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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
4章 深淵
26/63

26 合同ミーティング

 第三課のオフィスに威勢の良い声がこだまする。


「「最初はグー!じゃんけん、ぽんっ!」」


 春彦はちょき、朔はぐーを出した。春彦は頭を抱えて悶絶する。


「あーっ!!」

「やったー!!春彦くん掃除当番ね!」


 ウキウキとした声で喜ぶ朔を、春彦は疑いの眼で睨む。


「おかしいだろ、お前今日で五連勝だぞ!何か細工したな!」

「やだなー、春彦くんにそんなことするわけないじゃん」

「だとしたら何だ!新しい霊力か!」

「春彦はまずチョキを出すクセがあるんだよ」

「なっ……!」


 暁がニヤニヤ笑ってタバコをふかし、ネタばらしをする。ついさっきまでソファーでうたた寝していたが、二人のやり取りを見ていたらしい。


「あーあ、バレちゃった。起こしちゃいましたか、暁さん」

「朔ちゃんのせいじゃねーよ。春彦の声がでけーんだよ」

「朔だって同じくらい声出てただろ!」

「こらー、早く掃除しないと帰れないわよー」


 菜緒子はパソコンに向かいながら背中越しに声をかけてくる。彼女の眉間には深いシワが刻まれている。


「まったく、このご時世に紙の資料なんてバカじゃないの?」


 会議資料をデータではなく紙媒体で要求されたらしく、手間が増えて不機嫌なようだ。


「係長クラスはともかく、上層部はデジタルに弱いからな」


 暁は三十枚ほどの資料をホッチキスで束ねた見本を手に取る。三課は見習い扱いでこういう雑用も回される。


 今日は各課長と第一課係長が集合する定例会議だ。会議はあと一時間で始まる。


「印刷は終わったのか?」

「今から」

「俺が誤字チェックをする。印刷が終わったら春彦は束ねる、朔ちゃんはホッチキス」

「「了解」」


 流れ作業がしやすいように、春彦は印刷された書類を種類ごとに机に並べていく。

 ふと書類にチェックを付けていく暁を横目で見やった。


(誤字チェックなんて精密な作業を名乗り出るなんて)


 暁はやると言えばきちんとこなしてみせる。盲判ではない。そのボールペンの先を見詰める真剣な眼差しは、普段の姿とはかけ離れている。

 兵庫支部で朔が言っていたことが頭をよぎる。


『一係に異動する為に、成績データを改竄(かいざん)した、とか』


(暁がそんなことをするはずがない。とすれば、誰かに(おとしい)れられたのか?)


 そうこう考えている内に全ての書類が印刷される。無事必要部数のホッチキス作業が完了し、暁と菜緒子が会議へ持っていった。当然会議には課長の菜緒子と、暁も係長級として出席する。


 時計を見ると午後二時五十分だった。あと十分で会議は始まる。


 今は夏休み。春彦は自分がこの時間に出勤していることに不思議な違和感を抱きつつ、じゃんけんに負けたのでオフィスの掃除をする。袋にゴミ箱を逆さにしてゴミを集めていると、ドタドタと慌ただしい足音がした。


