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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
3章 清算
22/63

22 同士討ち

 日置に集められ、三課と五係はSP6が見える範囲内で一旦距離を取った。その際追いかけてくることもなく、捕らえたユーリにご執心のようだった。意識の無い彼女は一見落ち着いているが、無意識下で悪夢を見せられているのだという。


 常一郎は右手で額を押さえ、深呼吸をした。


「取り乱して悪かった」


 精一杯、五係係長として冷静を取り戻そうとしている。そして珍しく日置も配慮を見せた。


「いえ、仕方ありませんよ。実の妹なんだから心配して当然です」

「日置くん……」

「係長になったのだって、ユーリの為なんでしょう」


 常一郎は目を見開く。


「気付きますよ、数ヶ月とはいえ、同じ係なんだから」


 日置の言った通りだった。常一郎はこの組織での自分に価値を見出だしていない。ただひたすらに、ユーリの為だけに係長という仕事をこなしてきた。

「でも」と日置は続ける。


「あなたが係長としてきちんと僕や高野を支えようとしてくれていたことも理解しています。だから、僕も五係の戦闘員として戦います」

「……ありがとう、僕もーーー」

「ーーーそれで策って何ですか」


 雰囲気もへったくれもない、朔が食い気味に二人の間に割り込んだ。しかし彼女の顔を見れば誰も文句を言えなかった。今にも人を殺しそうな気迫に満ちている。日置は咳払いをする。


「まずユーリを助ける為に、ここへ別の悪虚を誘き出してSP6の気をそらします」

「気をそらす?」

「最低限精神干渉さえ止められれば、安全にユーリを助け出せる。以前、独立型悪虚と分身型悪虚が遭遇した時、同士討ちを始めた事例を資料で読みました」

「そんなことが」


 驚く高野、朔は真剣に聞いている。


「だとしても別の悪虚なんてどうやってーーーまさか!」


 不意に記憶をかすめるものがあった。そしてそれが何か思い当たった瞬間、春彦は顔色を変えた。


「第二課には研究用に悪虚の幼体が保管されているはずです」

「第二課に?」


 朔の瞳が微かに揺れる。確か春彦の委員会加入試験の時、暁の配慮で朔は部屋の外に出されていた。

 委員会は悪虚を殲滅することを目的としている。その組織が、実験とはいえ悪虚を養育している。悪虚に良い思い出の無い彼女には残酷な真実だったかもしれない。


「だがその幼体をどうやって成熟させる」


 暁の声には微かに苛立ちが混ざっている。それは雨でタバコが吸えないことだけが要因ではないはずだ。


「見ろ。SP6はユーリの精神を肥やしに、すでに肥大してしまった」


 先ほどは三メートルほどだった身体が、今ではもう十メートルほどの大きさになっている。そのスピードは尋常ではない。そしてその分ユーリも苦しんでいる。


「あの大きさに匹敵する悪虚にする為、それだけの霊力を与えるには数人がかりになる。それに人工的に悪虚を肥大化させることを、栄議長が許可するとは思えない」


 暁に真っ先に同意したのは常一郎だった。


「暁の言う通りだ。一人の戦闘員の為に、霊力欠乏症になるような危険を冒させる訳にはいかない」

「リーダー!」

「でもそうしないとユーリは!」

「それだけは五係係長として許可出来ない」


 春彦は意外だった。常一郎ならなりふり構わず肯定すると思っていた。


(やっぱり常一郎は、ただのお飾りなんかじゃない。リーダーとしての素質がある)


 彼が係長(リーダー)としての責務を果たしたのならば、春彦も手にあるカードを使って応えるべきだと思った。


「あの大きさかが出るかは分からないが、悪虚を誘き出せばいいんだろう。それなら手はある」


 春彦が刀に触れる。一同がハッとする。


「だが、片っ端から誘き出すから、少し忙しくなるぞ」






 特定環境殲滅委員会本部、第二課環境霊力観測班のオフィスに警告音が鳴り響く。モニターには計測器から観測された数値と霊力の周波が表示される。第二課は騒然としていた。


「安佐馬区の環境霊力が異常な数値です!」

「なんだこれ!悪虚が続々と集結している!」

「急いで現場に出動して調べろ!非番を呼び出せ!」


 そこへ第二課長杉澤が現れた。


「いやこの波形、八城が提出していったデータと酷似している。神崎春彦が延珠安綱で霊力を放出しているぞ」


 一人の研究員が三課のGPSを探知する。


「第三課の現在地は安佐馬区です。同じく五係も出動しています」

「悪虚を集めて一体何をしているんだ」

「だがもしこれを全て殲滅すれば、しばらく東京に悪虚は現れないんじゃ……」


 杉澤がデスクを拳で叩く。


「こんなこと許されない!急いで第一課長へ報告しろ!今すぐ本部から動けるだけ動かして神崎春彦を止めろ!」







 春彦の霊力に集まってきた悪虚を、片っ端から殲滅していく。SP6に匹敵する巨大悪虚が出てくるまで戦闘が続くという、地獄の耐久レース。


「くっそー!ここ最近連戦が多かったってのに、身体が持たねーよ!」


 暁はぼやきながら涌いてきた悪虚を一番殲滅している。管理区画並みに悪虚が集まっている。


「アンタらより一応俺と高野の方が年上なんですけどね!こっちの方が身体もたないですよ!」


 日置もやけくそに叫ぶ。


「ちょっと、私の年齢は非公開なんだけど!というかこの悪虚、普段より興奮してません?」


 春彦は刀を握って霊力を注ぐことに集中していた。


(延珠め、楽しんでるな)


