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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
3章 清算
21/63

21 知能

 本部に悪虚発見の連絡が入ったのは巡視中の二係からの連絡だった。二係は別の悪虚を追跡中で、五係と三課が緊急出動することとなる。


 夜になって雨の勢いが強まってきた。全員レインウェアを着用してはいるが、視界を狭めない為にフードはしない。雨粒が顔を強く打ち付けた。


 常一郎は端末の情報連絡を読み上げる。


「情報によると、悪虚は一般人を拘束しているらしい」

「悪虚が?」


 悪虚にそんな習性があるとは聞いたことがなかった。


「ハムスターみたいに貯蔵行動でもあるっていうのか」


 暁は怪訝そうに尋ねた。


「分からない。だがあまり時間は無い。もし一般人が精神干渉を受けたなら、すぐに病院へ入院させなければ手遅れになる」


 一般人が霊力治療を受ければ、巨額な治療費がかかる。それは朔の経験になぞらうものだった。春彦は横目でそっと朔を見やると、意外にも彼女は落ち着いていた。


 そもそも悪虚とは人の霊力を集める生物。こういったことは日常茶飯事なのかもしれない。そして悪虚が居る限り、こうして被害は広がっていく。


「そして現時点をもって奴には特定コードが付与された。これより対象を『SP6』と呼ぶ」

「なんで六?」


 春彦の問いに暁が答える。


「今年に入って六体目だからだ。台風と一緒だ」


 ふと常一郎は、ユーリが顔をしかめて手で頭を押さえているのに気付き、眉をひそめる。


「どうしたユーリ。どこか体調でも悪いのか」

「……」


 ユーリは返事をしない。それに日置が苛立つ。


「リーダー、身内贔屓(みうちびいき)も大概にして下さい」


 集められた時から不機嫌そうだった日置。昼間の任務で上司に直訴すると言って消えたが、どうやら思惑通りに事が運ばなかったらしいと、その様子から伺える。

 すると普段は温厚な高野が珍しく日置に意見する。


「日置くん、前から思ってたけどあなたのその発言もチームワークを悪くする原因だと思う」

「僕はただ五係を思ってーーー」

「それでも状況に合わせて発言すべきだよ」


 すると突然キーンと甲高い耳障りな音が辺り一帯に響き渡り、全員が耳を塞いだ。


「なんだ!」


 すると一人だけ尋常ではない反応を示した。


「うわぁぁああ!」


 ユーリだった。頭を抱えて地面にうずくまる。


「ユーリ!」


 駆け寄る常一郎。暁が叫ぶ。


「精神干渉だ!SP6が近くに居るぞ!構えろ!」


 確かに春彦も胸がざわついていた。これはSP6に接近した時の反応だ。

 この辺りは住宅地が広がっている。もしこんなところで悪虚と交戦すれば、一般人への被害は免れない。


(SP6はどこにいるんだ!?)


 突如ユーリは立ち上がったかと思うと、どこかへ走り出した。


「また単独行動!?」

「違う、SP6に呼ばれているんだ!」

「え!」

「ユーリを追いかけろ!」


 民家の屋根を越え、雑居ビルの間を抜け、どこかに向かってまっしぐら走っていく。


「どうしてユーリちゃんだけが呼ばれるんですか」

「SP6は前々からユーリを狙っている節があった。一度に干渉せず、徐々に影響を与えていたのかもしれない。そうして精神干渉の反発を抑え込んだんだ」

「つまりユーリはもうSP6の命令下にあるということか」

「奴は独立型だ。何を目的としているかは分からないが、人の弱みに突け込む性悪だということは心得ておけ」


 春彦と朔は言葉を失った。ユーリは常一郎に対して罪悪感を抱いている。SP6はその心の弱みに目をつけたのだ。二人はそれ以上何も言わなかったが、静かに闘志を燃やしていた。


 路地を抜け、ユーリは唐突に立ち止まった。たどり着いたのは都立図書館だった。ガラス張りの建物の壁面に、SP6が張り付いている。そして触手に捕らえられた女性の姿があった。


「居たぞ!」


 するとSP6はユーリの姿を捉えるや否や、無造作に女性を地面へと投げつけた。日置と高野が走り、日置が女子高生を抱き止め保護すると、すぐさま高野が怪我の程度を確かめる。高野は治療補助員の資格も持ち合わせていた。


「大丈夫、気を失っているだけ」

「霊力欠乏症じゃないのか?」

「霊力量は問題ない」


 それは携帯用霊力測定器の数値が証明していた。

 春彦は理解が追い付かなかった。誰もが、彼女は霊力欠乏症になると思っていた。


「どういうことだ、あのSP6は意味も無くあの子を捕えていたのか?」

「もしかしたらユーリを誘き出す為の道具に過ぎなかったのかもしれない。SP6は追いかけてくるのが毎回俺達だと認識していたはずだ。だとしたら精神干渉の植え付けた種が実るのを待ち、実った頃に人質を取って姿を見せれば、自然と俺達を誘きだせる」