「おい菜緒子、オフィスでは走んなっていつも言っーーー」


 言ってる途中で菜緒子は会議へ出席していることを思い出す。


「暁っ!」


 飛び込んできたのは見知らぬ青年だった。


「誰?」


 春彦は分からなかったが、彼は春彦に見覚えがあるようで軽く目を見張った。


「お前は確か……いやそれより、暁はどこだ!」

「もう第一会議室だけど」


 彼は自らの額に手を当てる。


「遅かったか」

「てかアンタ誰だよ」

「忘れ物しちゃったー……って、青砥係長?どうしてここに」


 トレーニングルームから戻ってきた朔が目を瞬かせる。


「宇化乃か」


 朔は気を利かせて春彦に彼を紹介する。


「春彦くん、この人は二係の青砥係長だよ。暁さんと常一郎さんの同期なの」


 青砥凪査は腕時計を見ながら早口にまくし立てる。


「本当は暁に用があったが、もう手遅れみたいだな。宇化乃、神崎、お前達にも関係のある話だ。時間が無いから手短に言うぞ。お前達は明日からーーー」





「遠征?」


 菜緒子は怪訝そうに栄儀長を見つめる。暁は表情無く聞いていた。


「そうだ。場所は東京都鋳瀬村(いぜむら)。対象は独立型悪虚SP7の殲滅にあたってもらう」

「7ってことは、最近発見された独立型悪虚ですか」

「そうだ。だが出現は最近ではない。おそらく奴は四百年前から存在していたと見ている」

「『ヌシ』ってことですか!?」

「そうだ」


 驚く菜緒子に、栄は平然と頷く。その様子が気にくわなかった暁は栄を睨み付ける。


「おいオッサン、俺ら第三課は育成機関だろーが。アイツらに死にに行けとでも言いてーのか」

「三課単独ではない。一課一係との合同遠征だ」


 その言葉に暁と菜緒子は絶句した。あり得ない。ただの見習いと、戦闘員筆頭の一係と共同作戦。何より暁と一係の因縁を知っているのに、これを計画した上層部。


 暁は横顔だけを見せてこちらを向かない一課長に入相を一瞬見やって、思わず声をあげて笑ってしまった。そして定刻ぎりぎりに会議室に入ってきた青砥がその光景に息をのむ。


 暁はひとしきり笑い終えて、


「正気じゃねぇな」


 そう呟いた。






 ※※※





 春彦は自分のタブレット端末に向かいながら、先ほどの会話を思い返していた。

 一係との共同作戦を聞いた朔は血相を変えた。


「どうして!暁さんの気持ちになってみて下さいよ!」


 凪査も唇を歪ませている。


「俺だって一課長に作戦変更を直訴した。だが聞き入れられなかった。今回は一課長肝いりらしい」

「入相課長自ら作戦指揮を執るってことですか」


 春彦はまだその意味合いを掴めずにいた。


「一係って、暁が異動するはずだった部署だろ。暁に昔、一体何があったんだ」

「暁に良くない噂があるのは知ってるか?」

「成績を改竄(かいざん)したって」

「大前提として暁はそんなことをしていない。だが成績を改竄した容疑をかけられたのは事実だ。そして嫌疑不十分として処分は保留されたが、あの時から暁は組織に反抗的になった。その理由は、暁を糾弾したのは当時直属の上司で一番信頼していた現第一課入相課長だったからだ」

「なっ……暁を陥れた奴が、三課と共同作戦を立案したっていうのか!」


 ようやく話の主旨を理解した春彦は驚愕した。無神経という言葉で片付けられない、むしろ違和感すら覚える話だ。

 自分を陥れた入相と、自分が配属されるはすだった一係。


「アイツは元々素行は悪かったが、一時期ひどく荒れた。所構わずタバコを吸って、出勤すらしなくなった」


 凪査はまた時計を見て、オフィスのドアを開けつつ半身だけこちらを向けて春彦と朔に言い放つ。


「とにかく一係との共同作戦は何としてでも阻止しろ。ヌシになんて見習いが手を出すな。本来これは我々二係の案件だったんだ!」


 残された春彦と朔は呆然と見つめあっていた。


 そして今、春彦が一人オフィスで思考を巡らせていると、朔がトレーニングルームから帰ってきた。シャワーを浴びてほんのり石鹸の香りがした。しかし服装は相変わらずパンクロックなので、見た目の派手さと優しい香りに違和感がある。


「あれから色々考えてみたんだけど、青砥係長が無理なら、私達に作戦中止なんて無理なんじゃないかな」


 諦めではなく、朔は極めて冷静だった。


「俺の結論も同じだ」


 春彦と朔はまだ学生で権限など欠片も無い。意見すら進言出来ない。そういう立場だ。


「となると俺達に出来るのは、無事に任務を完遂することなんじゃないか」


 朔は沈黙で肯定した。それが答えだった。

 だが、悔しさが消えたわけじゃない。春彦も朔も、やりきれない思いに唇を噛んだ。何故暁がこんな目に遭わなければならないのか。


「ーーーその通りだ」


 返事をしたのは会議から帰ってきた暁だ。隣に菜緒子も居る。


「暁さん」


 朔が立ち上がると、暁は彼女の頭をぽんぽんと叩く。ついでに春彦の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。


