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魔女と言われて追放されましたが……

作者: 暁海

 大陸中央部に位置する小国。険しい山という天然の城塞に囲まれているが、元々は耕作地に乏しく、貧しい国だった。周辺の大国からすれば、攻める価値もない国であったのが実情だ。

だが、そんな民を憐れんだ神がいた。人々の生活を豊かにするために、自分の力を分けた「聖女」を遣わせた。

「聖女」たちの神聖な力により、土地が豊かになり、余りある実りをもたらすようになった。

それだけではない。土地に魔力が宿ることで、「魔晶石」と呼ばれる、魔道具には欠かせない希少な石が豊富に採掘されるようになり、国は一気に富んだ。

最初の「聖女」の降臨から約300年。国は大陸一栄え、文化の中心になった。


 この国に住む者なら誰もが知る「聖女」は、王室と神殿に認められて、正式に「聖女」として認められる。「聖女」と称されるが、男性であっても聖なる魔力を一定以上保持していれば、「聖女」に認定される。

そして、筆頭聖女に選ばれた者は、王族と婚約を結ぶのが伝統となっていた。それ故に、王族にも頻繁に「聖女」が誕生する。


 現在の筆頭聖女であるユーベル伯爵令嬢アマリアは、「聖女」として平均的な力しか持たないことを自覚している。それでも、彼女は筆頭聖女に選ばれた。理由は簡単だ。精神的に安定しており、思考が合理的。何事にも動じない強さがある。加えて、領地や目立った財産もない官僚貴族とはいえ、伯爵位を持つ家の出身だから王妃にもなれる。実に都合のいい存在だ。

筆頭聖女は、王宮に入る必要がある。王宮にある泉に魔力を込めた祈りを捧げ、国中に張り巡らされた魔力を通す血管たる地脈を通して国を聖なる力で満たすという役割があるからだ。

何故平均的な力しか持たぬアマリアにその役割が果たせるかというと、王宮自体が魔力を増幅する特別な場所であるからに他ならない。むしろ、平均的な力くらいの方が、適度に国を潤すことが出来るのだ。

アマリアは、王太子であるヒースクリフの婚約者として王宮に上がっている。日々の務めが忙しく、王太子と過ごす時間は少ないが、特に困ったことはない。筆頭聖女としての役割を果たすための婚約だと理解しているから、王太子が他の女性を見ていても何も気にならない。


 だが、目の前の事態には流石のアマリアも困惑を隠せなかった。

王太子からの呼び出しに応じてやってきた謁見室には、国王夫妻の他、華やかな美貌の女性が同席していた。

(マリアベル様?)

リーン大公息女マリアベルは聖女の一人だ。直接言葉を交わしたことはないが、そのずば抜けた力はよく知っている。王家の分家筋にあたる大公家の令嬢であり、国一と評判の麗しい容貌をしている。トップクラスの魔力と相まって、神が作り上げた芸術のようだ。

(困ったことにならないと良いのですが……)

最近の王太子が、マリアベルに熱を上げているのはアマリアも承知している。身分、力、美しさ、と天が二物以上を与えた完璧な女性相手では仕方ない。

しかしながら、呼び出しの場に彼女がいることは、不穏な気配しかない。

「アマリア、お前を筆頭聖女から外す」

何を言い出すのか、とアマリアは一瞬眉を吊り上げた。だが、すぐにいつものような無表情に戻す。筆頭聖女に必要なのは、安定した精神だ。何事にも動じないことが何よりも優先される。

「承知いたしました。それでは、後任の筆頭聖女を指名することを、最後の務めとさせていただきます」

筆頭聖女は、先代の指名によって任じられる。退任する際には、次代を指名するのが最後の務めだ。

「何を言い出す?魔女にそのような資格はない」

魔女は、聖女に相対する存在とされている。魔力を持ち、異界と通じて現世にあだなす者。

伝説では、かつて大陸の大半を支配下に置いた古代帝国を一夜にして滅ぼしたと伝わる。ある夜、突然王都周辺の広大な土地が火山噴火とそれに伴う大地の隆起によって山に飲み込まれたのだという。

そこまで強い力を持つ魔女は稀かも知れないが、「魔女」と認定された者は、石をもって追われる。国によっては、いきなり火炙りになることすらある。この国では、流石に火炙りにはならないが、よくて永久国外追放、悪ければ即時処刑される。