「それが真実ならとんでもない知能を持ち合わせているぞ」


 霊力を吸収せず、釣り餌のように利用し、特定の人間だけを狙う。それは明らかに普通の悪虚とは異なる性質で、そして悪虚本体には何の利益もない。ただ個として生きる。これが独立型の悪虚なのだ。


 ユーリはふらふらした足取りで悪虚へと近付いていく。するとユーリを凄まじいスピードで追い抜き、殺気をまとって悪虚へと向かった人物が居た。


「朔!」


 朔は刀を構え、SP6へと飛びかかる。しかし朔をさらりと避け壁から離れる。


「逃がさない!」


 くるりくるりと独特な動きで朔の攻撃をかわし、いつの間にかユーリの間近に迫っていた。ユーリの目には光がなく、逃げようとする素振りは見られない。


 しかしそこへ常一郎と暁が立ちはだかった。伸ばされた触手を次々に切断していく。ユーリが単独先行した時とは違う意味で入り込む隙がない。春彦はどうしていいか分からず立ち尽くしていた。


「すごい連携だ」

「今はここで待機した方がいいね」


 春彦の隣へ戻ってきた朔が感情を圧し殺した声で呟く。彼女の心の中は悪虚への憎悪で埋め尽くされているのだろう。今にも人を殺しそうな顔をしている。


 暁と常一郎は強かった。それでも二人の動きはいつもより鈍い。SP6に近付くと意識を正常に保つことすら難しいほど心を乱されるからだ。それは今までの戦いの比ではなかった。


 そして予想外のことが起こった。ユーリが自ら二人の間をすり抜け、SP6へ近付いたのだ。


「ユーリ!!」


 常一郎はユーリの腕を掴もうとするが、その手は空を切った。するすると伸びた触手がユーリの首や手足に絡み付くと、また全員に耳鳴りがして、そしてユーリは意識を失った。


「まずい、精神を乱されている!」


 常一郎が飛び出そうとするのを暁が押さえこむ。


「離せ暁!離してくれ!」

「精神干渉中の悪虚に迂闊に近付くのは危険だ!ユーリが正気に戻れなくなるぞ!」


 女子高生を医療班に引き渡して戻ってきた高野と日置は目の前の光景に唖然とした。


「日置くん!ユーリちゃんが!」


 あわてふためく高野に、日置はため息をついた。






(ああ、本当に、五係はろくな部署じゃない)


 日置は異動が決まって、その係では自分が一番年長だと知った。とはいえ自分が係長(リーダー)ではないことは重々承知していた。同じ係にあの菅井兄妹も名を連ねていたからだ。今まで一緒の係ではなかったが、二人の優秀さは耳にしていた。少し気がかりだったのは高野唯という元アイドルが紛れ込んでいたことだが、彼女は治療補助員の資格がある。この係なら十分やっていける、自分の出世街道も開かれたと思っていた。


 しかしいざ配属されると五係はむちゃくちゃだった。リーダーは『仮決め』でしかも療養開け。命令を無視して暴走する妹。いつもへらへらして何もしようとしないアイドル崩れ。配置換えで浮かれていた過去の自分に腹が立った。もしや上層部は自分は辞めさせられようとしているのではないかとすら考えた。


 今日の昼間、第一課長へ抗議に行った。あの人は優しいから話は聞いて貰えた。しかしそれだけだった。一課長はただ「頑張って」と言って日置を帰した。


 日置は自分が何の為にここに居るのか分からなかった。


 SP6に捕らわれたユーリを眺めていると、高野に肩の服を掴まれた。


「日置くんしっかりしてよ、あなた年上じゃない」

「俺もお前も組織から邪魔者扱いされてるんだ。だから五係なんかに配属されたんだ」

「そんなことない!私達だからあの子達を任されたんだよ!後輩を守ってあげるのが先輩の役目でしょう」

「何でも守ればいいってものじゃない。その価値があの二人にあるのか」


 自分はなんて薄情なんだと日置は自嘲気味に笑う。すると高野は怒るでも悲しむでもなく、満面の笑みでウインクした。


「大丈夫、私人を見る目はあるんだよ」


 それを見て日置は深くため息をついた。アイドルというのは妙に人を惹き付ける。根拠も無いのに納得してしまう自分に腹が立つほどに。


 日置は意を決して常一郎に駆け寄った。


「リーダー、一つ策があります」

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