「おい!」


 春彦が振り払うと暁は楽しそうに笑う。完全にからかっている。


「凪査が来たみたいだな」

「お前のこと心配してたぞ」

「気にするこったねーよ。それに今回三課はただの補佐だ」

「補佐?」


 菜緒子が頷いて、二人を促す。菜緒子も、表情が険しい。


「定時だけど、今から臨時の合同ミーティングになったわ。三課は全員出席よ」






 第一会議室は本部で一番大きな会議室だ。最前列に儀長等上司が座る席と背後に大画面モニターがあり、それに向かい合って他の席が並べられている。

 会議室に入ると、一係が五人全員揃っていた。前から見て左側に固まって座っている。そして最前列に第一課課長入相が待ち構える。


 一係の面々はちらちらと暁に注目している。一方暁は堂々と着席して真っ直ぐ前を見据えていた。珍しくタバコを吸っていない。


 三課は右側に固まって席に着くと。そして春彦は春彦で、まじまじと入相の顔を見つめた。顔立ちは非常に優しそうに見える。以前春彦の加入試験で悪虚が暴走した際、瞬時に栄儀長の前に立って庇う姿勢を取ったのをおぼろげながら覚えている。そんな彼が暁を窮地に追いやったというのなら、一体どんな本性を隠しているのだろうか。


 誰が何を言うでもなく会議室が静まり返ると、一課長がマイクを取る。


「これより一係と三課の合同ミーティングを行う。日時は明日より、終了は未定」


(未定!?)


 春彦は耳を疑った。長期の遠征任務は初めてだ。


「目的地は東京都の外れにある鋳瀬村。人口わずか五十人のこの村は、昔から外部の人間を寄せ付けない。だが村は衰退せず、独自の研究から収穫した野菜をブランド化して高収益を得ている」

「すげーな」


 率直に心の声を呟いた男は、気だるそうに椅子に座って、頭の後ろで手を組んでいた。隣に居た派手めな女性に小突かれる。


「ただの農協泣かせかと思ったら、近年その村から不可解な霊力周波が観測された。村人は委員会職員を毛嫌いして寄せ付けなかった為に観測は手こずったが、やはり、毎年ある時期にだけ悪虚が出現していることが判明した」


 入相はリモコンを操作してモニターを映し出す。三枚の写真だった。小さな神社の境内に赤い提灯が飾られている様子。小規模な屋台が並び、人々がそれなりに賑わう様子。そして本殿に飾られたご神体と供え物。一見すると普通の小規模なお祭りに見える。


「鋳瀬村では八月に『土の儀』と呼ばれる五穀豊穣を願う神事がある。表向き祭りとして催され、この時だけは外部の人間を招き入れる。だが決まって行方不明者が出る。そして数日後意識不明の重体で発見される」


 するとさっきの気だるげな男が勢いよく立ち上がった。


「オカルトじゃねーか!!ふざけんな!!その村の人間がよそ者(さら)って、悪虚へ生け贄として捧げてるんだろ!!」

「その通りだ」

「その通りなのかよ!!違って言って欲しかったー……」

「ちょっと正門(まさかど)!課長が喋ってんだから静かにしなさいよ!」


 隣の女が苛立った声で正門樹の腕を引っ張って無理やり座らせた。正門の前に座る、恐らく一係係長とおぼしき男が入相に軽く頭を下げた。入相は話を続ける。


「君達一係と補佐の三課には、大学のゼミ研究のふりして潜入してもらう」


 すると今度は全員がざわついた。


「悪虚じゃなくて人間を相手にするっていうのか」

「監視じゃダメなのか?」

「いや、霊力を使用しても視認されることもある」


 暁は頬杖をついてモニターを見上げた。


「潜入捜査ねぇ。どーりで若くて暇な俺達が選ばれたわけだ。まあ菜緒子は今回待機だな。決して年齢的な問題じゃねーからな」


 振り返りながら春彦と朔に言うと、隣の菜緒子は青筋を浮かべ小声でキレる。


「わざわざ言わなくても私が戦闘員じゃないことは周知の事実だけど?ケンカ売ってるのかしら?ていうか一係に私と同じ年の一人居ますけど?」


 すると一係の二十代半ばくらいの女が挙手した。ふんわりとカールした栗毛の髪が揺れ、洗練された雰囲気醸し出している。入相は「甘利」と名前を呼び、指名された甘利理江は立ち上がる。


