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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
1章 加入
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2 殲滅委員会

 春彦は柄を握って鞘から引き抜くと、その刀身の鋼があらわになる。サビひとつなく、美しい曲線を描き、素人でも感嘆するほどの逸品。だがどこか恐ろしさを感じさせるのは何故だろうか。


 刀を鞘に戻して、鞘ごと地面から引き抜いた。


「警察にでも届けるか」


 刀を持ってその場を離れようとした時、不意に視界の隅で何か動いた。ロープ、のように見えたが、振り返ると鼻先にその何かが当たった。藍鉄色の触手、その先には巨大な化け物が居た。それを見た瞬間全身が泡立つ。


「うわぁぁぁあ!!」


 慌てて距離をとる。化け物は古代の海に住むアノマロカリスに似た姿をして宙を浮いている。全長三メートルある体躯に、実際のアノマロカリスには存在しない藍鉄色の無数の触手を円形の口から伸ばして、徐々に春彦に近付いてくる。まるでそこが海の中であるように左右のヒレを動かし、悠々と泳いでいる。そしてじわじわと春彦を追い詰める。


 思わず後ずさった時、ある違和感に気付いた。


(手が動かない!)


 柄と鞘を握る手が離れないのだ。離そうとしても吸着されているような感覚で、引っ張ってもビクともしない。


「どうなってるんだよ!」


 苛立ちと恐怖が込み上げる。刀に両手を取られて上手く動けなかった。逃げようとすると触手が前方を塞いでいつの間にか壁側へと誘導され追い詰められた。もう逃げることが出来ない。


 春彦は足をもつれさせ尻もちをついてしまう。冷たい汗をかく。


(俺はこのまま死ぬのか)


 不意に頭をよぎったのは、庭の花に水をやる母の姿だった。母は春彦に気付いて微笑む。


「母さん…」


 その時、突如上空から降って現れた少女が化け物の触手を一刀両断する。そして体を回転させ、化け物の頭部に刀を突き刺した。


 すると浮遊していた化け物は地面に崩れ落ち、やがてチリとなって地面に消えていった。


(今何が起こったんだ!?)


 化け物の消滅を見届けて、刀を腰の鞘に戻した少女はくるりと振り返ってこちらを見た。そして勢いよく春彦の両肩を掴む。


「大丈夫!?」


 先程までの眼光の鋭さは消え、打って変わって少女の目はとてもきらきらとしていて、まるで星空のようだった。


 彼女はごく普通の少女だった。とても刀を奮っていたとは思えない小柄な体格。髪をハーフツインテールにしていて、髪の裾にはウェーブがかっている。そしてパンクロックなファッションに身を包み、腰には刀を携えるホルダーがある。


 春彦が返事をしようとすると、その前に少女は春彦の手にしている刀見て驚愕した。


「その刀をどこで!」

「これは家の庭に落ちてきて」

「今すぐ離して!」


 悲鳴のような声で肩を揺さぶられる。窃盗罪と言いかねないような形相だ。だが、依然問題は解決してない。


「これお前のだったのか。悪いんだけど刀から手が離れないんだ、これどうしたらいい?言っとくけどこれ勝手に空から落ちてきたんだからな───って、ちょ力強!」


 ようやく答えが得られると思ったが、彼女の顔はみるみる青ざめ、話してる途中で春彦の腕を掴んだ。とても小柄な少女のものとは思えない腕力で引っ張って起こされた。


「立って!走って!」

「はぁ!?急に何なんだよ!?」

「私は朔!宇化乃朔!いいから走って!その刀を持ってたら死んじゃうよ!」

「死ぬ!?」


 全然振りほどけない。朔は、刀を握ったままの春彦を引っ張って家の外に出た。


「こちらシリウスツーよりシリウスワンへ、目標を発見、一般人の手から離れない為、一緒に現在芯兎区北側へ向かっています。え、北がどっちかですか!?ええと、大きな家があって、いや全部大きい家なんですけど、って、ちょっと!コンビニの音するんですけど!何してるんですか!」


 勝手に走り出したかと思えば、次は誰かと連絡を取り始めた。そこで春彦はピンと来た。もしかして自分は何か事件に巻き込まれているのではないか、となると色々と辻褄が合う。


