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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
3章 清算
20/63

20 傷痕

 三課のオフィスに戻るとクーラーが効いていた。いつも暁が設定温度を下げるので少し寒すぎるくらいだった。そして暁が目を離した隙に、菜緒子がそっと設定温度を上げる。


 暁はジッポでタバコに火をつけた。


「常一郎とユーリは三歳差で、どっちも俺の同期だ」

「兄はともかく、なんで三歳差の妹も同期なんだよ」

「ユーリが中卒加入だからよ。この組織では学歴より戦闘員歴が優先されるわ。でも女は二十五歳で強制異動されるから、どうしても戦闘員歴が限られる」


 確かに高校を入学しないことで、三年も戦闘員歴を伸ばすことが出来る。


「それで中卒で加入して、少しでも戦闘員歴を延ばそうってことか。大した根性だな」


 高校入学を諦めざるを得なかった朔とは事情が異なる。


「本人の意向もあるだろうが、常一郎とユーリの両親は委員会の職員だ。この組織の内情に精通している。何が出世の材料になるかよく分かっている」

「ふーん。で、あの二人はなんであんなに仲が悪いんだ?」

「元々はそうでもなかったんだよ」


 パソコンをログアウトさせ、振り返った朔は複雑そうに笑っていた。


「そういや朔ちゃんは八係の時にユーリとチームメイトだったな」

「あの時のユーリちゃんは、お兄さんのことをすごく慕ってました。よく二人で寮に帰ってましたし」


 しかし先ほどのユーリを思い出しても、常一郎を慕っているようにはまるで見えなかった。やはり二人の間に何かあったのか。それにしても二人の不仲さが五係のチーム不和に繋がり、三課へ当たり散らされるのは迷惑千万だ。


 朔は学校の革カバンを掴み立ち上がった。


「菜緒子さん、私今日は先に上がってもいいですか?」


 菜緒子は腕輪型の端末をタッチし時間を確かめる。


「ええ、就業時間は過ぎているから問題ないわ。お疲れ様」

「お疲れ様です。春彦くん、先行くね」

「ああ」


 急いで帰る朔の背中を見送る。いつも朔は、春彦の帰りがどれだけ遅くても一緒に帰っていたのだが、今日は珍しく先に帰ってしまった。そういう日もあるだろうと思って特に気にしなかったが、それからしばらくの間、朔はいそいそと退勤し、そして春彦より遅く寮に戻る日が続いた。






 一週間後、いまだ精神干渉系の悪虚を殲滅出来ず、五係の応援要請の通り追跡していた。

 三課は約二十メートルほどの距離を空けながら悪虚を尾行する。悪虚はただフラフラと浮遊し、あてもなく彷徨っているようだった。


「ここまで近付いても俺達に見向きもしないなんて。俺の霊力にも反応していないのか?」


 春彦は朔に尋ねる。


「精神干渉系は独立型なんだよ。独立型は霊力吸収意外を目的としてるから、春彦くんが延珠から放出する霊力には興味が無いのかも」

「とはいえ、()には興味があるんだろうな。悪虚が人間の精神に取り憑こうなんて、頭おかしいだろ」


 いまだにこの悪虚の精神干渉というものがどういったのもか春彦には分からなかった。確かに接近すれば胸の内がかき回されるような不快感は感じる。だが、それは感覚の問題であって、気持ちを左右されるようなものではない。


 朔と暁は精神干渉を受けたことがないそうだが、精神干渉を受けた戦闘員は病んでしまうことも少なくないという。


「攻撃は仕掛けないのか?」


 暁は首を横に振る。


「仕掛けない。あくまで俺達三課への応援要請は発見報告と追跡のみ。攻撃も基本的に自己防衛にのみ。精神干渉系はヘタに触れば、二度と正気に戻れなくなっちまう」


 すると突然、悪虚が速度を上げ動き出す。それは明確にどこかへ向かっていた。逃げられないように、春彦達も速度を上げて追跡する。


「どうしたんだ」


 暁は興味深げに目を細める。


標的(えさ)を見つけたか。よし、春彦、この距離を保ったまま一発かましてやれ」

「いいのか?」

「逃亡を阻止しようとした攻撃でうっかり殲滅したって問題は無いだろう」


(完全にそのつもりじゃないか)


