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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
3章 清算
19/63

19 五係

 季節は梅雨に入る。学校の制服も移行し半袖シャツを着用するが、湿気と蒸し暑い空気で肌にへばりつく。春彦はこの過ごしにくい梅雨の期間があまり好きではなかった。


 駅を出ると人々は色とりどりの傘を差して歩んでいく。春彦もカバンから黒の折り畳み傘を取り出そうとすると、前方からよく知る人物が透明のビニール傘を差し、タバコをふかしながら歩いてきた。ここが禁煙地区ということには目を瞑ろう。いつか警察にしょっぴかれるだろうから。


「よー春彦。学校はサボりかー?」

「なんでだよ、今夕方だぞ」


 どう考えても真っ当に登校した後の時間帯だ。


「こんな所でどうしたんだよ。朔は先に行っただろ」

「お前は何してたんだ?」

「授業について先生に質問。学生は特例で出勤時間を変動させられるだろ」


 しかしその分退勤時間を繰り下げられる。学生相手だというのに容赦があるのか無いのか。

 暁は春彦の頭をワシャワシャと撫で回す。


「勉強熱心だなー!よし、先輩がアイスを奢ってやる!」

「いいよ。今腹減ってないし。そろそろ出勤時間だし」


 と言うのは嘘で、本当は甘いものの気分ではないだけ。昼休憩から間食をしていないので、お腹はペコペコだ。でもどうかお腹が鳴りませんようにと心の中で願う。


 すると暁は春彦の肩を組んで、自分の傘の下に入れる。


「学校帰りの学生が腹減ってないわけないだろー。出勤は後で俺が誤魔化してやるから、ラーメン行こーぜ」


 まるで見透かしたように提案を変える。正直このままラーメンに行きたい気持ちは山々だが。


「アンタはもう勤務中だろ」

「休憩休憩。ほらいくぞー。最近この近くに良い店があるんだ」

「そもそもなんでここに居るんだよ」


 春彦が尋ねると、暁がニッと笑う。


「お前を迎えに来てやったんだよ」

「……という大義名分のサボりだろ」

「ハッハッハ!違いない!」


 春彦引きずられながら近くのラーメン屋に入る。昔ながらの醤油ラーメンで、二人は替え玉まで堪能し空腹を満たしたところで、菜緒子から緊急連絡が入った。


『シリウスワン、シリウススリー、お腹いっぱいのとこ悪いけど、近くの五係から応援要請よ』


「バレてるな」

「ほら見ろ」


 二人は菜緒子に言われた地区へと移動し、現場に急行する。そこで先に待っていた朔と合流した。場所は東京都安佐馬(あさま)区。一般住宅街と昔ながらの商店街も地区で、建物が全体的に低い印象だ。


「五係の応援なんて珍しいな」


 そもそも三課に応援要請自体が珍しい。朔が頷く。


「うん。でも殲滅は指示されてないの。五係からは、見つけ次第報告。対象には絶対に近付くなって言われてる」


 暁が眉をひそめる。


「接近禁止の理由は?」

「精神干渉系の悪虚だからです」


 春彦は驚いた。精神干渉系と呼ばれる悪虚の存在は座学から知っていた。そしてそれは独立型に位置する特殊な性質を持つ。


「なるほど。実働部隊の第一課五係が、わざわざ養成機関の三課に応援要請してきたと思ったら。干渉力はどのくらいなんだ?」

「かなり微弱だそうです」

「だとしても普通に考えれば三課はお呼びじゃねーだろ」

「呼ばれた理由は、もしかして俺達が遠距離攻撃出来るからか?」

「そう聞いてる。距離さえ取れたら影響は無いから」

「でも理由はそれだけじゃねーだろうな」


 暁が何か思案する。朔にも何か思い当たる節があるようで、ハッとした表情を見せた。

 突然小型タブレット型の端末から警告音が響く。悪虚の出現アラートだ。端末には自然霊力の周波が変動している様子が見られた。


「近いな」

「リーダー!あそこ!」


 朔の指さす方向を身やると、宙を旋回する三メートルほどの悪虚が居た。特に何をする訳もなく、ただ旋回しているのかと思えば、突然どこかへと向かって行く。


「距離を置いて尾行するぞ」

「「了解」」


 ふと春彦は自分の霊力探知が機能していないことに気付く。


「あの悪虚の気配が分からなかった」

「恐らくあれが独立型悪虚だからだろう。独立型の霊力探知は出来ないと聞いたことがある」


 やがて悪虚は一人の少女へ狙いを定めて速度を上げる。薄手のジャケットにロングスカートの彼女は、背後に忍び寄る悪虚に気付いていない。


「危ない!」


 春彦が暁を追い越して悪虚に近付く。その悪虚に近付くと、いつも悪虚から感じる気配とは違った胸騒ぎがした。


(なんだ、これ!)