「わたくしが、魔女……ですか。王宮と神殿に認められた聖女でございますが。それは、恐れながら殿下も、お分かりではございませんか?」

王太子もまた正式に認められた「聖女」の一人だ。能力的にはアマリアと変わらぬ平均的なものだが、筆頭聖女にはなり得ない。何故なら、野心家だからだ。思考は合理的だが、自分の利を至上とする彼には、国への奉仕を務めとする筆頭聖女の役割は果たせない。

「確かにお前は魔力を持つが、マリアベル大公女の足元にも及ばない。それどころか、お前のせいで、リーン地方では麦が大量に枯れただろう?魔女の仕業でなくて、なんだという?よくも聖女を騙ったな」

「それは……」

作物を実らせ過ぎれば、土地はかえって痩せてしまう。豊かな土地が自らを守るために、実りを一部間引いたのだ。そんなことは、聖女たる王太子も分かっているはずである。

だが、王太子どころか、マリアベルも、国王夫妻も何も言わないということは、何を言っても「魔女」認定は覆らないということだ。

(まさか……)

マリアベルを筆頭聖女にして、新たな婚約者にするのが目的かと思ったが、それだけではないのだろう。

(狙いは、先代筆頭聖女であり、現在の王兄妃でもあるエルマ様?)

エルマには、「魔女」であるアマリアを筆頭聖女に据えた責任がある。

(だから、国王陛下も……)

現国王は、先代国王の後妻の子である。前妻の子である王兄が病身であったために王位を継いだが、実際は、王太后の実家の力で追いやったというのが真相だ。その王兄と婚姻したのが、先代筆頭聖女のエルマだ。

王兄と国王は、不仲である。厳密に言えば、国王が一方的に王兄を嫌っている。それは、王太子も同じだ。王兄の子である従兄弟が優秀なため、次代王へと推す一派がある。

嫌いな王兄の血統に王位を渡したくない国王と、王位につきたい王太子の利害が一致した、ということだろう。

王太子は、王妃の子とされているが、実際は王妃について王宮に上がった侍女の子だというのが公然の秘密である。王太子の生母が、王妃の父親である公爵が外に作った子であることもまた誰もが知る秘密だ。

つまり、王太子は自分の地位がそこまで盤石でないことも理解している。だからこそ、さして財力も権力も持たぬ官僚貴族の娘であるアマリアとの婚姻より、大公家との婚姻を望んでいる。マリアベルは、王女殿下がいない現在、王妃と大公妃に次いで身分の高い女性だ。おまけに、大公家には権力も豊富な資金力もある。

「言い訳は聞かぬ。アマリア・ユーベルを『魔女』と認定し、永久国外追放とする!」

「温情に感謝いたしますわ」

いきなりギロチン送りにされなかっただけ、感謝すべきだろう。「聖女」をあらぬ罪で処刑しては、神罰が下る可能性があるからと思い至ったからかも知れないが。

「そして、リーン大公女マリアベルを筆頭聖女に任命し、新たな私の婚約者に迎える」

「承りました、殿下」

見事なカーテシーを披露するマリアベルは輝くような笑みをこぼした。その瞳は、完全に恋する乙女そのものだ。間違いなく、彼女は王太子に恋している。力に驕ることなく、純粋で真っ直ぐな性格をしているのは素晴らしいと思うが、やはり、筆頭聖女には向かない。彼女は、己を律する鋼鉄の心を持っていない。力の強さよりも、安定して冷静な精神が筆頭聖女にとって一番必要なことなのだ。

「お待ちくださいませ」

謁見室に駆け込んできたのは、先代筆頭聖女であるエルマだ。

「先代筆頭聖女、エルマ。そなたは、魔女を次代筆頭聖女に指名した罪で、一族を国外追放とする」

無礼を咎める必要もないと思ったのか、王太子は冷たく言い放った。

「わたくしは、いくらでも罰を受けます。ですが、次代筆頭聖女は、マリアベル大公女ではなく、別の者になさってくださいませ」

聖女同士はお互いの力を測れるだけでなく、ある程度心の持ちようも分かる。

(やはりエルマ様もお分かりなのね。マリアベル様は、純粋過ぎる)

