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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
2章 因縁
16/63

16 新しい三課

 三連休初日、戦闘訓練は早朝から始まった。

 宿舎の隣にある演習場を使う。兵庫の方が少し敷地が小さいのでこじんまりとしているが、構造はほぼ同じだった。


 春彦は模造刀ではなく、実戦と同じく延珠を使って行われた。暁いわく、霊力を使いながら戦うのなら、延珠に霊力を注ぎながらの方が体力の消耗具合や攻撃範囲を覚えられると。


「まずは刀を持って攻撃する基礎の動作を覚えろ。あと悪虚の動き方の把握だな」


 シミュレーターを稼働し、悪虚のホログラムを投影する。


「ホログラムは触れられないが、お前が接触したらブザーが鳴る。触れられる前に倒せ。ちなみにこのシミュレーターは悪虚の行動パターンの忠実度が高い。なめてかかるんじゃねーぞ」


 今回は延珠の遠距離攻撃ではなく、刀での近距離攻撃を想定して暁は指導した。

 殲滅委員会では悪虚との戦闘のみ想定する。その為剣道やフェンシングのように、対人の訓練は行わない。なので基本的に動く春彦に対して、暁が横から指示やアドバイスを送る。


「一つの触手に集中し過ぎるな。身体の全方向にアンテナを張って観察しろ」

「そんなこと言っても、向こうは無数に攻撃してくるんだぞ」

「でも普通の悪虚ならそれほど器用に触手全てを動かしていない。偏りを見つければいい」


 暁は実際に自分もフィールドに立ち、攻撃を実演する。悪虚の触手を受けることなく立ち回り、頭部を一突きする。その動きには隙も無駄も無く、完璧な一撃だった。


「ほれ、やってみ」


 午前中はそういったことを延々と繰り返した。最初はブザーが鳴りっぱなしだった春彦も、徐々に動きが変わり、やがて無音のまま悪虚にトドメを刺せるまでになった。


「だー!疲れた!」


 そう叫んで床に転がったのは暁だった。


「そんなに動いてないだろ」

「俺はもう若くねーの」

「今年で二十二だろ」

「二十歳超えたらガクッと何か来ることだけは教えておいてやる」


 そこへタッパーを抱えた朔が小走りにやってきた。


「お疲れ様です!ハチミツレモン作ってきました!」

「マジで!」


 暁は身体をバネのようにして立ち上がる。タッパーの中にレモンの薄切りが敷き詰められ、とろりとした黄金色のハチミツに漬け込まれている。暁と春彦は渡されたピックでレモンをつつき、頬張った。爽やかな柑橘の香りとハチミツの甘味、次いで一気に酸味が口一杯に広がる。春彦は美味しさに目を見張った。


「うまい」

「本当!?」


 暁も頷く。


「本当本当。朔ちゃん料理出来るようになったんだな」

「はい!レモンは菜緒子さんに切って貰いましたけど!」


 レモンを切ってないなら、ただハチミツをかけただけではないか。


「それもはや何もしてない、いてっ!」


 春彦は暁に肘で小突かれる。


「ところで菜緒子は?」

「夕飯の買い出しです」

「あーそうだったな」

「夜は自炊なのか?」


 春彦は首を傾げる。宿舎には食堂があり、事前に頼んでおけば食事を提供して貰える。


「ま、それはお楽しみだな」

「暁さん、春彦くんの特訓はどうでしたか?」

「もう及第点だな。やっぱ素質が段違いだわ。霊力を即座に使いこなした時点で、戦闘員としての基礎が出来上がってるし、体力もアスリート並みだしな」


 意外と素直な賛辞に驚きつつ。


(いや暁の息切れが早いのはタバコのせいじゃないか)