 春彦はそっと刀を抜いた。


「お前も大概だな」


 そして次の瞬間塀を駆け上がり、春彦は刀を振りかざす。延珠から火の鳥が繰り出され、悪虚へと直行する。しかしあんなにも霊力に無頓着で、春彦の霊力量に影響されなかった悪虚が、振り返りもせずに火の鳥を急降下でかわした。


「えっ」


 まるで尾に目でも付いているかのような身のこなしだ。鈍感というわけではないらしい。


「おいおい、春彦~」

「仕方ないだろ!急降下したんだから!」


 悪虚の行く手を阻んだのは武装した五係だった。


「私が行く!」

「ユーリ!」


 相変わらずユーリが独断先行する。常一郎もフォローに入るが、五係の残り二人は地上に取り残される。動かないのではなく、どうしたらいいか図りかねているようだった。


 ユーリは伸ばされる触手を切断しながら、軽やかに悪虚本体へとたどり着き、やがてその背中に乗ると頭部を一突きしようとする。しかし何が起こったのか、ユーリは突然頭を抑えると握った刀を落としてしまう。


「!」


 その場に居た誰もが息を飲む。しかし常一郎がすぐさまフォローに入った。常一郎が指示を出す。五係の日置俊介と高野唯に悪虚を引き付けさせ、地上に落下しそうになるユーリを回収した。


「大丈夫かな」


 朔の声が震えている。


「あ、立ち上がったぞ」


 ユーリは何事もなかったかのように立ち上がって、仲間の手を振り払った。その様子を見ていた暁は煙混じりのため息をついた。


「五係は発足してまだ三ヶ月だ。ユーリと常一郎は兄妹だから今までの経験か何かでなんとかフォロー出来るが、他人はそうはいかない。中途半端に介入すれば同士討ちになる。常一郎も、ユーリが勝手に動けば指示も出しづらい。その結果あれだ」

「手柄を一人占めしたいのか?。とは言え戦績はチーム単位で蓄積されるし、それならチームワークを活用した方がよっぽど楽に殲滅出来ると思うけど」

「そうだな……」


 その後悪虚は姿を消した。また取り逃がしたのだ。その上今回はユーリを救出する際に、常一郎が足を負傷する。かすり傷程度ではあるが、流血量が多い。

 流れる血を見てユーリが微動だにしなくなったのを、春彦は背後から見ていた。


「ユーリ、大丈夫か?」


 声をかける常一郎にユーリはハッとした様子で声を荒げた。


「何で庇ったのよ!」

「僕は何ともないよ。それよりユーリも検査をーーー」

「また単独先行した上に取り逃がしただと!やってられるか!」


 そこへ逃れる悪虚の追跡から戻った日置が、怒りながらユーリに近付いた。


「兄妹喧嘩ならよそでやってくれ!こっちは命がかかってるんだよ!」

「喧嘩なんかしてないわよ。それに自分の命が大事ならこんな仕事辞めればいいじゃない」

「ユーリ!」


 挑発するユーリに、日置は顔を真っ赤にして身を翻した。


「日置くんどこに行くの!」


 呼び止める唯に、日置は振り返らず返事をする。


「本部に戻る!第一課長に直訴してやる!いくらユーリの方が戦闘能力が高いからって、振り回されるこっちの身にもなれ!」

「日置くん!」


 止めに行こうとする常一郎を唯が押し留める。


「リーダー、今はあなたの手当てを」


 するとユーリは、手当てされる常一郎を置いてその場を離れる。


「八係に配属されたユーリと、七係に配属された常一郎だが、戦績ではユーリが圧倒的だった。だから五係の新体制が発足した時、ユーリがリーダー確実だと噂されていた」

「でもあれじゃあリーダーは無理だろ」

「上もそう判断したんだろうね」


 そう答えたのは朔だった。


「でもそれにしたって今のユーリちゃんは、らしくない」

「ユーリちゃん?」


 ふと、春彦の横を通りすがろうとするユーリを引き留める。


「おい」

「何?」


 ユーリは不愉快そうに春彦を睨む。しかしその顔色はひどく青白かった。


「顔色悪いけど、大丈夫か」

「……仕留めるならしっかり仕留めなさいよ」

「え?」


 ユーリは春彦に指さす。


「悪虚のことよ。そんなに大層な刀を持っておきながら傷一つ付けられないなんて!私はあなたのことなんて、認めないわよ!」


 そう言い残してユーリは風のように去ってしまった。そして取り残された春彦はポカンと口を開けて立ち尽くしていた。心配しただけのに、勝手に認めない宣言をされてしまった。