困惑したようなマリアベルを宥めるように肩を抱く王太子は、その意味を分かっていない。

「魔女を選ぶような聖女もどきの言葉など、耳が汚れるだけだ。それとも、お前も『魔女』なのか?」

ぎくり、とエルマの身体がこわばった。エルマには、病身の夫と息子が二人いる。魔女、とされれば、配偶者や子を問答無用で処刑することも可能だ。

アマリアには、両親と兄がいるから、彼らにも国を出るように伝えた方が無難だろう。財産も領地も持たぬ官僚は、こういう時に身軽だからいい。

「殿下、最後に一つだけよろしいでしょうか」

場の沈黙を破るように、アマリアは声を出した。

「特別に発言を許してやる」

アマリアは丁寧に礼をとってから、真っ直ぐに背筋を伸ばした。

「どうか、マリアベル大公女様をお大事になさってくださいませ」

何があっても裏切ることはなさらないでください、と祈るように言ったが、その言葉は届いたか分からない。


 追い立てられるようにアマリアとエルマは謁見の間を出、城の入り口へと向かう。

「わたくしは家族と共に明日国を出ます」

視線は合わさず、小言で囁くアマリアに、エルマもまた前を向いたままつぶやいた。

「わたくしもです」

二人とも思いは同じだ。

―近しい友人知人にもそれとなく国を出るように促そう。

そう思いながら入り口で別れて、二度と訪わぬ王宮を後にした。




「魔女」アマリアの追放から5年後ー


 アマリアは、美しい湖の畔に立っていた。山々に囲まれ、青空を映した水面には、静かに白い雲が流れている。

「マリアベル様をお大事に、と申しましたのに……」

かつての婚約者である王太子は、野心家だった。利を求めて大公女マリアベルを筆頭聖女に据えて婚約者としたが、より大きな野望を抱いた。それは、海辺の大国を手に入れることだ。

度重なる自然災害や流行病見舞われて弱った国につけ込み、唯一の跡継ぎとなった王女と婚姻し、合法的に国を乗っとろうとした。

「魔女も聖女も同じもの……」

隣にやってきたのはエルマだ。いまでは、とある国の片隅で夫と平穏な暮らしを送っていると聞く。聖女だった経験を活かして、勉学や魔法を子どもたちに教えているらしい。

「だからこそ、国に魔力を込める筆頭聖女に必要なのは、何事にも動じない心。魔力は、増幅装置があればまかなえるから」

元王宮は、かつての古代帝国の神殿跡に建てられていた。古代帝国では、魔力を増幅する技術があり、神殿から地脈を通じて大陸中に魔力を満たしていた。魔力を注いだのは、「魔女」と呼ばれる魔力に優れた者たちだった。

だが、ある時、ずば抜けた魔力を持つ魔女が、精神のバランスを崩したまま魔力を注いだことにより、増幅された魔力が暴走し、一夜にして古代帝国は滅んだ。特に神殿のあった首都周辺は、火山噴火と地殻の隆起によって壊滅的な被害を受けた。魔力を増幅する技術は失われ、大陸中に敷かれた地脈は寸断された。

やがて、大地が落ち着いた頃、かつての首都周辺に「聖女」をいただく国が誕生した。

神が「聖女」を遣わした、というのは、王権の確立のために意図的に流した噂が伝説になったものだ。真の歴史は、歴代の筆頭聖女のみに受け継がれていた。

「マリアベル様は、純粋過ぎた……」

愛した王太子の心が、自分を見ていないことに気づいた時、マリアベルの心は憎しみで染まった。その憎しみを抱いたまま、優れた魔力を増幅装置に注ぎ込んだ結果が、この美しい湖だ。突如湧いた水により、国は一夜にして呑み込まれた。

「どうか、心安らかにお眠りくださいませ」

アマリアとエルマは湖を見渡せる崖の上に並んで、花を投げ込んだ。故国の国花であった白い花である。聖女の象徴とされた純白の花びらが、マリアベルや運命を共にした民たちの心を癒してくれることを静かに祈りながら。



 この大陸の中心にある湖の底には、かつての故郷がある。

年に一度だけ、アマリアはここを訪い、白い花を捧げる。

エルマが来なくなっても、アマリアは息絶えるまで続けるつもりだ。最後の筆頭聖女としての役割を全うすることが、アマリアの生涯なのだから。

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