「おい!」


 春彦は全身の力を使ってブレーキをかける。朔が驚いて振り向く。


「どうしたの?」

「お前新手の詐欺犯だな」

「私が!?なんで!?」

「こういう詐欺があるって見た事ある。それでこっからぼったくりバーにでも連れ込む気だろ」

「えぇ!?そんなことしないよ!どうしてそう思うの」

「俺の腕を掴むお前の力が強すぎるからだ。結構本気で痛いんだが」

「あ、ごめん」


 パッと手を離される。本当は自分の腕をさすりたいが、両手が塞がっていて出来なかった。


「でも急がないと…ちょっと待って、また通信だ」


 朔が耳元を抑えてキョロキョロと周りを見回す。


「リーダーどこですか!え?そこ反対方向ですよ!」


 ふと春彦はどこから何か嫌な感じがした。


(何だ?)


 辺りを見回すが何も無い。


ーーー来るぞ。


「え?」


 誰かの声が頭の中で響いた。子供のように幼げで、静かな落ち着きのある声。朔のものではない。


 誰、と聞こうとした瞬間、その声は春彦の言葉を遮る。


ーーー上だ。


はっとして上を見上げると、またあの化け物が居て、上空から突進してきた。朔を引っ張って悪虚を避ける。悪虚は地面にぶつかる前に器用に地面に沿って浮遊した。朔が目を見開く。


悪虚おうろ!」


 化け物はやはりアノマロカリスのような姿をしている。先程よりも巨体で、全長が五メートルもあった。


 しかし春彦は、今度は驚かなかった。


「思わず避けたけど、本当はこれホログラムか何かだろ」


 化け物から伸ばされた藍鉄色の触手は、よく見ると先端は丸みを帯びて、うねうねと柔らかそうに動く。軽く跳ね除けてみせるつもりで春彦は手を伸ばした。


「避けて!」


 突如触手は先端を尖らせて硬化し、勢いをつけ春彦目掛けて突進した。咄嗟に朔が刀でいなして軌道の逸れたが、触手は春彦の頬をかすった。


 ほんの一瞬の出来事に何が起こったのか理解が追いつかなかったが、頬に伝う液体に触れ見ると手が赤く染った。


「血、出てるな」


 驚いて一周まわって冷静な声が出た春彦に、朔が怒鳴る。


「当たり前だよ!あれは悪虚(おうろ)、私達の霊力を吸い取る化け物だよ!全部吸われたら死ぬことだってあるんだよ!」


 朔は塀を駆け上がって悪虚に向かって飛びかかった。その脚力や身のこなしは常人ではない。何より彼女の瞳には出会った時のあの眼光の鋭さが煌めいていた。


 刀を振りかざし、化け物の頭部を狙う。しかし触手で邪魔をされ、中々本体にたどりつけない。そして悪虚は無力な春彦を狙うのだ。


 すると朔は作戦を変更したようで、刀を仕舞ってまた春彦の腕を引っ張って走った。


「逃げるよ!」

「なぁ、何なんだよ、悪虚とか霊力とか。さっきから悪い冗談だろ。一般人にドッキリ仕掛けるなんてどこの局だよ」


 走りながら振り返った朔は笑っていなかった。


「いい?これは夢でもドッキリでもないの。現実なんだよ。あなたの頬の傷の痛みがそれを証明してるでしょ?」

「…だよな」


 多分それは今なお後ろを追いかけてくる悪虚に対しての表情なのだが、先程と様子が違い過ぎるので春彦は心臓がドキドキしていた。かなり怖い。


「霊力は、世間一般では認知されていないけど、本当は誰の体にでも多少なりとも保有されてる。だから悪虚は人間を襲うの。霊力を集めるために」

「じゃあどうするんだよ」

「霊力を使って戦う。私が今あなたを引っ張る力も、普通より優れた身体能力も全て霊力のおかげ。でもあなたが今持ってるその刀は持ち主の霊力を吸い取るの。私達職員ですら触るなと言われるほどのいわく付きで、このまま持ってたら確実に死ぬ」


 後ろの悪虚が触手で二人めがけて襲って来た。間一髪で攻撃を避けるが、避けた際に体に回転がかかって転んでしまう。そして空ぶった触手がブロック塀にぶつかり、ブロックが砕け散った。それを見て春彦は青ざめる。当たったら確実に死ぬ。