 脳しびれるような感覚で、何かに身体の中をぐるくるとかき回されているような気分だった。精神干渉系とはこういうものなのか。


 春彦が飛び出したと同時に少女は振り返る。年は春彦より少し上くらいに見えた。振り返った彼女は臨戦態勢をとり、刀を抜いた。同業者だったらしい。しかし彼女は春彦が飛び出てきたことに驚き、振るった刀の軌道を変えた。


 刀は悪虚の姿を胴体を分断するが、急所ではなかった。さらに体内に蓄積した霊力が高いのかすぐに再生する。


 悪虚は逃げ出して、やがて水の中へと姿をくらませた。少女は橋の上から覗き込むと眉根を寄せる。


「逃げ足が早いわね」


 彼女は羽織っていたジャケットとスカートを脱ぐと、その下からは委員会指定の制服が現れた。どうやら変装していたらしい。春彦が呆然と見ていると、彼女が春彦を見るやいなや胸ぐらに掴みかかった。


「ちょっとあなた!任務の邪魔するなんてどういうつもりなのよ!」

「邪魔?」

「そうよ!あなたが邪魔をしたのよ!」


 すると彼女の細い腕を、暁がそっと掴む。


「囮になるにしても、悪虚には服装の違いなんて分からないだろ。制服着とけよ」

「それはこっちのセリフよ。一瞬一般人が飛び出して来たかと思ったじゃない。あなたの監督不行き届きよ、暁」


 彼女は暁と知り合いらしかった。暁が無言で彼女の腕をポンポンと叩くと、パッと手を離した。


「春彦、コイツは五係の菅井(すがい)ユーリだ。で……」

「ユーリ!」


 そこへ五係の残りのメンバーが駆け寄ってきた。こちらはきちんと制服を着ている。


「ユーリ!大丈夫か!」


 そう声をかけたのは、五係の中で一人だけ首もとにピンバッジを付けた青年だ。それは係長兼リーダーを示すものだ。

 ユーリは心配されたことに礼を言うどころか、むしろ敵意を見せる。


「またアンタが余計なことしたのね!三課に応援要請なんて足手まといにしかならないわよ!」

「でも今手が空いてるのは三課だけだったんだ」

「使えないから手が空いてるのよ!」

「おいユーリ、それは聞き捨てなんねーな」


 暁が間に割り込む。


「少なくとも俺らは真っ当に任務を遂行して、お前はリーダーを無視して単独行動をしてたんだろ。そんなお前に言われるとやかく筋合いはねーよ」


(サボってラーメン食べてた奴にも、とやかく言われたくないだろうな)


 春彦は心の中で呟く。


「だったら何?私の邪魔をしたのは事実でしょ。それに五係の問題に外野は口を出さないで」


 するとリーダーの後ろに控えていた長身の男が反発した。


「余計な口を出してるのはお前だろユーリ」

「ちょっとやめなよ日置くん」


 隣のツインテールの女子が止めるが、日置と呼ばれた男は制止を振り払う。


「リーダーは常一郎(じょういちろう)だ。単独行動したお前こそ余計な口を出すな。リーダーに従え」

「ふんっ、私には私のやり方があるのよ。私は誰にも従わないから!文句があるなら私の殲滅数超えてみなさいよ!」


 そう言ってユーリは壁を蹴って民家の屋根に上がる。


「ユーリ!どこへ行くんだ!」

「定時過ぎてるから帰る!」


 と、一応真っ当な理由を告げると、ユーリはどこかに立ち去った。


日置(ひおき)くん」

「リーダー、俺は一応あなたがリーダーだから従ってる。だがリーダーとしてユーリを従わせられないのであれば、その役目から降りてもらう」


 言うだけ言うと、彼も立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと日置くん!」


 困ったようにツインテールの女子は常一郎に視線を向ける。


「いいよ、高野(たかの)さんももう戻って。お疲れ様」


 高野はためらいがちに頭を下げると、日置の後を追った。

 常一郎は苦笑混じりに暁に向き直る。


「ユーリがごめんね。せっかく来てもらったのに」

「いや。俺も言いすぎた」


 暁は春彦に常一郎を紹介する。


「ユーリの兄貴、菅井常一郎だ。俺の同期でもある」

「五係は今ご覧の状態でね。だから僕の判断で応援をお願いしたんだ」


 常一郎は春彦を上から下まで観察した。


「何?」

「失敬。兵庫でのこと聞いているんだ。まだ加入して二ヶ月ほどなのに、懸賞金付きを討伐するなんてすごいじゃないか」

「いやそれは」


 すると後ろで控えていた朔がニッコニコの笑顔で割り込んだ。


「そうなんです!春彦くんは素質もあって筋も良いんです!三課の期待の星です!」

「朔!恥ずかしいこと言うな!」


 常一郎は笑わず、ただ穏やかな顔で微笑む。


「そうか、宇化乃さんがそこまで言うのなら本当にそうなんだろう。よかったら今回の殲滅、正式に共同任務として受理してくれないか?」

「あの様子だとユーリは承諾しないだろ。良いのか」

「だからこそだよ。正直僕ではリーダーとしてチームが成立していない」


 どこかすでに諦めているような呟きだった。春彦は五係も一枚岩ではないらしいと心中察した。



 ※※※

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