第八十五話「伝説」
「君達の実力は把握した。明日からは本格的に技術を教えていく。良いね?」
全員と一通り打ち終わった志織が言った。
「はいっ!」
真珠は大きな声で返事した。
「時間はまだありそうだな。通常の練習に移ってくれ」
「分っかりましたー。何からやるー克磨くーん」
「そうだな、、、ツッツキからで良いんじゃないか」
臨時の指導者が来ても、基礎的な練習を積み重ねるのは変わらない。
「皿井さん!打ちましょ!」
春呼がやや無遠慮に誘った。
「断る。訳あって私の脚は負荷をかけ続けられない。一日一時間が限界だな」
(そうか、確か引退は右脚の骨折が原因で)
およそ八年前の骨折の後遺症で今も動きが制限されている。
試合中に骨折しつつも、そのまま一ゲームプレイし続けたのは伝説になっている。
その代償は大きかったが。
「そっかー。じゃあ仕方ないな」
「限られた時間を有効活用しなければいけませんね」
練習を終え、それぞれが帰路に就く。
克磨の家は学校から近いため、徒歩で帰宅する。
(母さんが皿井さんと仲が良かったなんて知らなかった。と言うか、母さんもちゃんと慕われてたんだな)
克磨は母である観空珠美の事しか知らなかった。
プロの卓球選手だった天藤珠美の事は試合の映像や記事で見ただけだ。
選手としてのすごさは分かっているつもりだったが、選手時代の生き方は知ろうともしていなかった。
(帰ったら母さんに色々聞いてみるか)
玄関のドアを開け、靴を脱ぎ、廊下を歩く。
「ただいま」
「おかえりなさい」
柔らかな雰囲気の母、珠美はウサギを撫でながら言った。
ウサギの名前はパオで、珠美によく懐いている。
「おかえり克磨君。お邪魔しているよ」
「なっ!?皿井さん!?」
出されていたコーヒーを姿勢を正して飲んでいた志織。
克磨は不意を突かれてしまう。
(そうか、母さんに頼まれたんだからこうなるのもあり得たんだよな。考えてなかった)
「ふふふっ、サプライズ成功ね。克磨くん、志織ちゃんは今日から一週間お泊まりしてくれる事になったのよ」
「先輩のお宅に泊まらせていただくとは、まるで夢のようで今でも信じられません。そういう訳だから、しばらくよろしく頼むよ」
「は、はぁ」
克磨は既に居心地の悪さを感じていた。
(面倒な事になりそうだ)




