に差し向けるようなことは言えなかった。

 何かを察した暁は片目で春彦を見やる。


「凪査からなんか聞いたろ」

「少し」

「多分急いでたから教えられなかっただけで、大した話じゃねーよ。中途半端だと気になるだろーから、全部教えてやるよ」






 三年前、高校を卒業した暁は特定環境殲滅委員会に加入した。委員会職員が秘密裏に民間人の霊力測定中、平均以上の霊力を保有した暁を見つけてスカウトしたのがきっかけだ。


 本部の同期には凪査、常一郎、ユーリが居た。全員親や親戚に委員会職員が居て、血縁の引っ張りで加入していた。しかし暁は凪査と常一郎と馬が合い、四六時中つるんでいた。だから入って三ヶ月続く研修では、戦闘訓練も座学もそれほど興味は無かったが、それなりに楽しかった。


 研修を終えると、辞令発令によって正式に第一課に配属される。配属された係は自分の指数とも言われていて、数字は少ない方が良い。


 辞令発令式当日、制服を着て着席する。いつも努力していた凪査は緊張気味に身構えていて、ユーリはのんびりとしていて、常一郎は妹の隣で笑っていたが本心では配属に無関心だった。


「おい常一郎」

「ん?何?」

「何?じゃない!暁はどうした!」


 常一郎は凪査との間に空いた一席を見て笑う。


「さあ?」

「馬鹿なのかアイツ!」


 当の暁はというと発表をすっぽかし、本部空き部屋の窓側で隠れてタバコを吸っていた。

 当時三係係長だった入相が登壇した。


「これより辞令を発表する」


 一課長は出張で不在だった。しかし入相は代理とは思えないほど落ち着いた様子で、手元の辞令を読み上げる。


「辞令 宍戸暁」


 不在の暁から名前を呼ばれ凪査と常一郎は軽く視線を交わす。


「ーーー貴殿を第一課三係へ配属する」


 その辞令には三人とも驚いた。

 本来新人は八係に配属されるのが慣例だ。優秀でも六係か七係だ。基本一係と二係は遠征で不在。つまり三係は実質の本部筆頭部隊ともいえ、異例の抜擢となった。

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