「入相課長、若いとはいえ補佐が第三課なのはいかがなものでしょうか。下は高校生ですよ。いくらなんでも危険すぎます。それに」


 西谷は暁のことを見て言葉を詰まらせた。すかさず暁が突っ込む。


「本当のことを言えよ。不正を働いた宍戸暁とは命を預け合うことは出来ないって」

「そんなこと言ってないわ」

「でもそう言いたかったんだろ」

「違……」


 するとあの派手めな女が会話に割って入ってきた。


「人聞きの悪いこと言わないでよ!理江先輩はアンタとは違うのよ!」

「棗ちゃん」


 甘利が西谷棗を牽制する。


「しつけがなってねーな、お前らそれでも第一課筆頭一係かよ。お前らが失くした刀を見つけてやったのは俺らだぞ」

「なんですってー!」


 痛いところを突いたのか西谷はわなわなと震えながら叫ぶ。


「あんまり騒ぐと賞与査定に響くぞ」

「菅原先輩も何とか言って下さいよ!」


 菅原洋平は親指と中指で四角い縁のメガネを持ち上げる。


「そういうのは専門じゃない」

「じゃあ何が専門なんですか?」

「メガネだからって理系の専門職と決めつけるな」

「おいーーー」


 止めかけた一係係長柏木宗介を遮った者が居た。


「ーーーうるさいわね、会議中なのよ。じゃれあいならよそでやってくれるかしら」


 凄みのある声で檄を飛ばしたのは菜緒子だった。

 菜緒子は第三課課長だ。係長以下戦闘員は否応無く黙らされる。

 静かになったのを見計らって、入相は話を本筋に戻した。


「悪虚はこの儀式が始まる四百年前から存在したと推定され、悪虚はヌシと推定される。ヌシは本体へと戻らず何百年も存在している独立型悪虚だ。力を溜め込んで強い力を持つとされている」


 すると暁は挙手せず質問を投げかける。


「でも独立型は霊力探知できねーだろ。どうして察知できた?」


 ごく当たり前の質問だ。だが周りは静まった。視線の先には入相。皆が彼の出方に注目しているとも言えた。


「ヌシは土壌に霊力を与え、植物の育成を促進させる。その際に漏れ出た霊力が測定器で観測された」


 自然だった。入相は表情こそ無いが、それに怒りがあるのではなく、ただ真剣に話をしていた。


 それなのに何故かこの一瞬のやり取りに一係の一部のメンバーは微かに驚いていた。


「ヌシは村に五穀豊穣の恩恵をもたらす代わりに、生贄から霊力を巻き上げる高度な能力と知性を持つ。心してかかってくれ。特に三課はこういった任務は慣れていないと思うが……」


 すると暁は斜め下から入相を見据える。


「たとえ補佐だろうが雑用だろうが関係ねーよ。なめてかかってくるなら敵も味方も容赦しない。それが俺達第三課だ」





 ミーティング後、一係は今日の巡視に備えて、オフィスで情報の最終チェックを行っていた。後輩二人が席を立ったのを見計らって、甘利は柏木と菅原に話しかける。


宍戸(ししど)くんに対する入相課長のこと、どう思った?」


 三人は同い年だ。菅原だけ加入年は違うが、意志疎通を取りやすいようお互い敬語は使わないようにしている。


「普通だったな」


 柏木が答えると、甘利が同意して頷く。


「そう、普通だった。驚いたわ。あの潔癖な課長が、成績改竄した宍戸くんに対して普通の態度を取った。それってやっぱり、噂は嘘だったってこと?」


 当時所属していた職員で暁の不祥事を知らない者は居ない。それほど噂は飛び交った。


 菅原は「でも」とメガネを押し上げながら呟く。


「次期一係エースと言われていた奴が、今は三課で監督役だぞ。それだけは真実だろ。それに奴を糾弾したのは紛れもなく入相課長本人だ。単に平然を装うのが上手いのかもしれない」

「そうなのかしら……」


 すると柏木は席を立った。


「どこに行くの?もうすぐ巡視よ」

「トイレ」


 柏木は手洗い場に向かいながら、心の中はずっとモヤモヤとしていた。


(まさか宍戸暁と共同作戦とは、因果だな)


 柏木は一係係長だ。だが本来はこの地位に暁が内定していたのを知っている。そしてあの一件で内定は白紙になった。


 だが柏木は、おそらくそれは暁が原因でないこと確信している。しかしそれは口外できない。


 あの日、柏木は見てはいけないものを目にしていた。





 ※※※

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