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地殻の魔女  作者: 藤宮ゆず
2章 因縁
11/63

11 延珠安綱

 そこは真っ暗な闇の中で、この先や天井がどこまで続いているのかは分からない。ただ地面だけはしっかりとあって、春彦はその空間に一人立たされていた。


 すると突然地面から小さな炎が芽生えた。炎は花びらが開くように舞い、やがてその中から赤い軍服ロリータを着た金髪の少女が悠然と現れた。見た目は十歳くらいに見える。しかし少女は年に見合わない艶めかしい笑みを浮かべた。


「ようやく会えたな、春彦」


 彼女とは初めて会ったが、その声はよく知ってる。幼げであり、落ち着き払った大人にも聞こえる声。


「延珠安綱」


 春彦は彼女の名前を呼んだ。


「人間は()()()をそう呼ぶ」

「お前女だったのか。しかも子供…」

「これは仮の姿に過ぎん。私には性別も年齢も関係無い。そもそも人ではないからな」

「そうか」


 しかし延珠は気分良さげに、持っているステッキをバトンのように回した。


「お前とはずっと話がしたかった。よくぞこの私を復活させてくれた」


 春彦は言われた意味が分からず首を傾げる。


「お前を助けてやった覚えはないが」


 延珠はステッキで春彦の顎を押し上げた。


「私に霊力を与え、使いこなしてみせた。それだ。私の力は強かろう?」


 見た目の年齢とは違い中身はだいぶ傲然としていると思いつつも、春彦は素直に従った。


「ああ。何度も助けられた」

「そうであろう」


 満足げに笑う延珠はその時だけ、見た目の年相応に見えた。


「それのどこがお前を救ったことになるんだ」

「お前は私が有能だと証明してみせたということだ!ようやった!誉めてつかわすぞ!」


 延珠は喜んだかと思えば、突然表情を消してステッキを握り締める。


「私は非常に霊力を消費するタチでな。それゆえに本体から切り離されたのだ」


 静かな囁きの中には怒りが滲んでいる。彼女のブーツのヒールが地面にめり込む。


「愚かしい。自分は地下に隠れ潜み、分身は人間にむざむざと切り刻まれるだけの無能のくせに!私を蔑み見下した罰を受けさせてやる!」


 彼女の怒りは炎となり、その熱風が春彦の肌をチリチリと焼き付ける。


「お前を切り離した本体って何なんだ。そもそもお前は何者だ?どうして俺にだけ声が聞こえるんだ?」


 延珠は瞳に怒りを込めたまま春彦を見据えた。


「悪虚、と人間は呼ぶ」


 春彦は驚いて目を見開いた。


「……悪虚、だと。見た目が全然違うじゃないか」

「言ったであろう。私の姿は仮そめのものだと。それに本体から切り離された私はすでに独立した意思を持つ。あんな愚鈍な俗物と一緒にするな」


 その言葉だけでも、彼女がいかに悪虚『本体』を憎んでいるのかがよく分かった。しかし彼女の周りの炎が若干緩む。


「私は霊力を求めて地上へと浮上した。だがたどり着く前に力尽き、岩盤の中で化石となり縮こまっていたところ、お前達人間に見つけられた。そして刀へと変容させられた」


 そういえば管理区画で八城が言っていた。延珠安綱はマントル近くの岩盤から見つかったレアメタルから生成されたものだと。まさか悪虚を殲滅する武器が、悪虚自身であるとは思いもしなかった。


「刀になっても私を満足させられるほどの霊力の持ち主は現れず、私の才能もくすぶっておった。そこに現れたのがお前だ。お前には生まれ持った豊富な霊力と戦いのセンスがある。私はお前を気に入ったぞ」

「そりゃどうも」


 意思を持つ延珠は非常に好戦的だ。それは時に春彦が求める以上のものだった。激しく、残忍。自身を捨てた本体への怒りと憎しみ。しかし。


「お前に固有の意志があるのは分かった。だからこそ分からないことがある。お前のその性格だと、俺や委員会の人間に『使われる』ことを黙って受け入れられるとは思えない」

「勿論人間が私を勝手に使役しようとした点は看過出来ん。だがお前が私に霊力を与え、私を私たらしめる続ける限りは不問に処そう。そこまで器の小さい私ではない。奴を殺すこととお前達の目的は一致しているはずだ」

「じゃあもし本体を倒したらーーー」


 春彦の言葉に延珠は声高らかに笑った。


「ハッハッハ!本体を倒したら!?お前はなんて愉快な想像をするんだ!分身程度にあれほどの恐怖を植え付けられたというのに、今なおその本体に勝てると思っているのか!」

「分身?」

「お前の霊力検査の際に、お前に取り憑き霊力を奪っていたあのザコのことだ。地上に居る悪虚は基本的に本体の分身なのだ」

「待て、俺の霊力検査を知っているのか?」


 あの時延珠は近くに居なかった。何故詳細を知っているのか。


「お前の記憶は霊力を通じて私と共有される。……お前は一見世捨て人のように諦観しているようで、実は何も諦めていない往生際の悪い人間だ。そんなお前なら、いつかはあるかもしれんな」

「延珠だってそれを望むんだろ」

「当たり前だ」

「なら教えてくれ。悪虚って一体何なんだ?」

「それは私が教えてやることではない。あの組織に居ればおのずと知れるだろう」


 不意に延珠の姿が二重にダブって見えた。意識が朦朧として、春彦はフラフラとよろめく。延珠は膝を着いた春彦に近付きしゃがむ


「時間切れか。よいよい、今は休め。私に供給する霊力を蓄えねばならんからな。これからも頼むぞ春彦。全ては私の為にな」


 延珠が耳元で囁いたのを最後に、春彦の意識は途絶える。






 カーテンから射し込む朝日で目が覚めた。隙間から木々の青葉が揺れているのが見える。


 ふと枕の傍らに置いてあった刀を掴んだ。委員会から春彦へと貸与された延珠安綱だ。


「夢にまで出てこられたら休めるかよ」


 怨み節を言うと、延珠の小さな笑い声が聞こえた気がした。



 ※※※


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