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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
2章 因縁
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15 温泉

 春彦は無事訓練期間を免除され、晴れて三課の戦闘員としての仲間入りを果たした。


 しかし本業は高校生。今日は終日遠足なので、夕方から出勤出来ない。こういう日は委員会への出勤は免除される。とはいえ、自分の勉強時間が減ることに変わりはないので、春彦はそれほど楽しみではなかった。


「高校生にもなって遠足って。しかも来週はテストだってのに」

「まあ今日は金曜日だから、週末の連休頑張ればいいと思うよ」


 春彦は隣の朔を見やった。遠足が始まって五分も経たないのに、すでに売店でウサミミのカチューシャを購入し、スマホで電子パンフレットを見てソワソワしている。


 遠足地は千葉県のウサミンランド。様々なアトラクションやパレードを楽しめるテーマパークだ。


「いつの間にそのカチューシャ買ったんだよ」

「暁さんがおこづかいくれたの!」


 朔はニコニコと嬉しそうに答えた。


(常々甘やかすなアイツは)


 菜緒子もだが、特に暁は朔に甘い傾向がある。

 ふと春彦は、友人が姿を消したことに気付く。


「あれ、山田は?」

「部活の人と回るって」


 春彦は軽くショックを受けた。


「そういやアイツ軽音部だった!まさかこんな時に部活してない余波が来るなんて……」


 春彦は朔同様帰宅部だ。部活をしていないと、こういう時に友達が少ない影響が顕著に出る。


「今から入部してくる?」

「別にいいんだ。どのみち部活してたら、勉強してない恐怖に苛まれそうだから部活に入らなかっただけだし、別にこの学校帰宅部少なくないし」

「春彦くんは相変わらず勉強が好きだねー」


 春彦は渋い顔をして朔を見た。


(よりによってこんな近くにライバルがいたら嫌でも努力するだろ!)