 と春彦は思ったが、今は指導してもらってる立場なので心の中で留めておいた。


「暁はどうしてそんなに戦い慣れているんだ」

「何年かやれば嫌でもこんくらい身に付く」


 そろそろ昼食を取りに行こうと、暁はシミュレーターの電源を落とす。そして喫煙所に行くので先に行ってて欲しいと言った。


 しかし春彦は演習場からまだ動かなかった。


「行かないの?」


 春彦は設置していた記録用のタブレットを手に取った。


「今の内に自分の動きを見ておこうと思ってな。カメラで客観的に見るとよく分かるし。……てか何食べてんだ」


 隣からバリバリと小気味良い音が聞こえた。


「これ?炭酸せんべい。この辺りの名物なんだよ。菜緒子さんから差し入れ。春彦くんも食べる?」

「貰う」


 せんべいをかじりながら、春彦は自分の録画を見る。少し上達したかと自惚れていたが、先ほどの暁の動きを思い返すと、その差は歴然としていた。


「春彦くん動き良くなったね」

「いや暁の動きとは比べものにならない」

「暁さんは別格だもん」

俊敏(しゅんびん)というか、悪虚の動きを読んでるよな」


 すると朔がこっそりと教えてくれる。


「暁さんは元々第一課二係に所属してた実力トップクラスの戦闘員だったんだよ。次期一係エース間違いなしって評判だったの」

「そういえば座学も優秀だったんだよな。でも次期ってことは、実際にはなってないのか?」


 朔の表情が曇る。


「うん。本当は第一課一係に異動する予定だったけど、何故か第三課へ異動に変更されたの。その理由は明らかにされていなくて、そのせいで変な噂も流れてる」

「どんな?」

「一係に異動する為に、成績データを改竄(かいざん)した、とか」


 神妙な面持ちで何を言うかと思えば。まるで根も葉もない噂だと思った。


「そんなことアイツに出来るようには思えないけど」

「うん。それ以前に、暁さんはそんなことをする人じゃないって、私は信じてる」

「分かってるよ。俺も暁がそんな奴とは思わない」


 短い期間だが、一緒に過ごしてきた暁は改竄なんて姑息な真似をする人間ではない。適当に見えて、本当は誰よりも真面目な人間だ。

 春彦の言葉を聞いて朔は微笑む。すると喫煙所から戻ってきた暁が目を丸くした。


「まだここに居たのか。昼飯行くぞ」


 食堂で昼食を終えると、菜緒子の運転で宿舎から移動した。そこは伊尾温泉から車で十分ほどの距離。山丸ごと一つ兵庫支部の所有地で、兵庫支部の管理区画だ。


 山を登る道はアスファルトできちんと整備されており、道を外れると木々が生い茂っており、春彦はどこからか悪虚の気配を感じていた。


 ふと運転席の後ろに乗っていた春彦は、助手席に乗る暁の横顔を窺うとげんなりした顔をしていた。


「お前、この前の東京の管理区画で味を占めやがったな」


 菜緒子はわざとらしくとぼける。


「なんのこと?市街地よりも探す手間が省けるし、何より確実に悪虚を捕捉出来るでしょ。それにここは広い分悪虚が散開してて、遭遇率も高くないから、この前のように連戦にはならないわ」

「人手が足りないって、手が回らないってことだろ」

「そゆこと」


 山の中腹で菜緒子は車を止めた。道は途中鋪装が割れ、穴が空いている箇所があった。ここで激しい戦闘があったことが垣間見える。車ではこれ以上進めなさそうだった。

 観光地のすぐ隣で、まさか人と化け物が交戦しているとは誰も思うまい。


「私は非戦闘員だから、ここまでだけど、近くでは待機してるから何かあれば呼んでね」


 暁、春彦、朔を降ろすと、菜緒子は車で引き返して戻っていった。


「さて朔ちゃん、春彦。ここからは本当の戦いだ。そして東京より危険度も高い。それは理解してるな?」


 暁の顔はいつにもなく真剣だった。春彦と朔は頷く。


「よし。まず春彦、お前が先頭に立て。今回の最たる目的は春彦の実戦経験を伸ばすこと。この辺りは出現数がまだ多くないらしい。だから殲滅数はこだわらない。その都度動きの修正を指示するし、あくまで安全第一だ」

「了解」

「そして朔ちゃんと俺は後方から周囲を警戒し、春彦の討ち洩らしをフォローする。いいな?」

「了解」

「よし、第三課出動するぞ」


 殲滅活動を実施した時間は三時間ほどだった。悪虚殲滅数は十二体。休憩を挟みながらというのもあって、やや少ない数字。

 しかし暁の指示は的確で、実戦に戸惑っていた春彦も後半ではめきめき腕を上げた。シミュレーターでの模擬戦もかなり役立っていた。

 暁は端末で時間を確認して頷く。


「そろそろいいな。少し早いが撤退するぞ」


 呼び出した菜緒子に迎えに来てもらう。菜緒子は陽気な様子でクラクションを鳴らした。


「お疲れ様~!晩御飯の準備出来てるわよ!」

「準備って?」


 車に乗り込む春彦は聞き返した。すると隣に座った朔は満面の笑みを浮かべた。


「今日はバーベキューだよ!」


 四人は宿舎の裏庭へ向かう。そこは自由に使える屋外キッチンで、水道やバーベキューコンロが置かれ、ご丁寧にピザ窯まである。ピザ窯は兵庫支部の職員が趣味で作り足したらしい。


