第九十三話「残した」
(『堕ち夜空』!)
フットワークをほとんどしない志織に対し、紅は左右に揺さぶる戦法に出た。
そうして生んだ隙を『堕ち夜空』などの決め球でしっかり突いていく。
「ワン、スリー」
紅が優勢で進んでいるこの試合。
このまま簡単に進むとは紅自身も思っていなかった。
(皿井さんは明らかに温存してる。こっちがバテたら一気に逆転される)
技を連発する紅のプレイスタイルは体力を消費しやすい。
無駄なラリーは後の自分の首を絞める事になる。
(見極め。闇雲に打つだけじゃ勝てない)
再び紅のサーブ。
速いロングサーブで攻める。
「ふっ!」
半歩右に動き、強烈なフォアハンドで返す。
紅はブロックするが、球威を殺せずアウトになってしまった。
「スリー、ツー」
「皿井さんは方向のスペシャリストと呼ばれていますが、回転だけが取り柄という訳ではありません」
女乃が言った。
「土台にある技術が全て優れている上で、回転方向を極めたんです」
「今みたいな強打にも気をつけないといけないんだね」
志織の反撃は続く。
無駄無く力を伝えて放つ強打。
強烈な回転がかかったドライブ。
ギアを一つ上げた志織の攻撃に、紅は防戦一方だった。
(攻撃型の選手じゃなくてもこれ!やっぱりプロのレベルは高い!早くプロになりたい!)
真珠は得点をカウントしながら心を疼かせていた。
(真珠、何ニヤニヤしてるんだ?)
克磨は向かいの真珠の顔を見て眉を顰める。
紅が連続失点しているのに、真珠はそれほど重大な事だと思っていない。
(大丈夫、焦らなくて良い)
紅はその後も失点を重ねた。
「ファイブ、テン」
五点差で志織のマッチポイント。
しかし紅は取り乱さない。
(やけに落ち着いているな)
志織は、紅がゆっくり呼吸をするのを見てそう評価した。
(まだまだ奥の手を隠しているんだろう。別に良いがね。とりあえずこのゲームは貰っておく)
志織のサーブは順横回転がかかった下回転。
紅はツッツキで短く返す。
それを志織もツッツキで返した。
その際、ラケットを横に素早く動かして横回転を付加する。
(長めに!)
紅は難しい球をあえて長めに返した。
横に曲がる距離の分、ギリギリアウトにはならない。
(よく返した)
称賛と敬意を込め、志織は左後ろへ跳んだ。
しっかりと脚に力を込め、床を踏みしめる。
(『スパイラルドライブ』!)
抉るような横回転をかけつつも、軌道は直線的なドライブ。
紅はバウンド直後の球を受ける。
(く)
しかし、左へ大きく飛ばされてしまう。
「ゲームトゥ皿井さん、ファイブ、イレブン」
一ゲーム目は志織が取った。
互いに奥の手を残した状態で二ゲーム目に入る事となる。
(やっぱり強い。これ以上出し惜しみは出来ないかも)