 一応朔が転校してくるまでは春彦が学年成績トップだったのだ。それがたった一日で覆された。朔に恨みは無いが、自分のプライドがそれを許せなかった。

 春彦の視線に気付く朔は小首を傾げた。


「ん?」

「いや、なんでも……」

「よし、それじゃあまずどこに行こっか?ウサミンジェットコースター?ピョンピョンコーヒーカップ?」


 コーヒーカップがピョンピョン跳び跳ねるのはどうなんだと思い立つ、春彦は目を丸くした。


「俺と回るのか?」

「そうだよ」

「お前は他の女子と回ればいいだろ」


 クラスで人気者の朔なら部活をしていなくても引く手あまただ。しかし朔は何も気にした様子ではなく、満面の笑みで春彦の手を取った。


「忘れたの?私達婚約者なんだよ。こういう時に一緒に楽しまないと!さあ行こ!」


 二人が駆けて行く後ろ姿を、物陰から山田が「楽しめよ!」と声援を送っているのは知らない。


 その後二人はジェットコースターに乗り、ポップコーンを買ってイメージキャラクターとのグリーティングを楽しみ、パレードのダンスタイムにも参加した。


 時間はあっという間に過ぎ去った。時刻は夕方六時、集合場所の観光バスに学生達が群がっていた。


「ウサミン可愛かったねー春彦くん!」

「楽しかったかー?春彦くん!」


 朔に便乗して質問してきたのは山田だった。


「まあまあ」

「その格好で言われても説得力無いぞ」


 春彦はウサギ型サングラスをして、手にはぬいぐるみを携えていた。完全にエンジョイした者の姿だ。


「集合ー」


 学年主任と担任が生徒達を集める。


「全四クラス揃ったな。さ、バスに乗り込めー」


 ふと、担任は観光バスに乗り込もうとする春彦を引き留めた。


「おいおい、お前と宇化乃さんは現地解散だろ?」


 春彦は寝耳に水だった。


「は?先生何言ってーーー」

「やっほー春彦くん!」


 駐車場で見覚えのある車から声をかけてきた人物に驚愕した。


「菜緒子!?」


 そして助手席から降りた人物は暁だった。


「迎えに来てやったぞ」

「暁まで!」


 朔は二人の元へに駆け寄る。


「菜緒子さん、暁さん、お土産買ってきました!」

「わー!嬉しい!」

「さっすが朔ちゃん、気が利くー。これから長旅だもんな」


 暁がお土産のクッキー缶を受け取る。


「お前ら何しに来たんだよ」


 状況が飲み込めない春彦に、朔は目をぱちくりさせた。


「あれ?言ってなかったっけ?春彦くん、私達はここから空港へ向かって兵庫へ遠征なんだよ」

「は!?」


 そして菜緒子が付け加える。


「しかも週末は連休!戦闘訓練を積んで存分に戦って、ついでに殲滅ノルマを消化するわよ!」


 春彦はわなわなと震えた。


「だから、連休明けはテストつってんだろー!!」


 春彦の叫びもむなしく車に押し込まれる。そして四人は千葉から飛行機で飛び、兵庫県の伊尾空港へ到着した。そこからはレンタカーで兵庫支部へと移動する。


「すっかり夜になっちゃったわね」

「戦闘許可は明日からだろ。なあ、タバコ吸っていいか」

「これ禁煙車だから吸ったら殺すわよ」


 三ヶ月減給が響いている菜緒子は暁に厳しかった。


「戦闘に許可なんか要るのか?」


 春彦の隣でクッキーを食べていた朔は頷く。


「戦闘員の戦闘許可は支部の管轄ごとに定められていて、例えば私達第三課は東京の外では戦闘出来ないの。だから兵庫で悪虚を殲滅するには、兵庫支部へ事前に戦闘許可申請を出さなきゃならないの」

「兵庫は良いわよー、簡単に許可が下りたわ!」

「ふーん」


 ウキウキの菜緒子だが、春彦はその良さがよく分からなかった。


「他の地区じゃこうはいかない。どこも縄張り意識が強い上に、殲滅対象を狩られてノルマを奪われたくねーからな」

「じゃあなんで兵庫は甘いんだ?」

「それだけ悪虚出現数が多いんだ。ノルマなんて忘れるくらいにな」


 話している内に車は到着した。そこは兵庫支部の所有施設の宿舎だった。職員用の寮とは違うので、人が少なくがらんとしていた。


「こんな宿舎を用意してまでも、むしろ殲滅歓迎ってわけ。ここには大浴場の温泉もあるのよ。委員会の宿舎とはいえ、泉質は観光地の伊尾温泉と同じだから」


 部屋に荷物を置いて、春彦は大浴場に向かった。夕食は空港で済ませていた。

 すると暁がすでに露天風呂に入っていた。春彦も掛け湯をして湯に浸かる。男湯には他に人はおらず、二人だけだった。


「なんだろう、ここの温泉に浸かると不思議な感じがする」

「霊力が回復してるんだ。ここら一帯の温泉は化石性温泉なんだ」

「化石性って、石油なのか?」

「いや、化石みたいに地下で閉じ込められた太古の海水が、マグマで熱せられて湧き出てきた温泉なんだ。だから少ししょっぱいだろ」


 春彦は自分の唇に付いた水滴を舌で舐める。


「本当だ。でもそれって和歌山と同じだよな」

「そうだ。だから兵庫は和歌山の次に悪虚出現数が多い。化石性温泉のような太古の水には自然霊力が高いからな。俺達委員会の職員は霊力保有量の高い人間は、ある程度周りの自然から吸収している面もある。だからこういった自然霊力の高い地域では霊力欠乏症になりづらいし、戦ってもすぐに体力が回復する」

「それなら悪虚も温泉から直接霊力を吸収すればいいんじゃないか?」


 暁は湯を手ですくった。


「悪虚は自然霊力には反応しない。これがどういうことか分かるか?」

「いや……」

「地球上の霊力は()()()()()()()()()()だということだ。そして俺達人間が霊力を吸収すると、別の性質に変換される。守護石同様、悪虚は自分の霊力には気付かない。だから俺達人間の新しい霊力を探して奪うのさ」


 ふと春彦はあることに気付く。


「なあ、でも俺達は霊力が無いと死ぬことだってあるんだよな。地球上の霊力が全て悪虚のものだとして、つまり俺達は悪虚のお陰で生きているのか?」

「……どうだろうな。俺達に霊力が必要なのは確かだが、それが悪虚のお陰とは正直言いづらい。人はある程度自力で霊力を生成出来るし、そもそも悪虚が地球に来なければ俺達は進化の過程で霊力が無くとも生きてこられた可能性だってある」

「進化の過程で?」


 不意に春彦の顔にお湯をかけられた。青筋が浮き出る春彦に暁がニヤニヤと笑う。


「やーい」

「てめー!」


 暁にかけ返すが避けられる。そしてまたかけられる。


「温泉なんかで難しいこと考えんな!」

「うるさい!絶対やり返す!」


 男湯から聞こえてくる喧騒に、女湯でゆったりしていた菜緒子は呆れていた。


「何やってんだか」

「温泉気持ちいいですね~」


 朔はのびをして、温泉を満喫していた。


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