第六十四話「リソース」
「は?」
克磨は女乃のカミングアウトを聞いて思わず重い声を出した。
「さっきまでどんな気持ちで見てたと」
「まぁまぁ、許してあげてよ克磨くーん」
美翠が久しぶりに口を開く。
「女乃ちゃんだってさ、勝つためにやってたんだよ。確実に相手を騙したかったから、仕方なく味方も欺いてたって感じ」
「でも、美翠さん達は知ってたんだな。うっかり言わないように黙ってたって事か」
克磨は女乃のプレイについて考え直す。
女乃はここぞという場面のために演技をしながらプレイしていた。
攻撃的な選手を演じ、フェイントへの警戒を薄れさせる。
最初からそうしなかったのは、プレイスタイルの劇的な変化を二度見せるため。
(こうやって相手を騙して揺さぶるのが得意なのか?)
女乃は克磨にすら得意な戦法を隠し続けていた。
相手に作戦を見破られる可能性を極限まで減らすために、そこまで徹底出来るのだ。
(あれが演技?どこまで?失点もわざと?)
こももは半端に頭が回るせいで、余計な事まで考えてしまっている。
その状態で、女乃のサーブを受ける。
(下回転!)
シンプルな下回転のサーブ。
こももは警戒しながら打つ。
(『地引散下』!)
ボールを打つ瞬間に、ラケットを素早く下げる。
不規則な回転がかけて返球しづらくする技だ。
「あ」
しかし、下回転が想定よりも弱かった事でコートを越えてアウトになってしまった。
思考のリソースを余計な部分に割いてしまったせいで、回転の強さにまで意識が回っていなかったのだ。
「ナインオール」
(考え無しにブッ放しちゃったわ。ダメダメ、切り替えなくちゃ。まずはこのゲームを確実に取る!)
ここで失点すれば、女乃のマッチポイントとなる。
そうなれば、一気に流れが女乃の方へ向く。
今から巻き返して勝つためには、一点も与えてはならない。
「あと二点で二年生に負けますよ」
女乃がこももに話しかける。
「そうとは限らないわ。まだ試合中よ」
女乃は明らかに言葉で揺さぶりをかけてきている。
(正直、隅根と箱石の実力はかなり差があります。去年全国で一回戦負けというのは同じですけどね、あまりにも中身が違い過ぎる)
譲侍は今にも負けそうなこももの姿を見ながら思う。
(それでも、心で負けてはいけませんよ)
こもものサーブは横回転を混ぜたロングサーブ。
これまでほとんど使ってこなかったサーブだ。
女乃は何とか返すがやや浮いた。
バック側へのボールを回り込んで強く打つ。
「ブッ飛べ!」
こももの打球はクロスに真っ直ぐ飛んでいく。
「マッチポイント」
十点目を取った。
あと一点でこのゲームの勝者が決まる。
(攻め過ぎたわね)
無理な体勢で打った強打はアウトになった。
こももは窮地に立たされる。
厳密に言うと、女乃に騙された時点で既に窮地に立っていた。
(まだまだ!)
こもものサーブは強い横回転が混ざった下回転。
迂闊に打てばボールは横に流される。
女乃はツッツキで冷静に返した。
(先に攻撃する!)
こももが得意とする攻撃的なプレイ。
窮地に役立つのはやはり得意な分野だ。
一歩踏み込んで、ストレートに叩く。
(デュースにはさせません)
女乃はブロックした。
だがこももは連続で攻撃する。
「はあっ!」
女乃は一歩下がり、防御に専念する。
「もう、一回!」
最後まで諦めず、全力で打つ。
女乃はラケットを寝かせ、カットの体勢に入る。
(落としてくる!?)
ネット際へ短く打つ事を予見したこももはすぐに体勢を整えた。
ラケットを前に構え、短いボールにいつでも対応出来るようにする。
「らあっ!」
しかし、女乃はスイングの直前でラケットを立てた。
そのまま大振りし、かなり長い強打とする。
「なっ!?」
演技だったはずの攻撃的なプレイ。
それがここに来て復活した。
いや、そもそも実現不可能な事は演技で出来るはずが無い。
つまり、元の女乃に戻ってからは、攻撃的なプレイが無いと無意識で決めつけてしまっていたのだ。
その隙を女乃に狙われてしまった。
「ゲームアンドマッチトゥ月本さん」