 暁は不思議そうに首をかしげる。


「何であんなに怒ってんだ?お前ユーリに喧嘩でも売ったのか?」

「何もしてないよ!」






 その日も本部に戻るや否や、朔は素早く荷物をまとめていた。


「ではお先します!」

「お疲れ様ー」

「あ、春彦くん。明日の英語のテスト、文法から八割出すって委員長が言ってたよ」

「何で委員長はそんなこと知ってるんだよ」

「廊下で他の先生との会話を盗み聞きしたらしいよ」

「それは確実だな。サンキュ」

「じゃあお先」


 菜緒子も手を振って見送り、すぐさま春彦を見やった。


「最近別々に帰るのね。彼氏でもできたのかしら」

「俺に聞かれても」


 暁が指を鳴らしてドアを指さした。


「よし春彦、調べてこい」

「嫌だよ。トレーニングルームで居残りしてるって言ってたぞ」

「でも彼氏と一緒かもしれないじゃない!」

「そうだとして何の問題があるんだよ」

「お前も一緒に行ったらどうだ?」

「嫌だよ!ほんとに彼氏居たら気まずいだろ!それに俺は勉強が忙しいから」


 すると菜緒子が春彦の参考書を奪って閉じる。


「勉強を言い訳にしない!」


 そして暁は荷物を押し付け、春彦を廊下へと追いやる。


「学生は無理してでも色んなことに挑戦しろ!」

「それっぽい理屈並べて、俺に朔の彼氏調査させようとすんな!」


 見事な連携プレーで無理やりオフィスから追い出された春彦。そして暁はあるものを春彦へと放った。


「これ朔ちゃんに届けてくれ」


 それは本部が貸与している朔の通信端末だ。さすがにこれを出されると嫌とは言えない。


「ったく、忘れ物すんなよ」


(いや、朔がこんな忘れ物なんてしたことあったか?……まさかな)


 エレベーターが混んでいたので、春彦は非常階段で降りてトレーニングルームに向かった。ただ端末を届けるだけ。やましい気持ちはないと自分に暗示をかけながら歩く。節電の為廊下は薄暗かったが、トレーニングルームの窓から明かりが差している。すると二人の人影が見える。


「本当にあのフヌケのどこがすごいの?」

「フヌケ?」

「神崎春彦よ」


 春彦は自分の話をされていると知り驚き、思わず影に隠れる。今話していたのは朔とユーリだった。トレーニングウェアを着てマットの上でくつろいでいる。


(あの二人仲良かったのか)


 任務中は言葉すら交わさない二人。しかし以前同じ八係に居たと言っていた。こうして交流はあったらしい。


「朔は春彦に期待してるみたいだけど、正直買いかぶり過ぎだと思うわ。まだ動きに迷いがあるし、何か頭固そうだし。今までの戦績も延珠安綱のお陰じゃないの?かといって使いこなせている感じもしないし」


(悪口のオンパレードだな!なんであまり話したことのない人にここまで言われなきゃならないんだ!)


 心の中で憤慨する。しかし朔は微笑んだ。


「確かにまだ伸びしろはいっぱいあると思う。でもね、春彦くんのお陰で今の私があるから。それに、春彦くんは私のこと助けに来てくれたから。私はそれが嬉しかったの」


(……本当に、買いかぶり過ぎだな)


 春彦は苦笑し、端末は後で渡しに来るつもりで一度オフィスに戻ろうとしたが、意外な事実が聞こえてきた。


「ユーリちゃんだって、常一郎さんの為にわざと悪い子のふりをしてるんでしょ?」


「えっ」と声をあげそうになったのを、突然誰かに口を塞がれ、春彦は目を見開いた。


「ん?」

「どうしたの?」

「何か物音がした気がして」


 ユーリが廊下を覗こうとすると、鳥の囀りがした。窓辺に鳥がとまって鳴いているのだ。今日は雨模様なので雨宿りしていた。


「鳥だったんだね」

「こんな高層階に珍しいわね」


 一方春彦は間一髪盗み聞きをバレずに済む。しかし自分の口を塞いできた手の主に目を丸くしていた。


(菅井常一郎!?)