 相変わらず刀のせいで身動きが取りづらい春彦を、朔が引っ張って起き上がらせる。


(さっきから子供が連れてるぬいぐるみみたいに扱われてる…)


 当の朔には目的地があるようで、右往左往して適当に走っているように見えるが、きちんと一定の方角へと進んでいる。


「じゃあ何で俺は死んでないんだ?そろそろ死ぬのか?」

「……」

「無言かよ。そこは嘘でも大丈夫って言ってくれよ。てか職員て、お前どこの所属なんだよ」

「殲滅委員会」

「え?」

「だから、特定環境殲滅委員会東京本部!」


 朔の左腕に緑の腕章が付けられていて、ニコちゃんマークの下に『殲滅』と書かれてる。まるで知らない組織だった。ニコちゃんマークはロゴなのかゆるキャラなのか分からないが、下の漢字二文字が筆で書かれたような書体なのでどう見ても不穏すぎた。


 そして今度壁から新しく小さな悪虚が現れた。


「おい何でこんなに湧いてくるんだよ!てかこいつら物理攻撃してくるくせに壁すりぬけるのかよ!」

「元々霊体だけど、ある程度霊力を集めると実体を持つの。あの大きさはだとまだ霊力不足で霊体なの。でもおかしいな、普段はこんなに現れないんだけど」


 すると刀を見て朔はハッと気付いた。


「そうか、悪虚はあなたの霊力に寄ってきてるんだ。あなたの霊力が強過ぎるから、刀を握っていても死なないし、悪虚も追いかけてくる。そういう事だったんだ!」


 朔は勝手に合点がいったみたいだが、新しい悪虚が二体増えてとうとう春彦も気が気ではなくなった。サイズは大中小ある。


「おいおい、なんかまた増えたぞ!」

「いいから走って!もうすぐだから!」


 辿り着いたのは河川敷だった。堤防を駆け下り川の手前まで行く。


「おい、ここじゃ隠れられないぞ!」

「悪虚は霊力に寄ってたかるから、隠れても意味ないよ。だから戦う」


(じゃあコイツがあの三体を相手するのか)


 朔は春彦を背後に隠し、めり込むほど地面を強く蹴った。悪虚の触手を踏み台にして高く舞い、悪虚の頭部を一点に突き刺す。中くらいの悪虚はチリとなって地面に消えていった。


 そして一番大きなあの悪虚と交戦中、朔の背後から小さな一体が忍び寄った。


「危ない!」


 春彦は思わず刀を抜いて悪虚に切りかかった。ほぼ反射だった。小さな悪虚が全長一メートルほどであったことや、それほど高くない位置で浮いていたこともあったのかもしれない。ただ体が先に動いた。


 悪虚に触れた刀は、突如発生した炎に一瞬にして包まれ、悪虚は燃え盛る炎に包まれた。何が起こったのか春彦も朔も分からなかった。


「今の何だ…?」


 朔もその光景に意識を取られつつ、最後の一体を仕留めた。すると悪虚は最後の悪あがきに、触手を一本伸ばして春彦に向かってくる。


 唖然としていた春彦は初動が遅れてしまう。


(ヤバい!)


 しかし触手は春彦の目の前で、真っ二つにされた。見知らぬ黒髪の男が刀をバットのように振り、綺麗に真ん中を切って上下に分けた。とんでもない集中力と命中力、そして技術力だった。


 男は刀を肩に担ぎ、疲れた顔でガッツポーズをする。


「よっしゃー、間に合ったぜー」

「リーダー!」

「もー朔ちゃん、単独行動するなって言ったじゃん」

「暁さんが任務中なのに一服するってどこか消えちゃったから、離れ離れになっちゃったんですよ!」

「そうだっけ?」


 とぼけつつ、刀を戻すとタバコにライターで火をつける。今どきは電子タバコが主流なのに、彼が吸っているのは昔からよくある銘柄の紙タバコだった。黒のライダースジャケットと、首元のシルバーネックレスが目についた。


 暁は燃えて消えつつある悪虚を見やって、次に春彦を上から下までジロジロ眺めた。


「これお前がやったのか?」

「いやこれは刀が勝手に───」


 そこまで言うと春彦の視界が急にぐにゃりと歪んだ。手足の力が入らなくなる。そして春彦の意識はそこで途絶えた。



 ***



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