第八十八話「針」
「弱い!相手の回転に負けるぞ!」
「はいっ!」
アイサは左右に動かされながら様々な方向に回転をかけていく。
回転のスペシャリストから直々に指導され、真珠、紅、アイサは着実に強くなっていた。
(二十三!)
回転の方向を時計の針に見立て、具体的な数値に変換する。
志織は六十以上に打ち分けられるが、分かりやすくするためにあえて時計になぞらえたのだ。
(八に!)
右下から右上に回転を書き換える。
相手の打球を使って自分の打球を強化する。
普段カットを主体に戦っているアイサはすぐにコツを掴めた。
志織の技術はアイサのプレイスタイルにマッチしている。
「ボールに意識を割き過ぎだ!フットワークを疎かにするな!」
紅の眼はまだ育っていない。
回転を見極める事に集中しようとするとどうしても意識のリソース不足に陥ってしまっていた。
(ノートで見たり、克磨くんに教えられたりするのとは違う。実際に見て、実際に打ち合うのって難しい)
普段、克磨が指導を担っている事により二、三年生は自分の練習に専念出来ている。
しかしその分、生きたボールを打つ機会が減ってしまっていたのだ。
それを志織の指導によって、期間限定とは言え補える。
「あと十二度左だ!」
「たっ!」
紅は文句も弱音も吐かず、ただひたすらに身体と思考を動かす。
差はまだまだ埋まっていない。
地区大会までにまともな戦力になるため、紅は必死に志織の指導に食らいつく。
「はっ!」
「良いぞ!その調子で誤差を修正していけ!」
何度も同じ方向への回転を打ち続け、やっと上手く決まるようになってきた。
(そろそろか)
志織は右脚に視線を落とした。
今日の活動限界が近い。
「十五分まで休憩!」
克磨が指示した。
(ちょうど良い。、、、いや、私の状態を見て判断したのか?)
志織は脚の状態についてほとんど表に出していなかった。
克磨は志織の無自覚の仕草を見逃さなかったのだ。
(ふうん、流石は先輩の子だな)
選手としての才能は無くとも、何も受け継いでいない訳ではなかった。
珠美が柔らかさの中に持っている、本質を見通す鋭さを思い出す。
(早く先輩の元へ帰りたくなってきたな)