 ふと机の上に置かれた買い物バッグの中にある野菜を見て、暁は眉をひそめる。


「おいなんで野菜の皮剥いてねーんだよ」

「皮の剥けた野菜なんて売ってないわよ」

「準備って買ってきただけかよ!」


 どうやら暁はすでに焼き始めるところまで準備されていると思っていたようだ。菜緒子はニヤリと笑う。


「バーベキューはみんなで料理してこそバーベキューなのよ!さっ、早速始めましょう!役割はくじで決めるわよ!」


 くじの結果、春彦は肉、朔は野菜、菜緒子は魚、暁は炭の準備となる。

 肉は何故か何の処理もされていない固まり肉だったので、ネットで調べた筋の取り方を真似し、食べやすい大きさにカットしていく。そして後は朔の切った野菜と一緒に串に刺していくのだが、春彦は野菜を切る朔を見つめた。


「朔、無茶だ、代わってくれ」

「なんで?私なら大丈夫だよ」

「いや、手つきが悪すぎるし、生まれたての小鹿並みに震えてるぞ。見てるこっちが怖いんだよ、代わってくれ」

「大丈夫だって、さすがにこれくらい私にも出来るから!」


 朔が震える手で包丁を押し込むと、ガンッ!と包丁がまな板にぶつかる音がする。そして一口サイズより小さい形のニンジンがまな板を転がった。こうしての不揃いな野菜が遅々と出来上がっていく。


「キャー!」

「どうした!」


 悲鳴に振り返ると、菜緒子が生魚と格闘していた。鱗取りを持ったまま両手振り上げて不思議な格好で硬直している。苦々しげに呟く。


「私魚触れないの……」

「じゃあなんで買ってきた!?」

「ホイル焼きを作ろうと思って」

「なら切り身を買ってこいよ!なんでサーモン丸々一匹買うんだよ。もう貸せ」


 朔より進んでいない為、春彦は菜緒子からサーモンを奪って鱗を取り、手早く捌いていく。あっという間に切り身にして、余った分は冷凍する。

 菜緒子は春彦の手際の良さに拍手した。


「すごーい」

「このくらい朝飯前だ。てか暁はどこへ行ったんだ。見当たらないけど」


 バーベキューコンロに着火材を入れ点火しているが、炭にはまだ火が入っておらず明らかまだ途中だ。


「煙が染みたから目を洗いに行くって」 

「普段もっと煙にまみれてるだろ!」


 ダメダメすぎる。どうしてこのメンバーでバーベキューをしようなどと意見に至ったのか甚だ疑問だった。


 ようやく戻ってきた暁はタバコの匂いがした。別の煙を浴びて来たらしい。しかも頭には何故かパイロットがするような黒いゴーグルが付けられている。


「いやー、わりーわりー。ゴーグル探してたら時間くったわ」

「思ったより本格的なゴーグルだな」

「戦闘用の委員会支給品だ」

「多分こんなことの為に使うことは想定してないと思うぞ。てか普段あれだけタバコの煙浴びてるのに情けない」

「俺はタバコの煙以外は受付不可なのー」


 暁はようやく本腰をいれて火を起こし始めた。こうして何だかんだありつつも準備は整い、バーベキューはスタートした。コンロの回りには据え置きの机と椅子があり、座ったまま焼いて食べられる。網の上には不揃いな野菜と肉の串、また肉単体で焼き、そして網の端でホイル焼きと焼きおにぎりが出来上がった。


