第八十四話「回転」
(皿井志織。日本代表にも選ばれた事がある実力者。そんな人に教えてもらえる機会はそうそう無い)
普段コーチとして指導している克磨。
克磨自身も技術や教え方について学べる事は多い。
「まずは全員の実力を見たい。一人ずつ順に見せてもらおう」
志織は少し前まで紅が使っていた貸し出し用のラケットを手に取った。
握り心地を確かめ、台に陣取った。
「じゃあアタシから!」
「あっ、ずるいですよ!」
春呼に先を越された真珠が抗議の声を上げる。
プロと打ち合って実力を見てもらう。
貴重な機会を前に気持ちが逸る。
「本気で得点するつもりで打ってくれ」
「うす!」
春呼はボールを受け取ると、速いロングサーブを志織のフォアに放った。
(今更だけど、この人左利きか!)
当てるようにして返された球に向けて、春呼は全身全霊の力を込める。
「らあぁぁっ!」
そこまで高くない球だったが、ネットにかけずに打ち抜いた。
雷撃のように高速で飛んでいくボールに対し、志織は焦らなかった。
その場から半歩だけ右に動き、バックハンドで打ち返す。
(今のを返すのかよ!なら、もう一発!)
春呼は即座に体勢を立て直し、回り込んで再び強打。
「なっ」
春呼の打球は僅かな差でアウトになってしまった。
「入ると思ったんだけどな、、、」
春呼は首を傾げる。
「真珠には今の違和感、分かりましたか?」
女乃が真珠に尋ねる。
「はい。ラケットの動きと回転の方向が微妙に違いました。だから感覚がズレてアウトになった」
真珠の動体視力をもってしても、ギリギリ分かるかどうかの僅かな違い。
試合中、動きながらではなおさら分からないだろう。
そのような意図的なズラしを志織は春呼の強打を返しながらやってのけた。
「皿井志織の現役時代の異名は、方向のスペシャリスト。回転の方向を自在に操る技巧派です」
紅は息を呑む。
「これが、プロ」
「次は誰だ?」
春呼と何球か打った志織は交代を要求する。
「はいはいっ!白雲真珠!行きます!」
元気良く挙手した真珠。
その眼差しは、本気で元プロ選手を食らうつもりの捕食者のものだった。
「ふっ」
真珠は意識を冷たく研ぎ澄ませる。
サーブには下回転だけでなく、強い横回転もかかっていた。
志織は冷静にツッツく。
(『槍貫』!)
ミドルへの長めの球に対して、後ろに溜めるドライブ。
(なかなかだな。しかし)
志織は一歩下がり、バックハンドに構えたラケットを左に流す。
回転を相殺したのだ。
(『槍貫』を返した!?)
克磨は内心で驚く。
真珠と二人で作り上げた技を初見で攻略されてしまった事に、少なからずショックを受けた。
(終わってない)
真珠は返ってきた球が速くない事を見逃さなかった。
ショックを受ける時間がもったいないとばかりに、真珠の思考は高速回転する。
(真っ直ぐ!)
正面からの強行突破。
強烈なバックハンドが志織のミドルを打ち抜いた。
「なるほど」
志織の口角がほんの少しだけ上がった。
(こちらには後遺症があったとは言え、元プロから見事に得点してみせたか。鍛え甲斐がありそうだ)