 延珠には悪虚を翻弄し嘲ることを楽しむ嗜好がある。そのせいで普段であれば大した攻撃力を持たない悪虚が興奮し我を忘れ春彦に突撃してくる。だから春彦を取り囲むようにして守りを固め、悪虚を殲滅していく。


「にしてもSP6は一向に興味を示さないな」


 本当にこの作戦は成功するのか、口にはしないが不安が募っていることは誰もが分かっていた。ただ朔だけは黙々と悪虚を殲滅していた。


 不意に一つだけ違う気配を感じた。ぞわりと全身が粟立つ。今まで感じたことのないほど気味の悪い気配。あまりの嫌悪感に冷たい汗が吹き出た。


「来る……下から何か来るぞ!」


 地響きがして、地面が揺れる。


「なに、地震!?」

「違う、地下だ!全員退避!!」

「春彦、刀を戻せ!」


 刀を鞘に納めた春彦だが、動こうとすると軽く膝が震えた。


(やば、力がーーー)


 春彦の異変に気付いた暁は、すぐさま春彦を抱えて回収する。


「朔ちゃん!」

「ここです!」

「よし、三課は無事だな」


 同じく五係も全員が退避した。同時に、図書館の前にある広場の舗装された地面が大きく盛り上がって爆発した。そして二十メートル四方もの悪虚が出現した。あまりの巨体に全員が絶句した。


「デカイ……」


 朔が急に目の色を変えた。


「まさか『NOR5』!?」

「え?」

「十年前に懸賞金をかけられてから行方不明だった悪虚だよ!当時何十人もの人間から霊力を奪って、未殲滅記録を更新してる懸賞金付き。NOR5が殲滅されないから五番は永久欠番。とっくに本体の元へ帰ったと思われていたのに、安佐馬区に隠れてたんだ!」


 悪虚に対して拒否反応を示す朔がこうも早口になるのは、懸賞金が絡む時だけだ。


「……一応聞くが、なんで十年前の悪虚まで分かるんだ」

「懸賞金付きは全部頭に入ってるの」

「天才の無駄遣いだ」


 そういえば朔は時間があると懸賞金付きの悪虚を調べているのを思い出した。まさか十年前まで遡っているとは。


 SP6が現れたNOR5に気付いて警戒体勢になる。両者は互いに触手をうねらせ、向かい合って触角を動かして威嚇している。緊張が走る。これほどの巨体同士が戦えば周囲への被害は免れない。

 ふと対峙する二体の悪虚の下に誰かが潜り込んだ。


「常一郎!」


 春彦が叫ぶ。


「僕は隙を見てユーリを助ける」

「一人じゃ無茶です」


 しかし常一郎は手で二人を制止する。


「君達はここへ来ては行けない。君達ほどの霊力量が多ければ分身型のNOR5の気を引いてしまう。ここは僕に任せて」

「ここは常一郎に任せろ」


 暁が春彦と朔の肩を掴む。


「SP6の近くに居なければ精神干渉を止めたか気配を感じることが出来ない。日置と高野もそれを分かっているから待機しているんだ」


 とうとう戦いの火蓋が切って落とされた。二体の悪虚は互いに体当たりをして激しくぶつかり合い、鋭い触手を交える。信じがたい光景だった。同士討ちが始まったのだ。


 図書館のガラスは割れ、壁から建物の基礎が剥き出される。そして雨が外灯を反射して視界を遮る。

 下手に動けば戦いに巻き込まれる。それでも常一郎はユーリを助けるべく、落ちてくるガラスやコンクリートを避けながら息を潜めて機を待つ。


 やがてNOR5がSP6の胴体に噛み付く。その瞬間気配が変わった。ユーリを拘束していた触手も緩まる。


「今だ!」


 春彦の叫びと同時に常一郎は、暴れる悪虚に危険を省みることなく懐へと果敢に飛び込んだ。そしてユーリを抱える。


 しかし常一郎が背を向けた瞬間、もがき苦しむSP6の触手に叩かれる。ユーリを庇うようにして地面に倒れ込む。


「常一郎!」


 すぐさま春彦と暁が駆け寄った。常一郎は痛みを堪えながら笑って見せる。


「大丈夫、ユーリは無事だ」

「バカ!お前の心配してんだよ!ーーー朔ちゃん!」

「了解!!」


 常一郎とユーリを避難させると、入れ替りで朔が突撃する。SP6はNOR5から逃れたもののすでに満身創痍だ。朔は軽やかな動きで触手を切断し、胴体へと辿り着く。そして高く飛んで助走をつけると、急所を一撃で仕留める。


 助太刀の瞬間を伺っていた日置と高野は朔の実力に圧倒された。


「すごい、あれが宇化乃さんの実力」

「さすがユーリが一目置いてただけある。とんでもないな」


 高野はチラリとNOR5を見やる。奴はすでに二人の間合いに入ってきた。刀を構える。


「で、私達はこっちを相手するんだ。今回も逃げて貰ってもいいんじゃない?」

「十年逃げてたしな」

「高野さん、日置さん!」

「「はい!」」


 二人が恐る恐る振り返ると、朔の目が¥マークになっていた。


「絶対仕留めますよ!」


 懸賞金付きを前にした朔は人が変わる。二人は学んだ。

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