 暁は焼けた肉を春彦と朔の皿に盛り付ける。


「明日も動くんだから、学生はもっと食え」


 暁と菜緒子は成人しているのでアルコールも入る。ハイボール缶三本目辺りで菜緒子の顔を微かに赤らみ、酔いが回ってくる。


「私嬉しいのー!第三課の人員も増えて、やっと本格始動出来る!ようやく目標にも進みだした」


 春彦は眉を上げる。


「菜緒子の目標って何なんだ?」

「悪虚の本体を殲滅すること」


 春彦は驚いて言葉を見つけられなかった。朔はモグモグと肉を頬張り、暁はハイボールに口を付けながら黙って聞いていた。


「今まで何十年、何百年と人は悪虚と戦ってきた。でも根本は解決していない。行き当たりばったりの戦闘を続けても、この先も戦いは続く。私はもっと積極的に立ち向かうべきだと思うの」


 ふと菜緒子は朔の皿が空いたのを見てトングで肉を積む。


「春彦くん、この組織では悪虚から受ける攻撃での他にもダメージを受けることがあるの。何か分かる?」

「いや……」

「心よ」


 燃える炭がパチッと灰を飛ばす。


「殲滅委員会ではいつの間にか、組織というものに心を蝕まれるのよ。殲滅委員会は、その秘匿性から親類縁者を雇用するわ。まあ霊力の保有量は遺伝による影響が大きいから、自然とそうなるのは分かるのよ。でもね、そうなるといつの間にかその組織に根付いた風習みたいなものが、脈々と受け継がれるのよ。だから組織の常識に囚われて、大切なものを見失ってしまう」

「それは北条涼華(ほうじょうすずか)のことか?」


 暁の挙げた名前に菜緒子はゆっくりと頷く。


「ええ。涼華は私の友人だった。私より二歳年上で、高校を卒業してすぐ委員会に加入したから、委員会についていろんなことを知ってた。彼女は戦闘員、私は研究員。立場は違うけどお互い目標に向かって頑張ってた。でもーーー」






『戦闘員を引退!?どうして!』


 突拍子もない話だったし、最初は冗談かと思った。涼華は笑っていた。しかし本気なのだと、菜緒子には分かった。


『あたしはもう二十五歳だから、今後の進退を考えないといけない』

『まだ二十五歳じゃない』

『この組織では女性戦闘員は二十五歳までと相場が決まってるんだ』

『どうして?まだ体力は全然衰えていなくて、今年はキャリアハイって言ってたじゃない。第三課があった頃は訓練期間も長くてそれでよかったかも知れないけど、今は学校を卒業してから訓練を始めるから、あなたみたいに経験を積んだ人は貴重なはずよ』


 今年度の涼華の殲滅成績は目を見張るものだった。それは彼女が今まで必死に努力してきた結果であり、彼女の才能によるものだ。誰もがここまで実力を持ち合わせているわけではない。なのに。


『それでも、()()には抗えないものがあるんだよ。そして委員会の職員である限りは、組織に従うのが運命だ』






 そして涼華はその後、本当に前線を退き、そして委員会すらも辞職してしまった。それは事務職は性に合わないという彼女の意思だった。


「戦うことに全身全霊を捧げて、組織に尽くしてきた彼女を殺したのは紛れもなくこの組織よ。だから組織を変える為に私は第三課を復活させ、組織に新しい風を遠そうと思った。ちょうど悪虚の地上上昇の(きざ)しもあったしね」


 春彦は耳を疑った。


「何万年も地下に隠れ潜んだ悪虚本体が地上へ出てきたのか!」

「ええ。十六年前、その頃の和歌山支部は精鋭集団ではあっても組織の中では下位組織で、機動調査室も存在してなかった。だから対応に遅れが出てかなりの人的損害を被ったわ。そしてその戦いに当時第三課からも人員が投入され、多数の死亡者を出してしまった。組織は学生の死を深く受け止め、第三課は廃止された」


 菜緒子は缶を握る手に力を込める。


「私も学生を最前線に送ることは間違っていると思う。でも今活躍している古参の戦闘員はみんなかつての三課に所属していたのよ。三課の価値はある。

 だから私は新しい三課を作ろうと思った。時間をかけて実力を付け、そして組織の風潮に囚われず、自ら前に進んでいけるような子を育てる。もう涼華のように苦しむ戦闘員は見たくない。

 やがて三課から巣立った戦闘員が、いずれ姿を現す悪虚本体を殲滅した時、今までの仲間の無念を晴らすことが出来る。それが私の夢よ」


 夢を語るというのにその菜緒子の顔は、どこか泣きそうにも見えた。




 ※※※

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