 常一郎は申し訳なさそうな顔で、細長い人差し指を立て、静かにとジェスチャーする。

 再び朔とユーリの会話が聞こえてくる。


「常一郎さん、霊力治療ですぐに回復して良かったね」

「うん。高野先輩は医療班適正もあるから。本当によかった。でも……」


 ユーリは息苦しそうにして膝に顔を埋めた。


「また私のせいで兄さんの評価が下がったらどうしよう……」


 朔はユーリをそっと抱き締めた。


 春彦は常一郎に促され、トレーニングルームから離れると、同じ階にあるテラスに出る。ベンチは雨に濡れていたので、屋根の下に留まった。


「悪いね、時間取らせて」

「いや。それよりユーリを置いてきてよかったのか」

「いいんだ。僕を見ると余計取り乱すから」

「……」


 言葉が出ない春彦に、常一郎は微笑む。


「君にはちゃんと話しておこうと思って。ユーリがどうしてあんな風に無茶をするのか」


 ザァッと雨足が強まる。


「五係が発足したのは今年の二月だった。最初にリーダー、つまり二係係長として候補に上がっていたのは僕だった。でも、僕は異動の直前で任務中に左腕に大怪我を負ったんだ。霊力治療でも動くのが奇跡と言われるほどの怪我だった」

「運が良かったんだな」

「僕もそう思う。僕は()()だった。でもその怪我を受けて、上層部は僕への評価を下げた。そしてユーリを係長にする案が出た。最年少記録だと言われた。それからだ、ユーリが命令に従わなかったり、単独先行をするようになった。明らかに劣等生を演じている」


 常一郎が腕を屋根の下から伸ばす。雨で白いワイシャツが濡れ、腕の痛々しい傷跡が透けて見えた。春彦は息をのむ。まるで腕自体がひび割れているような赤い筋が広がっている。


「これは僕の罪なんだ。……本当はね、上層部はとっくの昔に僕を見限っていたんだよ。暁達と違って、僕は劣等生だった。この傷跡が何よりの証拠だよ」

「どうして俺に話した。アンタは俺にどうして欲しいんだ」

「何も望まないよ。ただ、もし僕に何かあれば、それは僕達五係の責任であって、決して君達の責任ではない。それを伝えたかったんだ」


 傷痕を眺める常一郎の目は冷たかった。ふと、常一郎の言葉に既視感を覚えた。


「アンタ、どことなく暁に似ているよ」


 すると常一郎は意表を突かれたようで、目を丸くして春彦を見つめた。


「いや、アイツと僕は似てないと思うけど。ちなみにどのあたりが似てる?」

「無駄に責任を抱え込むところ」


 春彦は常一郎に向き直る。


「さっきの言葉訂正する。アンタはその怪我を負ったのは不幸だった。だからそれ以上自分を不幸にするようなことを考えるな。その怪我は誰の罪でもないし、ユーリだって、この組織で生き抜くには今の自由奔放なスタイルの方が生きていきやすいかもしれない」

「自由奔放なスタイル……スタイルなのか?」


 常一郎は首を捻る。


「でも君は、ユーリがこのまま嫌われていっても良いっていうのか?」

「少なくともユーリがそう望んだことだ。誰も強要してない。だからウダウダ自分を責め立てる前に、ちゃんと妹と向き合えよ」


 常一郎はしばらく黙った後「そうだね」と呟き苦笑した。


「ちゃんと話し合ってみるよ。きっと、僕達には対話が足りていなかったんだ」


 少し雨足が弱まって、生暖かい風が頬を撫でる。

 不意に常一郎はクックッと抑えるように笑いだした。


「でもそうか、春彦くんにとって僕は暁みたいに見えているのか。アイツも変わったんだな」

「え?」


 常一郎は春彦の手をぎゅっと握った。


「ありがとう。君と話せてよかった」


 しかし常一郎とユーリが話し合う前に、悪虚の出現の連絡があり、三課と五係は出動することとなった。




 ※※※

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